豊臣兄弟!第41回、筆者が勝手に予想する見どころ7つ|大政所の人質、秀長の屋敷の夜、陣羽織

秀長の屋敷で対面する家康と秀吉(イラスト)
この記事のポイント
  • 10月25日(日)放送の『豊臣兄弟!』第41回「家康の野望」で、こうなったらおもしろい、という場面を筆者が勝手に七つ予想しました
  • 秀吉(池松壮亮)は母の大政所まで人質に出し、ついに家康(松下洸平)が上洛します。秀長(仲野太賀)の屋敷の夜に何が起きるのか? 陣羽織の名場面は描かれるのか? などを史実と照らし合わせています
  • 予想は外れるかもしれません。そのぶん、それぞれの予想に「史実ではどうだったのか」を添えたので、放送前の予習にも使ってください
  • 放送後、各予想の下にある「答え合わせ」の欄に、当たり外れを追記します

第41回「家康の野望」は、伝えられているあらすじによると、秀吉が実の母・なかまで人質として差し出し、ついに家康が上洛する回です。大坂に着いた家康は秀長の屋敷に泊まり、秀長は家康に「ともに天下を支えよう」と語りかけます。ところが家康の胸には、別の計算があるようです。ここでは、ドラマの筋を当てにいくというより、「こうなったら歴史好きとしてはうれしい」という場面を七つ選び、それぞれ史実ではどうだったのかを添えました。あらすじと史実の全体像は第41回「家康の野望」あらすじ予想と史実にまとめています。

秀長の屋敷で対面する家康と秀吉のイメージイラスト
秀長の屋敷で向き合う家康と秀吉のイメージ(イメージイラスト)
▷ 答え合わせの結果(10月25日放送後)
放送後に、七つの予想の当たり外れをここにまとめます。
目次

予想1:大政所を人質に出す案を口にするのは石田三成

▷ 筆者の予想(放送前)
「家康が来ないなら、こちらから人質を」。秀吉の母を差し出すという、だれも言い出せない案を口にするのは、石田三成(松本怜生)ではないか。冷静に損得を計算する三成と、母を思う秀長・寧々との温度差が描かれると予想します。
▷ 答え合わせ(10月25日放送後)
放送後に追記します。

史実では、大政所を岡崎へ送ると決めた経緯を、だれが発案したかまで記した確かな史料はありません。天正14年10月18日、大政所は娘の旭姫に会うという名目で岡崎に入りました(大政所(なか)とは)。

予想2:家康の書状に「大軍を率いて上洛する」とあり、豊臣方がざわつく

▷ 筆者の予想(放送前)
家康が上洛を承知する返事に、「多くの兵を連れて参る」と書いてきて、豊臣方が「本当に挨拶に来るのか、攻めに来るのか」とざわつく。タイトルの「野望」を感じさせる場面になると予想します。
▷ 答え合わせ(10月25日放送後)
放送後に追記します。

史実の家康は、天正14年10月に浜松を発ち、京を経て10月26日に大坂へ入りました。供の人数には諸説ありますが、徳川の重臣たちを従えての上洛だったと伝わります(第41回あらすじ予想と史実)。

予想3:岡崎で本多作左衛門が大政所の宿所に薪を積む

▷ 筆者の予想(放送前)
家康が上洛しているあいだ、岡崎城では鬼作左こと本多作左衛門が、大政所の宿所のまわりに薪を積み上げる。「殿に万一のことあらば」という覚悟の場面が、短くても描かれると予想します。
▷ 答え合わせ(10月25日放送後)
放送後に追記します。

史実では、数正の出奔後に岡崎城を預かっていたのが作左でした。薪を積んだ話は広く知られていますが、後世の書物に見える逸話です(本多作左衛門はなぜ大政所の宿所に薪を積んだのか/石川数正が去った岡崎城は誰が守ったのか)。

予想4:大政所とあさひが岡崎で再会し、抱き合って泣く

▷ 筆者の予想(放送前)
人質として岡崎に入ったなか(坂井真紀)が、浜松から迎えに来た娘のあさひ(倉沢杏菜)と再会し、二人で涙を流す。「人質」という冷たい言葉の裏にある親子の情が描かれると予想します。
▷ 答え合わせ(10月25日放送後)
放送後に追記します。

史実でも、大政所の岡崎入りは「嫁いだ娘に会う」という名目でした。旭姫は大政所を迎えるために岡崎へ移ったと伝わります(旭姫(朝日姫)の生涯)。

御殿の一室で手を取り合う老婆と娘、外に積まれた薪のイメージイラスト
岡崎で再会する大政所とあさひのイメージ(イメージイラスト)

予想5:秀長の屋敷の夜、家康が「明日は頭を下げる」と秀吉に約束する

▷ 筆者の予想(放送前)
大坂の秀長の屋敷に泊まった家康のもとへ、その夜、秀吉がわずかな供だけで訪ねてくる。「明日はみなの前で頭を下げてほしい」という秀吉の頼みに、家康が「承知いたした」と応え、翌日の大坂城で諸大名の前に深々と頭を下げる。秀長がその夜の場に同席し、二人を取りもつ形で描かれると予想します。
▷ 答え合わせ(10月25日放送後)
放送後に追記します。

史実でも、家康が大坂で秀長の屋敷に泊まった夜、秀吉がひそかに訪ねてきて、翌日の対面での振る舞いを頼んだという話が伝わります(第41回あらすじ予想と史実)。

予想6:大坂城の対面で、家康が秀吉の陣羽織を所望する

▷ 筆者の予想(放送前)
翌日の大坂城での対面で、家康が諸大名の前で「殿下のお召しの陣羽織をいただきたい。これからは殿下に戦場で羽織を着させることはいたしませぬ」と申し出る。前の晩の打ち合わせどおりの「芝居」として描かれると予想します。
▷ 答え合わせ(10月25日放送後)
放送後に追記します。

陣羽織の話は有名ですが、後世の書物に見える逸話で、同じ時代の史料では確かめられません。家康が天正14年10月27日に大坂城で秀吉に臣従の礼をとったことは確かです。

予想7:家康が秀長の命を狙うのを思いとどまる理由は、秀長の人柄

▷ 筆者の予想(放送前)
あらすじにある家康の「計算」は、最後には思いとどまる形で終わるのではないか。その理由は、損得ではなく、屋敷の夜に向き合った秀長の人柄だった ─ 秀長が主人公のドラマらしい結末を予想します。
▷ 答え合わせ(10月25日放送後)
放送後に追記します。

史実では、家康が秀長の命を狙ったことをうかがわせる史料は見当たりません。家康が上洛して臣従したあと、秀長は豊臣政権のなかで家康との取りつぎ役を担い、徳川と豊臣をつなぐ存在になっていきます(豊臣秀長は実際に何をしていたのか)。

まとめ

第41回は、秀吉と家康の長い駆け引きがひとまず決着し、家康が豊臣政権の一員になる回です。その舞台が、主人公・秀長の屋敷だったというのが、このドラマならではの見どころになりそうです。七つの予想のうちいくつ当たるか、放送後に答え合わせをします。前の回の予想は第40回、筆者が勝手に予想する見どころ7つです。

  • URLをコピーしました!
目次