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淀城:茶々が鶴松を産んだ「淀殿」の名の由来 ─ 秀長が改修した淀古城と、徳川の淀城跡の見どころ・アクセス
淀城は二つある。秀吉の命で豊臣秀長が改修し、茶々が鶴松を産んだ戦国の淀古城(伏見区納所)と、松平定綱が築き稲葉氏が治めた徳川の淀城(淀本町)。「淀殿」の由来、天守台の石垣、アクセスまで。 -
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慈光院(大和郡山市):片桐石州が建てた茶の寺 ─ 秀長の家老・桑山重晴の子から受け継いだ利休の茶と、片桐且元の茨木城の門
この記事のポイント慈光院(奈良県大和郡山市小泉町)は、小泉藩の二代藩主・片桐石州(貞昌)が寛文3年(1663)、父・片桐貞隆の菩提を弔うために建てた臨済宗の寺です石州に茶を教えた桑山宗仙は、『豊臣兄弟!』で住田隆さんが演じる秀長の筆頭家老・桑... -
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小泉城(大和郡山市):平埜生成が演じる羽田正親が守った郡山の西の城と、片桐石州の小泉藩陣屋
この記事のポイント小泉城(奈良県大和郡山市小泉町)は、室町時代に興福寺の衆徒・小泉氏が築いた平城です秀長が大和に入った天正13年(1585)、三家老のひとり羽田正親が四万八千石で城主となり、本城・郡山城を西から守る城として改修しました江戸時代... -
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宇陀松山城:秀長の家臣が守った大和の山城と、小堀遠州が壊した総石垣の城、城下町に残る黒門
この記事のポイント宇陀松山城(奈良県宇陀市)は、南北朝時代に秋山氏が築いた「秋山城」がはじまりの山城で、国の史跡・続日本100名城です秀長が大和に入ると、伊藤義之・加藤光泰・羽田正親・多賀秀種と、豊臣方の武将が次々に城主を務めました関ヶ原の... -
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壺阪寺(南法華寺):眼病に効くと伝わる観音と、高取城と同じ山にある西国六番札所
眼病に効くと伝わる観音の寺。『壺坂霊験記』の成立と、高取城と同じ山にある位置関係を解説します。 -
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八坂神社(祇園社):牛頭天王と蘇民将来の護符、武将が疫病除けの札を重んじた理由
祇園社の札とは何だったのか。牛頭天王と蘇民将来、祇園祭の起源、武将が疫病除けを重んじた理由を解説します。 -
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東大寺:大仏はなぜ二度焼けたのか、松永久秀の「大仏焼き討ち」と江戸に縮んだ大仏殿
大仏殿が二度焼けた経緯と、松永久秀が本当に焼いたのかという話。江戸の再建で横幅が縮んだ理由も解説します。 -
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高取城跡(高取町):日本三大山城のひとつ、標高583メートルに残る総石垣の城
標高583メートル、高低差390メートル。日本三大山城のひとつ高取城の歴史と、石垣が残る山上のめぐり方。 -
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春日大社:藤原氏の氏神と、興福寺と一体で大和を動かした仕組み
鹿島から迎えられた武甕槌命、神使の鹿、そして興福寺と一体になって大和を支配した権門。神木を担いで都へ押しかけた話から、拝観と見学順までまとめました。 -
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談山神社(多武峰):秀長が郡山へ移させた寺と、世界唯一の木造十三重塔
神仏分離までは多武峰妙楽寺という寺でした。興福寺と争い続けた武装勢力に、秀長は武器を出させ、山ごと郡山の城下へ移させます。たたりと噂されたその顛末と、世界唯一の木造十三重塔をまとめました。 -
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佐和山城跡(彦根市):「三成に過ぎたるもの」と呼ばれた石田三成の城と、跡形もなく壊された理由
※この記事の写真は筆者が現地で撮影したものです。 「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」。石田三成の居城として知られる佐和山城は、滋賀県彦根市の佐和山(標高約230メートル)にあった山城です。関ヶ原の戦いの三日後に落城し、その... -
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和歌山城:豊臣秀長が虎伏山に築いた紀州の城と、三つの時代が層になった石垣
和歌山城を築いたのは、豊臣秀長である。天正十三年、兄の秀吉が紀伊を平定したあと、秀長は自分で城地を選び、自分で縄張りを引いた。普請奉行をつとめたのは藤堂高虎で、およそ一年で城が立ち上がっている。この城の値打ちは、天守よりも石垣にある。秀... -
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玄蕃尾城:柴田勝家が賤ヶ岳の本陣を置いた、そのまま残る戦国の陣城
福井県敦賀市と滋賀県長浜市の県境、標高四百メートルほどの尾根の上に玄蕃尾城—別名内中尾山城がある。 この城には、他の山城にない特徴がひとつある。戦国の陣城が、決戦当時の姿のまま残っているということだ。 理由は単純で、使った人が二度と戻ってこ... -
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二条城:徳川家康が築き大政奉還の舞台となった世界遺産の名城
二条城とは 京都市の中心部にある二条城は、徳川家康が京都における拠点として築いた城で、江戸幕府の始まりと終わりを見届けた歴史の舞台である。国宝の二の丸御殿をはじめ、豪壮な櫓や石垣、名庭が今も良好に残り、「古都京都の文化財」の一つとして世界... -
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亀山城(亀岡城):明智光秀が丹波経営のための拠点とした亀山城
【城名】 亀山城(亀岡城) 【亀山城(亀岡城)の説明】 亀山城は京都府亀岡市荒塚町周辺にあった平山城である。別名「亀岡城」とも呼ばれている。 織田信長の命を受けて丹波攻略を行っていた「明智光秀」が、亀岡盆地の中心であった亀山に天正6年(1578年... -
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花隈城:有岡城の戦いでは最後の牙城として戦った荒木村重の支城 花隈城
【城名】 花隈城 【花隈城の説明】 花隈城は兵庫県神戸市中央区の元町駅西方にあった平山城です。 築城時期は「織田信長」が永禄10年(1567年)、荒木村重に命じて築かせたと伝わる説と、永禄11年(1568年)に和田惟政に摂津国を与えた時に築かせたとの説... -
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太田城(紀州):羽柴秀吉の紀州征伐の水攻めで有名な太田左近の居城 太田城(紀州)
【城名】 太田城(紀州) 【太田城(紀州)の説明】 紀州太田城は、和歌山県和歌山市太田に存在した平城である。 太田城の歴史は古く、延徳年間に「紀俊連」が神社領保護を目的として築城したと伝わっている。 戦国時代に入ると太田氏の居城となり、天正4... -
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柳生城:松永久秀や筒井順慶が支配する大和国で戦国を生き抜いた柳生宗厳(石舟斎)の居城 柳生城
城名 柳生城 柳生城の説明 柳生城(柳生の庄)は現在の奈良県奈良市柳生下町にあった平山城である。 築城時期は定かではないが戦国時代の当主「柳生宗厳(石舟斎)」は柳生新陰流を創設した人物として著名である。 宗厳の師は上州「上泉城」と「大胡城」を... -
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槇島城跡(宇治市):沼のなかの島と、京から将軍がいなくなった日
槇島城(まきしまじょう)は、宇治川の下流に広がっていた沼地のなかの島に築かれた水城です。天正元年(一五七三)、織田信長に兵を挙げた足利義昭が、幕府奉行衆の真木島昭光を頼ってこの城に籠もりました。信長はただちに城を囲み、まもなく開城します... -
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福知山城:明智光秀の山陰地方平定戦に抵抗した城 赤井直正の福知山城
【城名】 福知山城 【城の説明】 京都府福知山市にある福知山城は、江戸時代には福知山藩の居城であった。福知山城は中世(室町時代)の頃にこの地方の豪族「塩見頼勝」が八幡山付近に「掻上城」を築いたのが始まりと言われている。 現在のような縄張りは...
