日本100名城– category –
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日本100名城
松代城(長野市):武田信玄の海津城から真田十代の松代藩へ ─ 真田信之が上田から移った城と、太鼓門・本丸石垣の見どころ
この記事のポイント松代城(長野県長野市)は、武田信玄が川中島の戦いの拠点として築いた「海津城」がはじまりです。築城は永禄2年(1559)から翌年にかけてとされ、山本勘助が縄張りをしたと伝わります武田家の滅亡後は城主が次々に替わり、元和8年(162... -
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備中松山城:天守が残る唯一の山城と、標高430メートルの日本三大山城
現存十二天守でいちばん高い場所にある城。七百年の歴史と、なぜ天守が残ったのか、雲海の狙い方まで解説します。 -
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和歌山城:豊臣秀長が虎伏山に築いた紀州の城と、三つの時代が層になった石垣
和歌山城を築いたのは、豊臣秀長である。天正十三年、兄の秀吉が紀伊を平定したあと、秀長は自分で城地を選び、自分で縄張りを引いた。普請奉行をつとめたのは藤堂高虎で、およそ一年で城が立ち上がっている。この城の値打ちは、天守よりも石垣にある。秀... -
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水戸城跡:石垣も天守もない御三家の城と、弘道館が動かした幕末
水戸城とは 水戸城は、御三家のひとつ水戸徳川家三十五万石の居城である。 だがこの城には天守がない。石垣もない。那珂川と千波湖に挟まれた台地を、巨大な空堀で三つに断ち切っただけの—中世以来の造りをそのまま使い続けた土の城である。日本100名城第1... -
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二条城:徳川家康が築き大政奉還の舞台となった世界遺産の名城
二条城とは 京都市の中心部にある二条城は、徳川家康が京都における拠点として築いた城で、江戸幕府の始まりと終わりを見届けた歴史の舞台である。国宝の二の丸御殿をはじめ、豪壮な櫓や石垣、名庭が今も良好に残り、「古都京都の文化財」の一つとして世界... -
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二本松城(霞ヶ城):粟ノ巣の変と畠山氏の滅亡、千人溜から出陣した二本松少年隊
二本松城(霞ヶ城)とは 二本松城は、福島県二本松市の白旗が峰に築かれた城である。霞ヶ城の別名で知られ、山麓の居館と山上の詰城からなる。日本100名城第11番、国指定史跡。 戦国期は畠山氏(二本松氏)の居城で、伊達政宗との抗争の末に落城した。江戸... -
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長篠城跡(新城市):五百の兵が一万五千を支えた断崖の城と、鳥居強右衛門の旗指物
愛知県新城市の長篠城跡は、豊川と宇連川が合流する断崖の上にあります。わずか五百ほどの守兵が武田勝頼の一万五千を相手に持ちこたえ、その包囲を解こうと織田・徳川の連合軍が駆けつけたことで、設楽原の決戦につながりました。城そのものは小さく、天... -
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松坂城:織田信長の娘婿蒲生氏郷が築城した松坂城
【城名】 松坂城 【松坂城の説明】 松坂城は現在の三重県松阪市殿町にあった梯郭式平山城である。 天正12年(1584年)近江日野城6万石を領していた「蒲生氏郷」が豊臣秀吉から伊勢松ヶ島城12万3千石を与えられ入城した。 これは織田信長が家臣「明智光秀」... -
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山形城跡(霞城公園):最上義光が二万三千を迎え撃った城と、指揮棒に刻まれた十七文字
山形城とは 山形城は、出羽を統一した戦国大名最上義光の居城である。最上氏の本拠として築かれ、慶長出羽合戦を経て五十七万石の大大名の城となり、江戸期には鳥居忠政らが入った。日本100名城第10番、国指定史跡。 本丸・二の丸・三の丸を輪郭式に配した... -
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春日山城跡:山ひとつが城だった上杉謙信の居城と、屋敷跡に残る普請の年輪
春日山城とは 春日山城は、上杉謙信の居城である。天守はない。石垣もほとんどない。山そのものが城だった。 標高約180メートルの春日山の尾根と斜面に、無数の曲輪と屋敷が刻まれている。本丸から毘沙門堂を経てお花畑に至る中心部を、案内板は「実城(み... -
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宇和島城:藤堂高虎が築いた海城と高さ十三メートルの石垣、伊達家が建てた現存天守
宇和島城(うわじまじょう)は、愛媛県宇和島市にある城で、築城の名手・藤堂高虎が築いた海城です。かつては城の西半分が宇和海に接し、石垣が波打ち際から立ち上がっていました。高虎の時代のものとされる高さ約十三メートルの野面積みの石垣が今も残り... -
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人吉城:相良氏が35代支配し西南戦争時は西郷軍の拠点となる人吉城
【城名】 人吉城 【城の説明】 人吉城は熊本県人吉市麓町にあった平山城である。鎌倉時代に相良氏が地頭として人吉荘に赴任して以来35代の長きにわたり在城し、江戸時代には人吉藩の政庁があった。現在は国の史跡に指定されている。源頼朝に仕えた遠江国相... -
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福知山城:明智光秀の山陰地方平定戦に抵抗した城 赤井直正の福知山城
【城名】 福知山城 【城の説明】 京都府福知山市にある福知山城は、江戸時代には福知山藩の居城であった。福知山城は中世(室町時代)の頃にこの地方の豪族「塩見頼勝」が八幡山付近に「掻上城」を築いたのが始まりと言われている。 現在のような縄張りは... -
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彦根城:国宝天守と天秤櫓 井伊家三十五万石の城と近江の城から集めた建材
彦根城とは 彦根城は、徳川譜代筆頭の井伊家が代々居城とした近江の平山城である。天守は現存十二天守の一つで、姫路・松本・犬山・松江とならぶ国宝五城。江戸期の櫓・門・馬屋・庭園がまとまって残り、堀もほぼ完全な形で伝わる稀な例である。 日本100名... -
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犬山城:三度落ちた国宝天守と、日本で唯一「個人が持っていた城」だった理由
この記事のポイント国宝五城の一つで、木曽川の断崖に建つ現存天守です。戦国期に三度落城しています。守りが固い城が、三度とも短期で落ちました。江戸期の城主・成瀬家は「付家老」という、大名とも家臣ともつかない立場でした。成瀬家が大名と認められ... -
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新発田城跡:三匹の鯱が載る丁字形の三階櫓と、上杉に背いた新発田重家の六年
新発田城は越後平野の北、新発田川の流れを取り込んで築かれた平城です。天守はなく、その代わりに本丸の隅に立つ三階櫓が城の象徴になっています。屋根が丁字形に組まれ、鯱が三匹載るという全国でもほかに例のない櫓で、しかもその姿は復元されたいま、... -
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吉田郡山城:毛利元就飛躍の城で広島城へ移転まで本城だった毛利家の吉田郡山城
【城名】 吉田郡山城 【吉田郡山城の説明】 吉田郡山城は広島県安芸高田市吉田町吉田にあった山城である。 築城時期は不明だが吉田荘の地頭職として「毛利時親」が下向し館を作り住んだのが始まりと伝えられている。 当時の郡山城は、地方の一豪族や地頭の... -
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湯築城跡(道後公園):石垣も天守もない河野氏の城と、発掘で現れた家臣の屋敷
特集 ─ もうひとつの兄弟大河NHK『長宗我部兄弟!』をもっと知る元親と親泰の外交、伊予の金子元宅との約束、天正の陣、ゆかりの城まで ▶ 道後温泉のすぐ隣にある道後公園は、伊予の守護をつとめた河野氏の居城、湯築城の跡です。石垣も天守もなく、丘を土... -
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山中城跡(三島市):石をひとつも使わなかった障子堀と、半日で落ちた小田原の西の守り
山中城は箱根の峠へ向かう街道をまたいで築かれた、小田原城の西の守りです。石垣はひとつもなく、火山灰の台地を削り、盛り、堀に畝を残して区画を切るという、土だけでできた城でした。天正18年(1590年)、豊臣秀吉の大軍が押し寄せたとき、この城は半... -
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金山城跡(太田金山城):関東の山城観をくつがえした石垣と石敷きの大手虎口
関東の山城は土でできている。長いあいだ、それが常識でした。ところが群馬県太田市の金山城を発掘したところ、石垣が出てきます。それも部分的な補強ではなく、通路を石で敷き、虎口の左右を石で固め、山上の池まで石で囲った、全面的な石の城でした。関...
