関東・甲信– category –
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関東・甲信
那須神社(金丸八幡宮):与一が祈ったと伝わる社と、銅の棟札が書き換えた本殿の年代
栃木県大田原市南金丸にある那須神社は、かつて金丸八幡宮と呼ばれ、那須氏と大関氏が代々氏神として祀ってきた社です。屋島の戦いで扇の的を射た那須与一が祈願したと伝わり、松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅で参詣して涙したのもこの八幡宮でした。本殿... -
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芦野氏陣屋跡(芦野城):三千二十六石で参勤交代した旗本と、御殿山に残る土塁
栃木県那須町芦野にある芦野氏陣屋跡は、地元では「御殿山」と呼ばれ、芦野城・桜ヶ城という別称も伝わります。奈良川の東岸に張り出した丘の上、平地からの比高は最高部でおよそ六十メートル。名前が複数あるのには理由があります。ここは戦国期には城と... -
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黒羽城跡(黒羽城址公園):家康が鉄砲を送った城と、芭蕉が十四日いた町
栃木県大田原市前田にある黒羽城跡は、那珂川を見下ろす細長い丘の上にあります。天守も石垣もなく、残っているのは土塁と空堀だけ。それでもこの城は、関ヶ原の年に徳川家康が名指しで補強を命じ、鉄砲まで送り届けた城でした。上杉景勝が会津で兵を挙げ... -
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身延山久遠寺(身延町):五十二キロ四方を寄進した武士と、奥州へ渡った南部氏
山梨県南巨摩郡身延町に身延山久遠寺がある。日蓮宗の総本山である。 寺として名高い場所だが、この記事は武士の側から書きたい。 というのも、この寺を成り立たせたのは南部実長(なんぶ さねなが)という甲斐の武士だからである。そしてその一族が、のち... -
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水戸城跡:石垣も天守もない御三家の城と、弘道館が動かした幕末
水戸城とは 水戸城は、御三家のひとつ水戸徳川家三十五万石の居城である。 だがこの城には天守がない。石垣もない。那珂川と千波湖に挟まれた台地を、巨大な空堀で三つに断ち切っただけの——中世以来の造りをそのまま使い続けた土の城である。日本100名城第... -
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飯山城跡(長野県史跡):謙信が縄張りした越後への要地と、面ごとに変わる本丸の守り
飯山城とは 飯山城は、信濃の最北端、越後との境に築かれた城である。現地の案内板は立地をこう説明する。東は千曲川に沿い、西は関田・斑尾の山地に囲まれ、越後への軍事交通の要地であった——と。 上杉謙信にとってこの城は、信濃へ出るための拠点であり... -
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堀田佐野城跡(植下町):文政十一年に築かれ四十一年で終わった城と西村茂樹の碑文
もうひとつの佐野城 栃木県佐野市には、「佐野城」と呼ばれる城跡が二つある。 ひとつは佐野駅の北にある佐野城(春日岡城)。慶長七年(1602)に佐野信吉が築き、七年で廃された城である。もうひとつがこの堀田佐野城で、築かれたのは文政十一年(1828)... -
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皆川城跡(法螺貝城):山を丸ごと刻んだ階段状の曲輪と、栃木城と同じ年に消えた城
皆川城とは 皆川城は、栃木市の西、標高147メートルの城山に築かれた山城である。栃木城を築いた皆川広照が、平地へ降りるまで本拠としていた城にあたる。 地元では、その外観から法螺貝城と呼ばれてきた。山頂から麓へ向かって曲輪が階段状に連なる姿が、... -
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館林城跡(尾曳城):沼が要害だった城と、徳川綱吉を将軍に送り出した館林藩
館林城とは 館林城は、上野国邑楽郡の低湿地帯に築かれた平城である。別名を尾曳城という。天守や高石垣はない。この城の要害は、城のすぐ北に広がる城沼そのものだった。 戦国期は赤井・長尾・後北条と支配が移り、江戸期には榊原康政や徳川綱吉といった... -
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栃木城跡(栃木市):皆川広照が築き十八年で消えた城と連歌の巻物
栃木城とは 栃木城は、天正十九年(1591)に皆川広照が築いた城である。現在の栃木市中心部、栃木城址公園のあたりにあった。 ところがこの城は、わずか十八年で取り壊されている。戦で落ちたのではない。城主が徳川家康の怒りに触れたためである。 栃木城... -
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丸山城址公園(伊勢原市):太田道灌が謀殺された糟屋の台地に残る中世城郭
丸山城址とは 丸山城址は、神奈川県伊勢原市の下糟屋地区、台地の上に築かれた中世の城郭跡である。現在は丸山城址公園として整備されている。 この城跡が興味深いのは、「いつ、誰が築いたのか」がまだ決着していない点にある。しかも現地の案内板が、そ... -
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壬生城址公園(壬生町):天守も櫓もなく将軍が泊まった城と精忠神社の鳥居元忠
壬生城とは 壬生城は栃木県壬生町にあった城で、戦国期は壬生氏の本拠、江戸期は壬生藩の藩庁だった。現在は本丸の土塁と水堀を残して城址公園として整備されている。 この城には天守がない。櫓もない。そのかわり本丸には広大な御殿があり、将軍が泊まっ... -
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児山城跡(下野市):宇都宮一族が築いた土の城 回字状の堀と土塁が残る県指定史跡
児山城とは 児山城は、栃木県下野市下古山、姿川の東岸に広がる台地の上に築かれた平城である。鎌倉時代後期に、宇都宮氏の一族がこの地を分け与えられて築いたと伝えられる。 天守も石垣もない。だが本丸を囲む堀と土塁が、ほぼ完全な形で残っている。栃... -
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龍岡城五稜郭:日本に二つしかない星形城郭 松平乗謨が幕末信州に築いた洋式の城
【城名】 龍岡城(龍岡城五稜郭) 【龍岡城の説明】 龍岡城(たつおかじょう)は、長野県佐久市田口にある幕末に築かれた星形(稜堡式)の城で、「龍岡城五稜郭(ごりょうかく)」の名で知られています。北海道の函館五稜郭と並び、日本に二つしかない西洋... -
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本佐倉城:下総守護千葉氏九代が居城した戦国の土の城 本佐倉城
【城名】 本佐倉城 【本佐倉城の説明】 本佐倉城は千葉県印旛郡酒々井町から佐倉市にかけて所在した戦国時代の城で、下総守護・千葉氏が文明年間(1469〜1486年)に築き、天正18年(1590年)に滅亡するまでの約100年間、当主9代が居城した。 当時、水上交... -
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中沢城:千葉氏配下の三谷氏が築いた下総の平山城 中沢城
【城名】 中沢城 【中沢城の説明】 中沢城は千葉県富里市中沢にあった平山城で、通称「城山(じょうやま)」と呼ばれる。室町時代後半、千葉氏の勢力下の一城として築かれたと考えられ、城主は千葉氏を始祖とする三谷氏が有力とされる。富里市指定文化財(... -
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勝山城(安房):里見水軍の海城から酒井氏勝山藩へ 勝山城
【城名】 勝山城(安房勝山城) 【勝山城の説明】 勝山城は千葉県安房郡鋸南町にあった海城で、勝山地区南方の八幡山に築かれた。源頼朝が石橋山の戦いに敗れて当地へ逃れてきた際、いち早く従った地頭・安西氏が出城として築いた砦に始まると伝わる。 戦... -
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佐貫城:阿部氏八代が居城した上総の要衝 佐貫城
【城名】 佐貫城 【佐貫城の説明】 佐貫城は千葉県富津市佐貫にあった平山城で、別名「亀城」とも呼ばれた。室町時代にさかのぼり、文安・応永年間に武田氏が築いたとも伝えられ、以後は里見・武田・朝倉・加藤・大河内など諸氏の城主が入れ替わる上総の要... -
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羽生城:上杉謙信の関東攻略の最前線となった広田・木戸氏の平城 羽生城
【城名】 羽生城 【羽生城の説明】 羽生城は埼玉県羽生市にあった平城で、天文年間の中頃(1540年代)に古河公方・足利晴氏の配下であった「広田直繁」・「木戸忠朝」兄弟によって築かれたと伝わる。 三方を沼地に囲まれた天然の要害であり、上杉謙信の関... -
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要害山城:武田信虎・信玄時代の躑躅ヶ崎館の詰城だった要害山城
【城名】 要害山城 【要害山城の説明】 要害山城は、山梨県甲府市上積翠寺町にあった山城で「躑躅ヶ崎館(武田氏館跡)」の詰城として築かれた城である。今川氏の武将「福島正成」が甲斐へ侵攻した際に、信虎は正室の大井夫人を「要害山城」へ避難させ福島...
