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西条陣屋(西条藩):一柳氏が3代で改易され紀州藩の支藩として松平氏が治めた西条陣屋
【城名】 西条陣屋(西条藩) 【西条陣屋(西条藩)の説明】 西条陣屋は、愛媛県西条市明屋敷にあった西条藩の藩庁である。寛永13年(1636年)、伊勢国神戸藩5万石から1万8千石の加増をうけ6万8千石で「一柳直盛」が立藩した。 しかし直盛は神戸から西条へ... -
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岩屋城(淡路):第一次木津川口海戦の前哨戦では織田信長に属した安宅宗景の居城 岩屋城
【城名】 岩屋城(淡路) 【岩屋城(淡路)の説明】 岩屋城は現在の兵庫県淡路市にあった山城である。岩屋城の歴史はとても古く、源平合戦の時代には大宮蔵人「源実春」が松帆の浦を統治していたと伝わる。 戦国時代に入ると安宅八家衆と呼ばれた「安宅宗... -
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来島城:能島村上水軍の分家で来島通直・来島通総の島城 来島城
【城名】 来島城 【来島城の説明】 来島城は愛媛県今治市波止浜沖の「来島」にあった島城で村上水軍の拠点の一つであった。築城時期は不明だが15世紀中頃に「村上義顕」の三男「吉房」が来島に分家した際に築いたと伝わっている。 戦国時代に至るまで来島... -
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宇和島城:藤堂高虎が築城し家康から伊達秀宗が配領 その後明治を迎える名城 宇和島城
【城名】 宇和島城 【城の説明】 宇和島城は、四国の愛媛県宇和島市丸之内にあった城で国の史跡に指定されている。中世期にあった板島丸串城の跡に「藤堂高虎」が築いた近世城郭である。宇和島城の歴史はとても古く、嘉禎2年(1236年)西園寺公経が宇和島... -
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安芸城:安芸国虎が長宗我部元親に戦を挑み敗戦し落城した安芸城
【城名】 安芸城 【安芸城の説明】 安芸城は高知県安芸市土居に存在した平城である。延慶2年(1309年)鎌倉時代の末期に「安芸親氏」がこの地に城を築いたのが始まりとされている。 以降、安芸氏の居城となり土佐国東部の安芸郡を支配し、戦国時代には勢力... -
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白地城跡:長宗我部元親が四国統一の根拠地にした「四国の十字路」と、大西氏二百五十年の城
この記事のポイント白地城は、長宗我部元親が四国統一の根拠地とした城です。もとは庄司の近藤氏が築き、郷名をとって「大西」と改姓しました。以後八代、およそ二百五十年の居城です。「大西」とは阿波の最西端を意味します。土佐・讃岐・伊予へ通じる四... -
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仏殿城(川之江城):長宗我部元親に攻略された四国の要所で河野氏の居城 仏殿城
【城名】 仏殿城(川之江城) 【仏殿城(川之江城)の説明】 仏殿城は愛媛県四国中央市川之江町の鷲尾山にあった平山城で別名を「川之江城」とも呼ばれている。建武4年(1337年)に伊予を統治する「河野通政」に属していた「土肥義昌」が仏殿城を築いたと... -
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松葉城:長宗我部元親の伊予侵攻により降伏した西園寺公広の居城松葉城
【城名】 松葉城 【松葉城の説明】 松葉は愛媛県西予市宇和町下松葉にあった西園寺氏が治めた山城である。築城時期は定かではなく、鎌倉時代に「西園寺公経」が宇和郡を与えられ、下向し館を築いたのが始まりとされている。 西園寺氏は土佐の一条氏と同様... -
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勝瑞城跡・勝瑞城館跡:土塁を持たなかった三好氏の館と、庭園から出た茶道具
この記事のポイント勝瑞は阿波守護・細川氏の守護所が置かれ、のちに三好氏の本拠となった土地です。発掘された城館跡には土塁がありません。守るための城ではなく、住んでもてなすための館でした。幅十五メートルを超える大規模な区画溝が見つかっていま... -
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牛岐城跡(富岡城):最後まで抗戦した新開道善と、寺に呼び出された謀殺
この記事のポイント新開氏は、阿波の実権が細川から三好へ移っても城主のままでした。長宗我部の侵攻で周辺の城がすべて落ちるなか、新開道善だけは最後まで抗戦しています。元親は道善を戦場ではなく、徳島の丈六寺へ呼び出して謀殺しました。そのあと弟... -
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海部城跡:元親の弟・島親益が殺された港と、苔むした石垣が残る阿波南端の城
この記事のポイント海部城は、土佐から阿波へ入る最初の関門にあたる城です。暴風を避けて停泊した長宗我部元親の弟・島親益が、ここで殺されました。この一件が、元親の阿波侵攻の口実になります。阿波で最初に長宗我部に奪われたのが、この海部の地でし... -
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一宮城(阿波):青石で積まれた石垣と竪堀が残る山城、秀長の本隊が取りついた城
この記事のポイント一宮城は、阿波で石垣が残る数少ない山城です。積まれているのは阿波の青石。平たく割れる土地の石をそのまま使っています。城主の一宮成祐は、味方だったはずの長宗我部元親に謀殺されました。四国攻めでは、秀長の本隊がこの城を正面... -
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松前城(伊予):加藤嘉明が松山城へ本拠を移すため拠点だった伊予 松前城
【城名】 松前城(伊予) 【松前城(伊予)の説明】 松前城は愛媛県伊予郡松前町にあった平城である。築城年月は不明だが、南北朝時代には「大森彦七」や「合田弥四郎」が城主だったという記述が残る。 戦国時代には河野氏の支城の一つであり、栗上通宗・... -
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湯築城:豊臣秀吉の四国征伐で滅亡した名門河野通直の居城 湯築城
【城名】 湯築城 【湯築城の説明】 湯築城は愛媛県松山市道後町にあった平城である。建武2年(1335年)あたりに伊予国の守護であった「河野通盛」により築城され、風早郡河野郷(松山市河野)より拠点を移した。 天文4年(1535年)頃から「河野通直」によ... -
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岡豊城跡:長宗我部元親の本拠と、発掘で現れた礎石建物跡
高知県南国市にある岡豊城跡は、長宗我部氏の本拠です。高知平野に突き出した標高九十七メートルの丘を、削って段にしただけの土の城。石垣も天守もありません。ところが発掘を進めると、詰・詰下段・三ノ段から礎石建物の跡と、土塁の内側に立っていた土... -
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本山城:長宗我部元親と土佐中央の覇権を巡って争った本山茂辰の居城 本山城
【城名】 本山城 【本山城の説明】 本山城は高知県長岡郡本山町本山にあった本山氏の城である。戦国時代の当主「本山茂辰」は本城を高知県高知市の「朝倉城」へ移し土佐国中央への進出を試みたが、岡豊城の「長宗我部元親」と土佐中央の覇権を巡って激しく... -
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川島城:三好実休の重臣篠原長房が讒言により討伐され軍功があった川島惟忠が築いた川島城
【城名】 川島城 【川島城の説明】 川島城(上桜城)は徳島県吉野川市川島町にあった城である。元々は三好長慶の実弟「三好実休」に仕えた「篠原長房」の城であった。 篠原長房は三好実休に従い阿波・讃岐の軍勢を率いて近畿や各地を転戦し三好政権を支え... -
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日和佐城:長宗我部元親の重臣(弟)香宗我部親泰の侵攻で降伏した日和佐氏の日和佐城
【城名】 日和佐城 【日和佐城の説明】 日和佐城は阿波国、現在の徳島県海部郡にあった城である。城の築城に関しては室町時代に「日和佐肥前守」が築城したという説がある以外あまり資料が残っていない。 1577年11月、長宗我部元親の重臣であり弟の「香宗... -
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徳島城:豊臣秀吉の四国征伐の恩賞として蜂須賀家政が配領した阿波徳島城
【城名】 徳島城 【徳島城の説明】 徳島城は吉野川の中州とその周辺からなる城郭跡である。鎌倉時代に伊予の国河野家の支配の及ぶ地であったが、室町時代になると細川頼之が勢力をもつようになり現在の位置に徳島城の基礎を築いた。 戦国時代に入ると細川... -
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能島城:村上源氏の末裔で村上水軍を率いた村上武吉の水軍城 能島城
【城名】 能島城 【城の説明】 能島城は村上源氏の当主「村上武吉」が率いる瀬戸内海の村上氏の居城である。もともとは伊予河野家との繋がりが深いが戦国時代に入ると半独立した形の存在であった。 毛利元就がまだ弱小で「陶晴賢」と厳島の戦いでは最後の...
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