福田龍世が演じる鍋丸はこのあとどうなる?『豊臣兄弟!』最終回までの5つの予想 ─ 仙丸のように高虎のもとへ?秀保との関係は?十津川の謎の死と重なるのか

大和郡山城の天守台から見おろす郡山の町
この記事のポイント
  • 第42回で秀長と慶の養子になった鍋丸(福田龍世さん)が、最終回までにどうなるのかを、史実をもとに予想します
  • 史実の秀長の養子には、跡継ぎの座を甥の秀保にゆずって藤堂高虎の養子になった仙丸がいて、鍋丸はその姿と重なります
  • 跡を継いだ秀保は、秀長の死から4年後の文禄4年(1595)、大和の十津川で17歳で亡くなりました。死因には病死説や溺死説があり、謎の残る死です
  • ドラマは秀長の死(天正19年)までを描くとみられ、鍋丸は秀長の最期を見届ける役になるのではないか、というのが筆者のいちばんの予想です

『豊臣兄弟!』第42回で、直が救った命の子として秀長と慶の養子になった鍋丸(演・福田龍世さん)。放送後、多くの方が鍋丸のことを調べてくださっています。物語は12月6日の最終回まで残り5回。鍋丸はこのあとどうなるのでしょうか。

鍋丸はドラマオリジナルの人物なので、史実に答えはありません。そこでこの記事では、秀長の家で実際に起きたことをもとに、鍋丸のこれからを筆者が勝手に予想してみます。鍋丸の素性は鍋丸とは誰か、養子になれた背景は鍋丸はなぜ秀長の養子になれたのかで解説しています。

目次

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まず史実 ─ 秀長の家で起きたこと

年 秀長の家のできごと
天正10年(1582)秋ごろ 丹羽長秀の三男・仙丸が秀長の養子になる
天正16年(1588)ごろ 秀吉の意向で甥の秀保が秀長の養子に。仙丸は藤堂高虎の養子となる
天正19年(1591)1月 秀長が大和郡山城で亡くなる。52歳
天正19年(1591) 秀保が跡を継ぎ、大和郡山の大名となる
文禄4年(1595)4月 秀保が大和の十津川で亡くなる。17歳。秀長の家は途絶える

ドラマの第42回は天正15年(1587)の秋。史実では、この翌年に秀保が秀長の養子となり、それまで養子だった仙丸が家を出ることになります。鍋丸がこの流れにどう組み込まれるかが、予想の大きなポイントです。

予想1:秀保が跡継ぎに決まり、鍋丸は秀次の反対を思い知る

第42回で秀次は「血のつながらぬ者を」と鍋丸に反対しました。史実では翌年、秀吉は秀長の跡継ぎに一族の秀保を選びます。秀保は秀次の弟です。秀次の思いが通る形で跡継ぎが決まり、鍋丸は「跡継ぎではない養子」という立場になるのではないでしょうか。仙丸が藤堂高虎に引き取られたように、鍋丸もまた家の外へ出る話が持ち上がるかもしれません。

予想2:鍋丸は藤堂高虎のもとへ?

史実の仙丸を引き取ったのは、秀長の重臣・藤堂高虎でした。ドラマには佳久創さんが演じる高虎が登場しています。鍋丸が高虎のもとで武士として育てられる、という展開は、仙丸の史実とぴったり重なります。ただ、直の命をつないだ鍋丸を、秀長と慶が手放すとは思いにくく、筆者は「話は出るが、秀長は鍋丸を手元に置く」と予想します。高虎については藤堂高虎とはで紹介しています。

予想3:鍋丸は秀保の兄のような存在に

秀保は天正7年(1579)の生まれで、天正15年には9歳。鍋丸と年の近い少年です。血のつながらない鍋丸と、豊臣の血を引く秀保が、秀長の家で兄弟のように育つ、という描き方は十分ありそうです。秀次と秀長の対立を、弟の秀保と鍋丸が和らげる、そんな役回りも期待したいところです。

大和郡山城の天守台から見おろす郡山の町(奈良県大和郡山市)
大和郡山城の天守台から見おろす郡山の町(奈良県大和郡山市)

予想4:鍋丸は秀長の最期を見届ける

ドラマはおそらく、天正19年(1591)1月の秀長の死までを描きます。直を失った秀長が、直のつないだ命である鍋丸に見守られて世を去る。最終回で、鍋丸が成長した姿で秀長の枕元にいる、というのが筆者のいちばんの予想です。直の物語は、鍋丸によって最後に秀長のもとで閉じるのではないでしょうか。最終回の予想は豊臣兄弟!最終回(第47回)あらすじ予想と史実でも書いています。

予想5:十津川の謎の死と重なる結末も?

もうひとつ、少しつらい予想もあります。秀長の跡を継いだ秀保は、文禄4年(1595)4月、大和の十津川で17歳の若さで亡くなりました。病気の療養に出かけた先での死で、死因については疱瘡などの病死説のほか、小姓とともに滝に身を投げたという溺死説も伝わり、はっきりしない謎の多い死です。ドラマは秀長の死までで終わるとみられるので、秀保の最期が描かれる可能性は低いですが、ナレーションで「その後」が語られるなら、鍋丸がその場にいた人物として結びつけられることもありえます。秀保と秀長の家の結末は豊臣秀長の子孫・家系はどうなったのかで解説しています。

ちなみに ─ 鍋丸は秀保なのか?

ネット上では、鍋丸がのちの秀保として描かれるのではないか、という説も出ています。秀保と鍋丸の年がほぼ同じであることや、どちらも秀長の養子であることが理由のようです。ただ、史実の秀保は秀吉の姉ともと三好吉房の三男で、ドラマでも鍋丸は「直が救った娘の子」とはっきり描かれ、吉房が素性を語っています。ともの子として秀保が別に登場するのか、それとも鍋丸が秀保の役割を引き受けるのか。ここは次回以降の大きな見どころです。

よくある質問

Q. 鍋丸は最終回まで登場しますか?
A. わかりません。筆者は、秀長の最期を見届ける役として最終回まで登場すると予想しています。

Q. 鍋丸は史実の秀保ですか?
A. 史実の秀保は秀吉の姉ともの子で、ドラマの鍋丸とは別の人物です。ドラマでの扱いは今後の見どころです。

Q. 秀保はどうやって亡くなったのですか?
A. 文禄4年(1595)4月、大和の十津川で17歳で亡くなりました。病死説や溺死説があり、はっきりしていません。

Q. 『豊臣兄弟!』の最終回はいつですか?
A. 12月6日放送予定の第47回です。

まとめ

鍋丸はドラマオリジナルの人物ですが、史実の秀長の家では、血のつながらない養子・仙丸が跡継ぎの座を秀保にゆずり、藤堂高虎の養子となりました。鍋丸もまた、秀保が跡継ぎに決まる中で立場が揺れ、それでも秀長と慶のもとで育ち、最後は秀長の最期を見届ける。そんな結末を筆者は予想します。十津川で謎の死をとげた秀保とどう重なるのかも含めて、最終回までの鍋丸を見守りましょう。

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