秀次はなぜヒゲを生やしたのか|『豊臣兄弟!』第42回でヒゲ姿の山田涼介 ─ 20歳の秀次の立場と、戦国武将にとってのひげ

口ひげとあごひげをたくわえた若い大名が書院に座るイメージ(イラスト)
この記事のポイント
  • 『豊臣兄弟!』公式Xは10月28日、第42回「北野大茶湯」で「豊臣秀次 ヒゲ姿で登場」と予告しました。秀次を演じる山田涼介さんが、初めてひげをたくわえた姿で登場します
  • 第42回の舞台は天正15年(1587)。このとき秀次は数えで20歳、近江八幡の大名で、豊臣一門の若き中心でした
  • 戦国の武将にとって、ひげは大人の男であり、人の上に立つ者であることを示すしるしでした。若い大名がひげをたくわえるのは、貫禄を見せるためでもあったと考えられます
  • ドラマのヒゲ姿は、小牧・長久手で大敗した「若殿」から、大茶会を提案する一門の重鎮へと、秀次が変わったことを見せる演出なのかもしれません

『豊臣兄弟!』の公式Xが10月28日に流した一言が、ファンのあいだで話題になっています。次回の第42回「北野大茶湯」で、豊臣秀次がヒゲ姿で登場するというのです。山田涼介さんの秀次といえば、これまでは涼しげな顔立ちの若武者でした。それがなぜ、ここでひげをたくわえるのか。ドラマの演出の意図は放送を見るまでわかりませんが、戦国武将とひげの関係、そして天正15年(1587)の秀次の立場から、その理由を考えてみます。

口ひげとあごひげをたくわえた若い大名が書院に座るイメージ(イラスト)
ひげをたくわえた若い大名のイメージ(イラスト)
目次

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天正15年、秀次は20歳

秀次は永禄11年(1568)の生まれです。第42回の舞台となる天正15年には、数えで20歳になっていました。

3年前の小牧・長久手の戦いでは、総大将として徳川軍の奇襲を受け、大敗しています。秀吉から厳しく叱られたこの失敗のあと、秀次は四国攻めで手柄を立て、天正13年には近江八幡を本拠とする大名になりました。若いながらも、豊臣一門のなかで重い立場にあったのです(天正15年の豊臣秀次は何をしていたのか、天正17年の豊臣秀次は何をしていたのか)。

八幡山城/アクセス・場所・地図 安土城の遺構を多く取り入れた豊臣秀次の居城 八幡山城
秀次が本拠とした八幡山城の石垣(八幡山城)

戦国武将にとってのひげ

戦国時代の武将の肖像画を思いうかべてみてください。口ひげやあごひげをたくわえた姿が多いことに気づくはずです。加藤清正の立派なあごひげは有名ですし、徳川家康や武田信玄の肖像にもひげが描かれています。

当時、ひげは大人の男であることの証であり、人の上に立つ者の威厳を示すものでした。戦場では、顔をおおうひげが相手を威圧する役にも立ったといわれます。元服して間もない若い武将が、早く一人前に見られようとひげをたくわえることも、めずらしくなかったでしょう。

人物 ひげにまつわる話
豊臣秀吉 肖像画では口ひげ・あごひげともに薄く描かれる。ひげが薄く付けひげをしていたという話も伝わるが、後世の逸話とみられる
加藤清正 たっぷりとしたあごひげで知られる。秀吉と同じく、尾張中村の出身
徳川家康 肖像画の多くで口ひげとあごひげをたくわえて描かれる
豊臣秀次 第42回で初めてヒゲ姿で登場(ドラマ)

なぜ秀次はひげを生やしたのか ─ 三つの見方

ドラマがなぜここで秀次にひげをつけたのか、筆者なりに考えてみました。

一つめは、時間の流れを見せるためです。第35回で初登場した秀次は、小牧・長久手のころの十代後半の若者でした。第42回はそこから3年後。ひげは、秀次が大人になったことをひと目で伝える、わかりやすい演出です。

二つめは、立場の変化です。第42回で、聚楽第の完成祝いに盛大な茶会を開こうと言い出すのは秀次です。叔父の秀長が「時期尚早」と反対する場面もあるようです。秀長に意見する立場になった秀次には、それにふさわしい貫禄が必要だったのでしょう。

三つめは、秀吉に近づこうとする心のあらわれです。秀吉に実子のないこのころ、甥の秀次は跡継ぎの候補でもありました。「天下人の跡継ぎらしさ」を身につけようとしていたのかもしれません。予告では、とも(宮澤エマさん)が秀次に「あんた、小一郎のことが嫌いなの?」と問いかける場面もあり、秀次の心の動きがこの回の見どころになりそうです。

✎ 筆者の考え
筆者がいちばん気になっているのは三つめです。ひげは、自分を大きく見せたいという気持ちのあらわれでもあります。白山林で大敗し、叔父たちに叱られてきた秀次が、ひげをたくわえて大茶会を提案する。その背伸びが、のちの秀次の運命とどうつながっていくのか。ヒゲ姿の秀次の表情に注目したいと思います。

ひげはいつ消えたのか

戦国の世に好まれたひげは、江戸時代に入ると少しずつ姿を消していきます。江戸時代の前期には、幕府が「かぶき者」と呼ばれた荒くれ者たちの大きなひげを取りしまったこともあり、武士はひげをそるのが当たり前になっていきました。戦の世から泰平の世へ。ひげの流行は、時代の空気を映していたのです。

▷ 大河ドラマではどう描かれるか(放送前の予想)
第42回「北野大茶湯」は11月1日(日)放送予定です。公式Xによると、秀次がヒゲ姿で登場します。あらすじでは、秀次が聚楽第の完成祝いに盛大な茶会を開くことを提案し、秀長は時期尚早と反対するようです。放送後に、ヒゲ姿の秀次がどう描かれたかをこの枠で更新します。

よくある質問

Q. 秀次がヒゲ姿で登場するのは何回ですか?
A. 公式Xによると、第42回「北野大茶湯」(11月1日放送予定)です。

Q. 第42回のとき秀次は何歳ですか?
A. 舞台の天正15年(1587)で、数えで20歳です。

Q. 戦国武将はなぜひげを生やしたのですか?
A. 大人の男であり、人の上に立つ者であることを示すしるしだったと考えられます。

Q. 秀次の役はだれが演じていますか?
A. 山田涼介さんです。

まとめ

第42回で秀次がヒゲ姿になるのは、天正15年に20歳となった秀次の成長と、豊臣一門としての立場の変化を見せるためだと考えられます。戦国の武将にとって、ひげは大人と威厳のしるしでした。大茶会を提案し、叔父の秀長と意見をぶつける秀次の、少し背伸びした姿に注目です。

参考:「大河ドラマ『豊臣兄弟!』公式X」10月28日の投稿/藤田恒春『豊臣秀次』吉川弘文館/畠山記念館「豊臣秀吉画像」解説

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