- 放送前に立てた7つの予想は、的中1つ、半分的中2つ、外れ4つでした
- 的中したのは、黄金の茶室の秀吉と、わび茶の利休の席に並ぶ行列の対比
- 秀長の反対の理由は肥後ではなく北条、右近の決断の場は九州でも聚楽第でもなく大坂でした
- 予想外だったのは、鍋丸の養子入り、足利義昭(昌山)の告白、三成が賊を斬る場面、秀吉が語ったルソンの話です
『豊臣兄弟!』第42回「北野大茶湯」が11月1日に放送されました。放送前に第42回、筆者が勝手に予想する見どころ7つで立てた予想は、どこまで当たったのでしょうか。7つの予想を一つずつ答え合わせしていきます。結果は、的中1つ、半分的中2つ、外れ4つでした。
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予想1:秀長が「まだ早い」と言う理由は、肥後の一揆
北条の名を出したのは、3年後の小田原攻めを意識させる演出でしょう。史実でも北野大茶湯が1日で終わった理由として、肥後国人一揆の知らせが届いたためという説があり、ドラマはそれを採りました。くわしくは北野大茶湯に秀長はなぜ反対したのかで。
予想2:高札の「来ない者は茶の湯禁止」に、秀長が眉をひそめる
史実の高札には「来なかった者は今後こがしを点てることも禁じる」という一文があり、自由参加とうたいながら強制の色もありました。ドラマはそこを描かず、秀吉の気前のよさを前に出した形です。
予想3:松原の朱塗りの大傘で、秀吉が足を止める
ノ貫は京の山科に住んだ侘び茶人で、北野大茶湯で直径一間半もの朱傘を立てて秀吉の目を引いたと伝わります。いつか別の形で登場してほしい人物です。
予想4:黄金の茶室で、秀吉みずから茶を点てる
今夜の茶会の核心はこの対比でした。利休は秀吉に気を遣ってわびた席にしたのに、かえって人気を集めてしまう。秀吉のひがみが、のちの利休切腹への伏線として描かれています。黄金の茶室と茶会の狙いは秀吉はなぜ大茶会を開いたのかで。
予想5:宗及と宗久が、利休に一歩ゆずる
史実の北野大茶湯では、利休・津田宗及・今井宗久の三人が秀吉とともに茶頭をつとめ、拝殿に四つの茶席が設けられたとされます。
予想6:高山右近の決断は、聚楽第ではなく九州で
場所は史実(筑前筥崎の陣中)とは変わりましたが、二択と右近の答えは史実どおりです。秀吉はルソンの例や九州で日本人が売られていたことを理由に挙げ、黒田官兵衛も手を切ったと迫りました。右近の生涯は高山右近とは、改易のあとは高山右近は改易のあとどこにいたのかで。
予想7:利休が秀長にかける言葉は、四年後の伏線
秀長と秀吉、秀長と秀次の対立が重なった回だけに、利休の言葉は兄弟の亀裂を見抜くものでした。同じ回の終盤で、足利義昭も「殿下を止められるのはおぬししかいない」と秀長に託しており、利休と義昭が同じことを別の言葉で語った回だったといえます。
予想外だった4つの場面
予想になかった場面で、とくに印象に残ったのは次の4つです。ひとつめは鍋丸です。茶会の騒ぎの中で賊の仲間と疑われた少年が、かつて直が救った娘の子とわかり、慶の「むしろ養子に」の一言で秀長の養子になりました(鍋丸とは誰か)。ふたつめは、25話ぶりに「足利昌山」として登場した足利義昭が、光秀を死なせたのはこのわしだ、と語った場面です(足利義昭は本能寺の変の黒幕だったのか)。
みっつめは、茶会で秀吉を狙った賊を石田三成が斬った場面で、北野大茶湯で刃傷沙汰があったという記録はないため、ドラマの創作です。よっつめは、秀吉が右近に、伴天連が民を手なずけたあとに軍勢が来る、ルソンがそうだった、と語った場面です。こうした警戒が記録にはっきり出てくるのは9年後のサン・フェリペ号事件のときですが、追放令のころのキリシタンの広がりは追放令のころ、日本にキリシタンは何人いたのかで解説しています。聚楽第を「じゅらくてい」と読んだことも話題になりそうです(聚楽第と聚楽亭、本当の名前はどっち?)。
- 戦国時代、日本人は奴隷として海外に売られていたのか
- 鍋丸はこのあとどうなる?最終回までの予想
- 秀吉は宣教師を侵略の先兵と考えていたのか
- 秀吉と利休の対立はいつ始まったのか
- 黄金の茶室とは
- 直(なお)とは
- 三好吉房(弥助)とは
- 鍋丸はなぜ秀長の養子になれたのか
- 足利義昭は本能寺の変の黒幕だったのか
- 鍋丸とは誰か
- 追放令のころ、キリシタンは何人いたのか
- 足利義昭はなぜ秀吉の御伽衆になったのか
- 聚楽第と聚楽亭、本当の名前はどっち?
- 伴天連(バテレン)とは
- バテレン追放令で追放・処罰されたのは誰か
- 黒田官兵衛はキリシタンだったのか
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- 肥後国人一揆とは
- 北野大茶湯とは
- 足利義昭のその後
- コエリョとは
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- 高山右近は改易のあとどこにいたのか
- 小西行長とは
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- 国人一揆とは何か
- 天草国人一揆とは
▶ 秀吉の黄金の茶室の広さや造り、使われた場所、利休との関係、いま復元が見られる場所は黄金の茶室とはで解説しています。
まとめ
第42回の予想は、的中1つ、半分的中2つ、外れ4つという結果でした。黄金の茶室と利休の行列の対比は当たったものの、秀長の反対の理由や右近の決断の場、利休の言葉の中身は、予想とは別の方向に描かれました。兄弟の亀裂を利休と義昭がそれぞれの言葉で見抜き、成政の切腹で秀長の言葉が兄に届かなくなっていく。北野の華やかな茶会の裏で、豊臣家の転機を描いた回でした。

