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※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』の「大和郡山編」で、筆屋の主人・才蔵が登場します。演じるのは間宮祥太朗さん。公式の紹介では、筆づくりの腕は確かで、もとは奈良に店を開いていたが、ある決意を胸に大和郡山で新たに商いを始める人物とされています。
才蔵は実在の人物なのでしょうか。そして、奈良の筆屋が郡山へ移るという設定には、どんな史実の裏づけがあるのでしょうか。この記事では、奈良筆の歴史と、秀長がつくった郡山の城下町から、才蔵の立場を読み解きます。
- 筆屋の才蔵のモデルとなる実在の人物は確認できない。ドラマ独自の人物とみられる。可児才蔵とは別人
- 奈良は筆づくりの長い歴史をもつ土地で、空海が伝えた製法から始まったという言い伝えがある
- 秀長は奈良での商売を禁じ、商いは郡山の城下でするよう命じた。奈良の商人が郡山へ移ったのは、この政策による
- 郡山の城下町の各町は、地子(宅地の税)の免除などの特権と引きかえに、町の警護や火の番を交代でつとめた
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ドラマの才蔵:奈良から郡山へ移る筆屋
第37回「秀長の国」から始まる大和郡山編で、秀長は大和の新しい国主として郡山城に入ります。才蔵は、その城下で商いを始める町人として、秀長と深くかかわる人物のひとりです。同じ大和郡山編では、村の庄屋・石川清兵衛(伊藤健太郎さん)、興福寺の坊官・盤覚(坂口涼太郎さん)、絵師の狩野永徳(片岡鶴太郎さん)も登場します。
第37回の見どころ全体は第37回「秀長の国」あらすじ予想と史実にまとめています。
間宮祥太朗演じる筆屋・才蔵の目線で見る、秀長の郡山|豊臣兄弟!第38回
才蔵は実在の人物か

筆屋の主人・才蔵(イメージ)
今のところ、秀長の時代の郡山で「才蔵」という名の筆屋がいたことを示す史料は確認できません。奈良から郡山へ移った町人の姿を描くために置かれた、ドラマ独自の人物とみられます。
なお、戦国時代で「才蔵」といえば、槍の名手として知られる可児才蔵(可児吉長)が有名です。可児才蔵は秀次に仕えたこともある武将で、筆屋の才蔵とは別人です。可児才蔵については可児才蔵はなぜ秀次を見捨てて逃げたのかで書いています。
奈良は「筆のふるさと」だった
才蔵が奈良の筆屋として描かれるのには理由があります。奈良は、日本の筆づくりの原点とされる土地だからです。

才蔵が店を構えていたのは、こういう通りでした。寺の門前に筆や墨の店が並ぶ(イメージイラスト)
言い伝えでは、平安時代のはじめ、唐から帰った空海が最新の筆の製法を伝え、それを学んだ坂名井清川(さかないのきよかわ)が大和で筆をつくり始めたとされます。奈良時代から写経がさかんだった奈良には、もともと筆の大きな需要がありました。
鎌倉・室町時代になると、武家や僧のあいだで書がたしなみとして広まり、筆の需要はさらに高まります。室町時代には、大名に筆を納める「御用筆師」も現れたといわれます。奈良の筆は、寺の町・奈良が育てた職人の技だったのです。
この技は今も受け継がれ、奈良筆は国の伝統的工芸品に指定されています。産地は奈良市と、まさに大和郡山市の周辺です。ドラマの才蔵が郡山で筆屋を開く設定は、現代の産地の姿とも重なります。
この筆づくりがのちに奈良の名産となる流れは、才蔵と奈良の豪商はなぜ対立したのかでも触れています。
戦国の筆は、いまの筆と作りが違った
才蔵がつくっていた筆は、いま私たちが使う筆とは作りが少し違ったと考えられます。当時の筆は、穂の芯に紙を巻きつけ、そのまわりに毛をかぶせて形を整える「巻筆(まきふで)」が主流で、芯のない、毛だけで穂をつくる筆が広まるのは江戸時代になってからです。

奈良筆の穂の構造と、十四に分かれる工程。才蔵が扱っていたのはこの技術です
江戸時代には、種類のちがう毛を水の中で混ぜ合わせて穂をそろえる技法が工夫され、これが今日の奈良筆の基本になっていきます。奈良筆が国の伝統的工芸品に指定されたのは1977年のことです。ドラマの筆屋の店先にどんな形の筆が並ぶのか、放送で注目してみるのもおもしろいでしょう。
筆と墨がそろって奈良で育った背景には、寺の存在がありました。興福寺の別当とはもあわせてどうぞ。
筆と墨 ─ 奈良のもうひとつの名産
奈良の筆づくりが栄えた理由のひとつは、同じ町で上質の墨がつくられていたことです。室町時代のはじめ、興福寺の二諦坊(にたいぼう)で灯明のすすを集めてつくる油煙墨が始まり、「南都油煙」の名で全国に知られるようになりました。写経や寺の文書で大量の筆と墨を使う寺の町だったからこそ、筆屋と墨屋が並んで育ったわけです。

獣毛をさばいて穂を組む。筆づくりは、最後まで手の仕事でした(イメージイラスト)
才蔵の生きた天正年間には、いまも奈良で続く墨の老舗・古梅園が創業したと伝えられています。奈良墨の歩みは 奈良墨とは で詳しく解説しています。
なぜ奈良の商人は郡山へ移ったのか
才蔵が奈良から郡山へ移るのは、個人の決意だけの話ではありません。秀長自身が、奈良の商人を郡山へ呼び寄せる政策をとっていました。
秀長は、奈良での商売を禁じ、商いをしたい者は郡山の城下でするよう命じたと伝わります。対象はみそ、酒、柴や薪、菜など、暮らしに欠かせない品々にまでおよびました。奈良は興福寺や春日社のもとで栄えた商業の町です。その商いを郡山へ移すことは、寺社の経済力をそぎ、新しい城下町を一気に育てるための、思い切った手でした。
秀長は寺社の国・大和をどう治めたのか:興福寺の寺領を五分の一に
奈良の商人を郡山へ移した政策を、寺社への対応とあわせて解説しています。
座とは:戦国の商人が守った既得権益 ─ 秀長が治める奈良の商人は、寺社の下で何を守っていたのか
郡山の城下町:特権と、交代の務め
郡山に移った商人たちは、ただ命令に従わされただけではありませんでした。城下の各町には、地子(宅地にかかる税)の免除などの特権が与えられ、郡山での商いが優遇されました。

秀長が郡山につくろうとしたのは、こういう町でした(イメージイラスト)
その代わりに、各町は町の警護や火事への備え、伝馬(公用の馬や人足)の管理など、城下町全体にかかわる役目を、月ごとに交代でつとめました。この仕組みはのちに「箱本(はこもと)」と呼ばれ、江戸時代を通じて続きます。郡山の町は、町人自身が運営する城下町として出発したのです。
今の大和郡山に残る町割りは、秀長のころにはほぼできあがっていたとみられています。才蔵が店を開く「新しい町」は、まさにこの城下町です。
こうした職人が住んだ町の仕組みは箱本十三町とは:秀長が郡山につくった自治のまちで解説しています。
第38回の才蔵:秀長の城下町の「起爆剤」
10月4日放送の第38回「和を以て、大和をなす」では、才蔵が物語の中心に出てきます。公表されたあらすじでは、大和の財政を建て直すために秀長が郡山の商いを盛り立てようとしますが、既得権を守りたい奈良の豪商たちは郡山への移転を拒み、そこで秀長は、郡山で新たに店を開いた才蔵の商いを成功させ、それを起爆剤に各地から商人を呼び込もうと考えます。

筆を作る者と、筆を使う者。同じ回に、才蔵と狩野永徳が並びます(イメージイラスト)
奈良の豪商がなぜ抵抗したのかは 才蔵と奈良の豪商はなぜ対立したのか で、才蔵と郡山の商人たちのその後は 才蔵のその後はどうなる? でまとめています。
奈良筆そのものの歴史や、十数種類の毛を組み合わせる「練り混ぜ」、筆ができるまでの十四の工程は奈良筆とはで詳しく紹介しています。
才蔵に近い人生を歩んだ実在の商人は、才蔵のモデルはいたのか:戦国の奈良・郡山に実在した商人たちで探しています。
才蔵の店に筆のほかに何が並んでいたのか、郡山の町名と『多聞院日記』から戦国奈良の商いをたどった記事は才蔵は筆のほかに何を売った?です。
演じる間宮祥太朗さんが、前に演じた歴史上の人物
才蔵を演じる間宮祥太朗(まみや しょうたろう)さんにとって、『豊臣兄弟!』は二作目の大河ドラマです。六年ぶりの出演になります。
一作目は二〇二〇年の『麒麟がくる』。役は明智左馬助でした。NHKの発表では「光秀のいとこで、光秀の父・光安の死後、光秀と行動を共にします。後の本能寺の変にも関わっていく重要な人物」と紹介されています。登場は五月中旬からの越前編からでした。
ひとつ注意しておきたいことがあります。この明智左馬助は、一般に明智秀満と同一人物とされますが、NHKが発表した役名は「明智左馬助」だけで、秀満とは言っていません。左馬助と秀満を同じ人とみる説も、光秀との血縁(いとこ説・娘婿説)も、史料の上では議論のあるところです。
大河以外では、二〇二二年の映画『破戒』で主演を務めました。島崎藤村の小説の、六十年ぶりの映画化です。ただし主人公の瀬川丑松は小説の中の人物なので、実在の歴史上の人物ではありません。
つまり実在の人物を演じたのは、いまのところ明智左馬助ただ一人。今回の才蔵も創作の人物ですから、間宮さんにとって「史実の人を演じる」のはまだ数えるほどです。
才蔵役のオファーについて、本人がこう語っています。『あさイチ』に出た際、友人である主演の仲野太賀さんに会いに撮影スタジオを訪ね、そこでプロデューサーに「何かあれば是非声を掛けてください」と伝えていた。そこへオファーが来たので即答で引き受けた、と。
ポイントでの出演となるので才蔵を通して秀長がどういった人物であるのかがより浸透するように演じられればいいなと思っていました
同じ回に出る俳優では、片岡鶴太郎さんが演じた歴史上の人物と伊藤健太郎さんが演じた歴史上の人物もまとめています。
才蔵が作った筆の中身については戦国の筆は何の毛でできていたのか:ヤクと「羊毛」の正体をどうぞ。
まとめ
筆屋の才蔵は、史料で確認できる人物ではありません。けれども、奈良の筆屋が郡山へ移るという設定は、史実によく根ざしています。奈良は筆づくりの長い歴史をもつ町であり、秀長は奈良での商売を禁じて、商人を郡山の城下に集めました。
ドラマで才蔵が抱える「ある決意」が何なのかはまだわかりません。ただ、寺の町・奈良を離れて、武家の城下町・郡山で一から商いを始めることは、当時の町人にとって大きな賭けだったはずです。才蔵の姿を通して、郡山の城下町が生まれる瞬間が描かれることになりそうです。
同じ第37回の登場人物については、石川清兵衛とは、盤覚とは、末(すえ)のモデルは誰?でも解説しています。
才蔵と郡山の城下町をもっと詳しく知りたい人におすすめの本
秀吉と秀長の兄弟が天下統一へ進んだ道のりを、研究者がわかりやすく解説した新書です。兄を支えた秀長の役割がよくわかります。
奈良北部の史跡を地域ごとに案内するガイドブックです。郡山の城下町に残る町名や史跡を歩くときの手引きになります。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』の公式ガイドの完結編です。放送終盤の登場人物やあらすじを確かめられます。
末とは:池端杏慈が演じる秀長のひとり娘は実在? 三人いた娘と、毛利秀元に嫁いだきく
「末」の名は史料に見当たりません。ただし娘は三人いました。

