- 『豊臣兄弟!』第45回「天下人の暴走」(11月22日放送予定)の見どころを、筆者が勝手に7つ予想しました
- いちばんの注目は、兄を許せない秀長と、秀長を遠ざけた秀吉。兄弟の距離がどこまで広がるのかです
- 聚楽第の落書事件、茶々の懐妊、北条氏政の誘いなど、史実とドラマの創作が入りまじる回になりそうです
- 放送後に、予想の答え合わせをこの記事で行います
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第45回「天下人の暴走」は、11月22日(日)放送予定です。伝えられているあらすじと天正17年(1589)の史実から、筆者が勝手に見どころを7つ予想してみました。くわしいあらすじと史実は「第45回「天下人の暴走」あらすじ予想と史実」にまとめています。
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見どころ1:位牌に手を合わせる秀長の怒り
第44回で家臣の吉川平助を失った秀長は、兄を許せずにいるようです。いつも兄と周囲の間に立ってきた秀長が、初めて兄に背を向ける。仲野太賀さんの静かな怒りの芝居が、この回の軸になりそうです(秀吉と秀長は仲たがいしたのか)。
見どころ2:秀長のいない年頭の儀と、秀次の晴れ舞台
年頭の儀を取り仕切るのは秀次です。秀吉にほめられる晴れがましさと、ほんとうは秀長が座るはずだった席の空白。その対比がどう描かれるのかに注目です。史実では、秀長が自分から欠席したのではなく、秀吉が拝謁を許さなかったとされます(天正17年の豊臣秀次は何をしていたのか)。
見どころ3:清正の「なぜ三成が先なのか」
席次をめぐって加藤清正が三成との順番に異を唱えるようです。武功で出世してきた尾張の子飼いと、事務に長けた近江の奉行。のちの関ヶ原につながる亀裂が、ここで初めてはっきり形になるのかもしれません(加藤清正・福島正則と石田三成はなぜ不仲だったのか)。
見どころ4:官兵衛の直言
秀長を遠ざけたのは間違いだと、官兵衛が秀吉に意見するようです。わかっていても、人に言われると苛立つ秀吉。直言できる者が少なくなっていく天下人の孤独が描かれそうです。史実の官兵衛はこの年に隠居しますが、ドラマがそこにふれるかも見どころです(黒田官兵衛はなぜ天正17年に隠居したのか)。
見どころ5:茶々の懐妊に揺れる人びと
茶々の懐妊は、豊臣家の跡継ぎの見通しを一変させます。喜ぶ秀吉と、動揺する秀次。寧々はどう受け止めるのか。登場人物それぞれの反応に、この先の豊臣家の行く末がにじむはずです(鶴松の父は本当に秀吉なのか)。

見どころ6:落書きと、秀吉の「暴走」
サブタイトルの「暴走」は、落書きへの秀吉の対応を指すのではないかと筆者は予想します。史実の聚楽第の落書事件では、警備の番衆や天満の町の人びとまでが処刑されました。大河ドラマでこの苛烈さをどこまで描くのかに注目です(聚楽第の落書事件とは)。
見どころ7:北条氏政の誘いに、秀長はどう答えるか
兄を見限って立てと、北条氏政が秀長に下剋上を勧めるようです。史料には見えない創作と考えられますが、兄と距離を置いた秀長の心がゆれる、この回の山場になりそうです。秀長の答えは、次回以降の小田原攻めにもつながっていくでしょう(北条氏政は秀長に下剋上を勧めたのか)。
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まとめ
第45回「天下人の暴走」は、兄弟の距離、跡継ぎをめぐる動き、そして天下人の力の使い方が問われる回になりそうです。史実の天正17年を知っておくと、ドラマの創作と史実の重なりがより楽しめます。放送後の答え合わせもお楽しみに。
参考:『多聞院日記』/『鹿苑日録』/黒田基樹『羽柴秀長の生涯』平凡社新書

