- 11月15日(日)放送の『豊臣兄弟!』第44回「ある家臣の死」で、こうなったらおもしろい、という場面を筆者が勝手に七つ予想しました
- 秀長の家臣・吉川平介(ドラマでは吉川平助)が、熊野の材木をめぐって死罪となる回です。家臣を守れなかった秀長と、弟にも示しをつけた秀吉を、史実と照らし合わせています
- 予想は外れるかもしれません。そのぶん、それぞれの予想に「史実ではどうだったのか」を添えたので、放送前の予習にも使ってください
- 放送後、各予想の下にある「答え合わせ」の欄に、当たり外れを追記します
第44回「ある家臣の死」は、伝えられているあらすじによると、方広寺の大仏造営のための熊野の材木をめぐって、秀長の家臣・吉川平助(松岡広大)が死罪となる回です。ここでは、ドラマの筋を当てにいくというより、「こうなったら歴史好きとしてはうれしい」という場面を七つ選び、それぞれ史実ではどうだったのかを添えました。あらすじと史実の全体像は第44回「ある家臣の死」あらすじ予想と史実にまとめています。
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予想1:熊野の川を下る材木の筏が映る
史実では、熊野の木は伐り出されたあと、川に流して運ばれました。平介が大坂で売った木は二万本余りと伝わります(熊野の木はなぜ豊臣政権に狙われたのか)。
予想2:平助が切りひらく山道に、北山の村人の目
史実では、熊野の奥地・北山で、豊臣方の支配や木の伐り出しに反発する一揆が起き、数年にわたって続きました(北山一揆とは)。
予想3:うわさを持ちこむのは藤堂高虎
史実の高虎は秀長の家臣として紀伊で城や領地を任され、のちに築城の名手として知られるようになります(藤堂高虎とは)。
予想4:知らせは秀長を飛び越えて秀吉へ
史実でも、平介の不正は主君の秀長を飛び越えて秀吉に伝わったことが決定的だったと考えられます。だれが知らせたのかは、はっきりしていません(吉川平介とは)。
予想5:処刑の場所が西大寺と告げられ、秀長が言葉を失う
史実では、平介は天正16年12月5日に大和の西大寺で処刑され、首は京にさらされました。主君の領国での処刑は、秀長への強い示しでもありました(吉川平介とは)。
予想6:「女子供は不苦」の一言に救いがある
史実では、平介の妻子は罪に問われなかったと伝わります。秀吉の処罰が家族に及ぶかどうかは、事件によって大きく違いました(秀吉の処罰はなぜ家族まで及んだのか)。
予想7:正月、秀長だけが兄に会えない
史実では、この一件で秀長は「天下の面目を失った」とされ、翌天正17年正月、秀吉への拝謁を許されませんでした(第44回「ある家臣の死」あらすじ予想と史実)。
まとめ
第44回「ある家臣の死」は、四国攻めから秀長を支えてきた家臣が、天下人の大工事の陰で命を落とす回です。熊野の材木、北山の村、知らせの届き方、西大寺での処刑、妻子の行く末、そして正月の拝謁。七つの予想がいくつ当たるかはわかりませんが、史実を知っておくと、秀長と秀吉の関係の変化がよく見えてきます。放送後には答え合わせを追記します。

