家康の上洛に従った家臣、岡崎に残った家臣|榊原康政・酒井忠次・井伊直政・本多作左は何をしていたのか

井伊直政が赤備えを率いて長久手で先陣を切るイメージイラスト
この記事のポイント
  • 天正14年(1586)10月、家康の上洛は、徳川家臣団にとっても大きな出来事でした。『徳川実紀』には、酒井忠次ら重臣たちが上洛に反対したと書かれています
  • 上洛に同行した家臣の一人が榊原康政です。かつて秀吉を非難したことで知られる康政を、秀吉は「あっぱれ」とたたえたと伝わり、康政は11月に官位と豊臣の姓を与えられました
  • 一方、人質の大政所がいる岡崎には、本多作左衛門と井伊直政が残りました。宿所のまわりに薪を積んだと伝わるのはこの二人です
  • 家康が戻ると、大政所を大坂まで送り届けたのは井伊直政でした。徳川家臣たちは、それぞれの場所で上洛を支えたのです

『豊臣兄弟!』第41回「家康の野望」では、家康(松下洸平)がついに上洛します。家康がいないあいだ、徳川の家臣たちはどこで何をしていたのでしょうか。この記事では、上洛に反対した重臣、上洛に同行した家臣、そして人質の大政所を預かった岡崎の家臣たちを紹介します。

岡崎城の天守
人質の大政所が入った岡崎城(岡崎城)
目次

上洛に反対した重臣たち

『徳川実紀』には、家康が上洛を決めたとき、酒井忠次をはじめとする重臣たちが反対したと書かれています。秀吉のもとへ行けば、家康の身に何があるかわからない。前の年に石川数正が秀吉のもとへ走ったばかりで、家臣団には秀吉への警戒心が強く残っていました(秀吉の人質要求と浜松評定)。

それでも家康は、母の大政所まで人質に出した秀吉の誠意に応えるとして、上洛を決めました。酒井忠次は、この上洛の直前の10月24日に従四位下・左衛門督に叙任されています(酒井忠次とは)。

上洛に同行した家臣 ─ 榊原康政

上洛に同行した家臣として知られるのが、徳川四天王の一人、榊原康政です。康政は小牧・長久手の戦いのとき、秀吉を「主家の織田家を乗っ取ろうとする者」と非難する檄文を書いたと伝わり、怒った秀吉が康政の首に十万石の懸賞をかけたという話もあります(この話は後世の作り話とみられています)。

ところが上洛してきた康政に会った秀吉は、怒るどころか「その方の志はあっぱれである」とたたえ、もてなしたと伝わります。康政は11月9日、従五位下・式部大輔に叙任され、豊臣の姓を与えられました。かつての敵を手厚く迎えて取り込む。秀吉らしい人心掌握でした(小牧・長久手の戦いはどっちが勝った?)。

岡崎に残った家臣 ─ 本多作左衛門と井伊直政

家康が上洛しているあいだ、人質の大政所は岡崎城に入っていました。大政所を預かったのは、岡崎城代の本多作左衛門と、井伊直政です。江戸幕府がまとめた大名・旗本の系図集『寛政重修諸家譜』には、二人が大政所の宿所のまわりに薪を積み、大坂で家康に万一のことがあれば火をかける構えを見せた、と書かれています。

薪を積んだ話は作左一人の逸話として知られていますが、『寛政重修諸家譜』では直政もともに名が挙がっています。若い直政と、老練な作左の組み合わせでした(本多作左衛門はなぜ大政所の宿所に薪を積んだのか/石川数正が去った岡崎城は誰が守ったのか)。

御殿の一室で手を取り合う老婆と娘、外に積まれた薪のイメージイラスト
岡崎の大政所と旭姫、そして外に積まれた薪のイメージ(イメージイラスト)

大政所を大坂へ送り届けた井伊直政

11月、家康が三河へ戻ると、大政所は大坂へ帰ることになりました。このとき大政所を大坂まで送り届けたのが、井伊直政です。直政は大政所に丁寧に仕え、大政所や秀吉からも厚く信頼されたと伝わります。

武田の赤備えを受け継いで小牧・長久手で名を上げた直政は、こうして豊臣家とのつきあいでも頭角をあらわしていきます。のちに直政が徳川家臣団の筆頭格となり、豊臣政権とのやりとりでも重く用いられる道は、この岡崎の日々から始まっていたのかもしれません(井伊直政はなぜ「赤鬼」と呼ばれたのか)。

井伊直政のイメージイラスト
大政所を大坂へ送り届けた井伊直政(イメージイラスト)
家臣 どこにいたか 何をしたか
酒井忠次 浜松・上方 上洛に反対したと伝わる。上洛直前に従四位下・左衛門督に
榊原康政 上方(上洛に同行) 秀吉にたたえられ、11月に従五位下・式部大輔、豊臣姓
本多作左衛門 岡崎 城代として大政所を預かる。薪を積んだと伝わる
井伊直政 岡崎 大政所を警固。11月、大政所を大坂へ送り届ける
石川数正 秀吉のもと 前年に出奔し、すでに豊臣方

前の年まで徳川家の外交を担っていた石川数正は、このときすでに秀吉の家臣でした。数正が去ったあと、豊臣家との窓口を担う家臣たちが、新たに育っていったのです(石川数正はなぜ出奔したのか)。

▷ 大河ドラマではどう描かれるか(放送前の予想)
『豊臣兄弟!』第41回「家康の野望」は10月25日(日)放送予定です。天野ひろゆきさん演じる酒井忠次、阿久津仁愛さん演じる井伊直政が、家康の上洛をどう見送り、どう支えるのかに注目です。放送後にこの枠を更新します。

よくある質問

Q. 家康の上洛に反対したのはだれですか?
A. 『徳川実紀』には、酒井忠次をはじめとする重臣たちが反対したと書かれています。

Q. 家康の上洛に同行した家臣はだれですか?
A. 徳川四天王の一人、榊原康政が知られています。秀吉にたたえられ、11月9日に従五位下・式部大輔に叙任されました。

Q. 大政所を岡崎で預かったのはだれですか?
A. 岡崎城代の本多作左衛門と井伊直政です。『寛政重修諸家譜』には、二人が宿所のまわりに薪を積んだと書かれています。

Q. 大政所を大坂へ送り届けたのはだれですか?
A. 井伊直政です。家康が三河へ戻ったあとの11月、大政所を大坂まで送り届けました。

まとめ

家康の上洛のとき、徳川の家臣たちはそれぞれの場所で主君を支えました。酒井忠次ら重臣は上洛に反対し、榊原康政は同行して秀吉にたたえられ、本多作左衛門と井伊直政は岡崎で人質の大政所を預かりました。大政所を大坂へ送り届けた直政は、豊臣家からも信頼を得ていきます。石川数正が去った徳川家で、新しい世代の家臣たちが豊臣家と向き合い始めたのです。

参考:『徳川実紀』/『寛政重修諸家譜』/『家忠日記』/『藩翰譜』

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