長宗我部氏特集 ─ 土佐から四国へ

長宗我部元親は、土佐の小さな家に生まれ、四国のほぼ全域に手を伸ばし、そして豊臣秀吉に降った。子の代には国そのものを失っている。この特集では、その一代と一族を追った記事をまとめました。どこから読んでも、隣の話へつながるように組んであります。

長宗我部の兄弟と、元親の子国親の子 ─ 元親と三人の弟長宗我部国親長宗我部元親家督を継ぎ、土佐から四国へ吉良親貞吉良家を継ぎ、土佐西部を任される香宗我部親泰香宗我部家を継ぎ、東部と外交を担う島親益海部で殺され、阿波侵攻のきっかけに元親の子 ─ 四人の息子長宗我部元親長宗我部信親戸次川で討ち死にする香川親和讃岐の香川家へ入る津野親忠津野家へ入り、のち幽閉される長宗我部盛親家督を継ぐが、関ヶ原ののち国を失う

NHK『長宗我部兄弟!』─ もうひとつの兄弟大河

大河ドラマ『豊臣兄弟!』の四国攻めを前に、NHKは特番『長宗我部兄弟!』を放送しました。土佐の小さな一族から四国のほぼ全域へ広がった長宗我部元親・香宗我部親泰の兄弟を、最新研究・古文書とドラマで描いた番組です。父・国親の「弱く小さき一族は、強き者に利用されていずれ滅びる」という言葉、家を潰さずに縁組や起請文で広がった兄弟の外交、そして宛名を同じ高さに書いて対等に扱った伊予の国人・金子元宅との約束。番組で描かれた物語を、史実とあわせて読める記事をまとめました。

まずはこの4本から
兄弟のことをもっと

元親という人

呼び名が変わった一日から、土佐一国がそろうまで。

一族と、名前のこと

弟たちが国を分けて支え、一文字違いの名字がなぜ生まれたのか。

四国攻め ─ 秀長が来た夏

六月に渡り、八月に終わった二か月の戦い。

そして、国を失うまで

戸次川で嫡男を失い、浦戸で国を失い、六条河原へ。

長宗我部をめぐる城

土佐の本拠から、四国攻めの戦場まで。

大河ドラマ『豊臣兄弟!』特集へ

長宗我部元親は、大河ドラマ『豊臣兄弟!』では四国攻めの相手として描かれます。豊臣側から見た同じ出来事はこちらの特集にまとめています。