- 『真田十勇士』の主演は岩本照(猿飛佐助)、霧隠才蔵は中川大志、主君・真田幸村は安藤政信が演じます
- 十勇士10人と真田大助、徳川方(家康・秀忠・服部半蔵ほか)、豊臣方(淀殿・織田有楽斎ほか)の配役を一覧にしました
- 女性の由利鎌之助やイギリス人の筧十蔵など、講談の十勇士とは設定が大きく変わった人物もいます
岩本照さん主演のテレビ朝日系ドラマ『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』には、十勇士を演じる俳優陣のほか、真田幸村、徳川家康、服部半蔵、淀殿など、史実の人物を演じる豪華なキャストがそろっています。ここでは、真田方・徳川方・豊臣方に分けて登場人物と配役を整理し、講談や史実ではどんな人物だったのかも短く紹介します。
相関図の全体像
物語の中心は、九度山に幽閉されている真田幸村(安藤政信)と、そのもとに集まる十人の忍・猛者たちです。主人公の猿飛佐助(岩本照)は師匠・白雲斎(唐沢寿明)に育てられた一匹狼で、真田家に仕える霧隠才蔵(中川大志)とは反発し合いながら、ともに家康を相手に戦う仲間になっていきます。対する徳川方には、家康(内藤剛志)と秀忠(佐藤龍我)の父子、最強の忍・服部半蔵(中村獅童)、側近の金地院崇伝(佐野史郎)がいて、大坂城には秀頼の母・淀殿(栗山千明)や織田有楽斎(西岡德馬)が控えています。

真田十勇士・真田家のキャスト
| 役名 | キャスト | ドラマでの設定 |
|---|---|---|
| 猿飛佐助 | 岩本照(Snow Man) | 「東国一の空飛ぶ忍」と呼ばれる主人公。師匠・白雲斎に育てられた |
| 霧隠才蔵 | 中川大志 | 真田家に仕える天才忍者。佐助とは出会ってすぐ犬猿の仲に |
| 由利鎌之助 | 伊原六花 | 十勇士でただ一人の女忍者。男装した鎖鎌の名手 |
| 三好伊佐 | 武井壮 | 十勇士いちばんの怪力の持ち主 |
| 三好清海 | 今井竜太郎 | 妖艶な雰囲気をまとう、十勇士きっての美貌の持ち主 |
| 望月六郎 | 牧野公昭 | 十勇士の最年長で、代々真田家に仕えてきた元侍 |
| 筧十蔵 | ジョエル・ディカーソン | 堺に住むイギリス人の鉄砲商人。遠距離攻撃の切り札 |
| 穴山小助 | 浜野謙太 | 十勇士の頭脳を担う軍師的な存在 |
| 根津甚八 | 金田哲 | できれば一生遊んで暮らしたい呑気な中年忍者 |
| 海野六郎 | 袴田吉彦 | 弓の名手で、遠距離戦のエース |
| 真田大助 | 城桧吏 | 幸村の息子。戦う力はないが強い思いを秘める |
| 真田幸村 | 安藤政信 | 十勇士が仕える主君。九度山で14年の幽閉生活を送る |
十勇士の顔ぶれは、江戸時代の軍記物や講談、そして大正時代に大人気となった立川文庫の物語をもとにしていますが、ドラマでは設定がかなり大胆に変えられています。講談では男性の鎖鎌使いだった由利鎌之助が女性になり、怪力の荒法師として知られた三好兄弟のうち、清海が美貌の人物として描かれ、鉄砲の名手・筧十蔵がイギリス人の商人になっているのは、その代表的な例です。十勇士がそもそも実在したのかについては、真田十勇士とはで一人ずつ紹介しています。
徳川方のキャスト
| 役名 | キャスト | ドラマでの設定 |
|---|---|---|
| 徳川家康 | 内藤剛志 | 関ヶ原で秀忠が真田に足止めされた因縁から、真田家を憎む老将 |
| 服部半蔵 | 中村獅童 | 十勇士の前に立ちはだかる最強の忍 |
| 徳川秀忠 | 佐藤龍我(ACEes) | 上田合戦で真田に敗れた屈辱を抱える二代将軍 |
| 金地院崇伝 | 佐野史郎 | 家康の天下取りを支える側近 |
家康と秀忠が真田を憎む理由とされる上田合戦は史実で、慶長5年(1600年)の第二次上田合戦では、秀忠の大軍が上田城の真田昌幸・信繁父子に足止めされ、関ヶ原の本戦に間に合いませんでした。また、服部半蔵の名で知られる服部正成は、史実では物語の時代よりも前に亡くなっているため、ドラマの半蔵がどう描かれるのかも気になるところです。
豊臣方・その他のキャスト
| 役名 | キャスト | ドラマでの設定 |
|---|---|---|
| 淀殿 | 栗山千明 | 豊臣秀吉の妻で、若き当主・秀頼の母 |
| 織田有楽斎 | 西岡德馬 | 豊臣方の軍議に名を連ねる老練な重臣 |
| お国 | 久間田琳加 | 九度山の娘。助けてくれた佐助に恋心を抱くが、ある秘密を抱える |
| 白雲斎 | 唐沢寿明 | 佐助の師匠。かつて真田昌幸に仕え、第二次上田合戦で徳川軍を退けた忍 |
このほか、関口メンディーさん、橋本じゅんさん、ソニンさん、ドリアン・ロロブリジーダさん、和田正人さんらの出演も発表されています。
登場人物は史実・講談ではどんな人物だったのか
ドラマの人物設定は大胆にアレンジされていますが、もとになった講談や史実の姿を知っておくと、どこを変えたのかが見えてきて放送がいっそう楽しめます。ここでは主な登場人物について、伝承や史実での姿を紹介します。
猿飛佐助(岩本照)
猿飛佐助は、大正時代の初めに大阪の立川文庫から出た忍術物語で一躍有名になった人物で、甲賀流の忍術を使い、師匠の戸沢白雲斎に鍛えられたヒーローとして描かれました。実在を示す確かな史料はなく、甲賀の忍とされる人物などをモデルにあてる説はありますが、はっきりしたことはわかっていません。ドラマの佐助が「東国一の空飛ぶ忍」とされているのは、木から木へ飛び移る立川文庫以来の佐助像を受け継いだものといえそうです。
霧隠才蔵(中川大志)
霧隠才蔵も立川文庫で人気になった忍で、佐助の甲賀流に対して伊賀流の使い手とされ、霧を起こして姿を消す術を得意とする人物として描かれました。こちらも実在は確かめられていませんが、伊賀の忍の名をモデルとする説があります。ドラマでは真田家に仕える天才忍者として、自由人の佐助と正反対の性格に設定されています。
由利鎌之助(伊原六花)
講談の由利鎌之助は、鎖鎌や槍を得意とする豪傑の男性として描かれてきました。十勇士はもともと全員が男性の物語で、ドラマで鎌之助を男装の女忍者にしたのは本作ならではの大きなアレンジです。
三好清海・三好伊佐(今井竜太郎・武井壮)
講談では「三好清海入道」「三好伊三入道」と呼ばれる兄弟の荒法師で、二人そろって怪力無双の大男として描かれるのが定番でした。戦国時代に畿内で力をふるった三好一族の人物をモデルにあてる説もあります。ドラマでは伊佐が怪力担当、清海が美貌の人物として描き分けられていて、講談の清海を知る人ほど意外に感じる配役です。
望月六郎・穴山小助・根津甚八・海野六郎
この4人の名字は、いずれも信濃や甲斐にゆかりのある実在の武士の家の名で、海野氏は真田氏の本家筋とされる信濃の名族、望月氏は信濃の佐久の名族、穴山氏は武田一族、根津氏は信濃の滋野一族の家として知られます。十勇士の物語は、こうした真田家の周辺にいた実在の一族の名を借りて形づくられたと考えられています。講談では、穴山小助が幸村の影武者を務めたとされ、根津甚八も大坂夏の陣で幸村の身代わりとなって討たれたという話が伝わっています。
筧十蔵(ジョエル・ディカーソン)
講談の筧十蔵は、種子島(火縄銃)の名手として描かれる人物です。ドラマでは堺に住むイギリス人の鉄砲商人という設定になっていて、鉄砲の名手という講談の特徴を残しつつ、世界配信を意識した思い切ったアレンジになっています。
真田大助(城桧吏)
真田大助は実在の人物で、実名は真田幸昌といい、大助は通称です。幸村の嫡男で、父が九度山に流されていたあいだに生まれたといわれ、慶長19年(1614年)には父とともに大坂城に入りました。そして慶長20年(1615年)の大坂夏の陣で、豊臣秀頼に最後まで付き従って自害したと伝えられていて、まだ十代半ばの若さでした。真田家の人びとについては真田一族の歴史でも紹介しています。
白雲斎(唐沢寿明)
白雲斎は、立川文庫で佐助に忍術を教えた師匠「戸沢白雲斎」がもとになった人物と考えられ、信濃の山中で野山を駆け回っていた少年・佐助を見いだして甲賀流の忍術を授けたとされます。実在の人物ではありませんが、ドラマでは真田昌幸に仕えて第二次上田合戦で徳川軍を退けた忍という、史実とつながる設定が加えられています。
徳川家康(内藤剛志)と徳川秀忠(佐藤龍我)
物語の舞台となる慶長19年(1614年)、家康はすでに70歳を超え、将軍職を秀忠に譲ったあとも大御所として駿府から実権を握っていました。秀忠は30代半ばで、慶長10年(1605年)から二代将軍の地位にありましたが、関ヶ原の戦いのときに上田城の真田父子に足止めされて本戦に遅れ、家康の怒りを買ったことはよく知られています。この因縁が、ドラマで徳川父子が真田を憎む理由として描かれているわけです。家康と豊臣家の最後の関係については家康は秀頼と淀殿を助けようとしたのかで取り上げています。
服部半蔵(中村獅童)
服部半蔵の名で知られる服部正成は、伊賀の者たちを率いて家康に仕えた武将で、本能寺の変のあとの「神君伊賀越え」で家康を守ったことで知られ、江戸城の半蔵門にその名を残しています。ただし正成は慶長元年(1596年)に亡くなっていて、ドラマの1614年に半蔵を名乗っていたのは息子の正就でした。正成自身は忍者ではなく、槍の名手として知られた武士だった点も、ドラマの「最強の忍」とのちがいです。
金地院崇伝(佐野史郎)
金地院崇伝は、京都・南禅寺の金地院に住んだ臨済宗の僧で、以心崇伝とも呼ばれます。家康のもとで外交文書の作成や寺社の統制にあたり、大坂の陣のきっかけとなった方広寺の鐘銘事件にも関わったとされ、のちには武家諸法度などの起草にも携わりました。その影響力の大きさから「黒衣の宰相」と呼ばれた人物で、ドラマでも家康の天下取りを支える側近として描かれます。
淀殿(栗山千明)と織田有楽斎(西岡德馬)
淀殿は浅井長政とお市の方の長女・茶々で、豊臣秀吉の側室となって秀頼を産み、秀吉の死後は大坂城で秀頼の後見として大きな力を持ちました。大坂夏の陣で秀頼とともに自害したことで知られ、その生涯は茶々(淀殿)の生涯で詳しく紹介しています。織田有楽斎は織田信長の弟の長益で、茶人としても名高く、東京の有楽町の名の由来になったという説もある人物です。大坂城で秀頼を支える重臣の一人でしたが、冬の陣のあとに城を離れました。
よくある疑問
Q. 『真田十勇士』の主演は誰ですか?
A. Snow Manの岩本照さんで、主人公の猿飛佐助を演じます。
Q. 真田幸村役は誰ですか?
A. 安藤政信さんです。幸村の生涯については真田幸村(信繁)とは何者かで紹介しています。
Q. 十勇士のなかで女性は誰ですか?
A. 伊原六花さんが演じる由利鎌之助です。講談や立川文庫の鎌之助は男性で、ドラマならではのアレンジです。
まとめ
『真田十勇士』は、十勇士10人と真田幸村・大助父子を中心に、徳川方の家康・秀忠・服部半蔵、豊臣方の淀殿・織田有楽斎がからむ構図になっています。伝承上の十勇士の姿とドラマの設定のちがいを知っておくと、放送をより深く楽しめるはずです。
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