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日本100名城
月山富田城跡(安来市):大内を退けた城が毛利に落ちた理由と、七曲りの登城路
月山富田城は出雲の尼子氏が本拠とした山城で、日本五大山城のひとつに数えられます。大内義隆の大軍を退けたことで難攻不落の名を得ましたが、二十年あまりのちに毛利元就の前に開城しました。落としたのは力攻めではなく、兵糧を断ち、内側を切り崩す戦... -
日本100名城
鳥取城跡:渇え殺しの前に米を買い占めた秀吉と、天球丸の丸い石垣
鳥取城は久松山の頂から麓まで、山城と近世城郭が一つの山に重なって残っている城跡です。羽柴秀吉の兵糧攻め、いわゆる渇え殺しの舞台として知られますが、城の見どころはそれだけではありません。山上には戦国の曲輪が、山下には池田氏が整えた石垣が並... -
九州・沖縄
平戸城:松浦鎮信が自ら焼いた城と、九十年後に山鹿素行の縄張で建て直された海の城
平戸城は、松浦(まつら)氏が平戸瀬戸を見下ろす岬に築いた城です。ただしこの城には、ほかにあまり例のない空白があります。最初に築かれた城は完成を目前にして、藩主自身の手で焼き払われてしまった。理由は徳川家への疑いを避けるためだったと伝えら... -
日本100名城
名古屋城:豊臣を囲うために豊臣恩顧の大名が積んだ城と、焼け残った三つの隅櫓
名古屋城は、徳川家康が大坂の豊臣家を囲いこむために築かせた城です。工事は天下普請で、加藤清正や福島正則といった、もとは豊臣に仕えた西国の大名たちが自腹で石を運びました。豊臣を抑えるための城を、豊臣恩顧の大名が築く。この構図そのものが、当... -
九州・沖縄
吉野ヶ里遺跡:弥生人がV字の壕で囲んだ四十ヘクタールと、天守も石垣もない遺跡が日本100名城に選ばれた理由
吉野ヶ里遺跡は、佐賀平野の北のへりに残る弥生時代の集落跡です。天守もなければ石垣もありませんが、日本100名城の八十八番に選ばれています。理由ははっきりしていて、ここが人の攻撃に備えて土地をまるごと囲いこんだ、日本でもっとも早い時期の痕跡だ... -
九州・沖縄
今帰仁城跡(なきじんぐすく):百曲がりと呼ばれる石垣と、尚巴志に滅ぼされた北山王の城
今帰仁城(なきじんぐすく)は、沖縄本島北部の本部半島にある大きなグスクです。琉球王国が生まれる前、島が三つに割れていた時代に北部を治めた北山王の居城で、外周はおよそ一・五キロ、標高百メートルほどの丘をまるごと石垣で囲いこんでいます。目を... -
九州・沖縄
大分府内城:海際に築かれた白雉城と、竹中半兵衛の従弟・竹中重利が整えた縄張
大分府内城は、大分川の河口に面した海際に築かれた城です。かつては三方を海と堀に囲まれ、白い櫓が水の上に浮かんで見えたことから白雉城(はくちじょう)とも呼ばれました。ここはもともと大友宗麟が本拠を置き、南蛮貿易で栄えた府内の町。大友氏が去... -
九州・沖縄
飫肥城跡:伊東氏と島津氏が八十年奪い合った城と、秀吉のもとで取り戻した伊東祐兵
飫肥城は、宮崎県日南市にある城です。この城がほかと違うのは、伊東氏と島津氏が八十年とも百年ともいわれる長さでこの一か所を奪い合い続けたこと。日本の城で、これほど長く同じ場所が争われた例はほとんどありません。しかも一度は伊東氏が日向を追わ... -
戦国時代
久留里城:北条綱成による攻撃に里見義堯・義弘は籠城 上総の山城久留里城
【城名】 久留里城 【城の説明】 久留里城は千葉県君津市にあった山城である。久留里城は名族武田氏によって室町時代に築城されたのが始まりとされている。その後戦国時代に入ると武田氏は「真里谷氏」と称することとなり「真里谷武田家」とも呼ばれていた... -
戦国時代
花巻城:戦国時代末期和賀・稗貫一揆で有名な稗貫広忠の居城 花巻城
【城名】 花巻城 【城の説明】 花巻城は岩手県花巻市にあった城である。戦国時代の末期まで代々「稗貫氏」がこの地を治めた。天正18年(1590年)北条征伐を終えた豊臣秀吉は奥州の平定のため会津へ向かった。しかし、この頃の奥羽の大部分は秀吉に従う姿勢... -
戦国時代
岸和田城:小出秀政が5重天守を 松平康重が総構えと城下整備を行い岡部宣勝に受け継がれた岸和田城
【城名】 岸和田城 【城の説明】 岸和田城は大阪府岸和田市にあった城である。一説によれば「楠木正成」の一族が初めてこの地に築城したのが始まりとされている。その後戦国時代に「豊臣秀吉」が紀州の根来衆・雑賀一党などの抑えとして家臣「中村一氏」に... -
九州・沖縄
福岡城跡:天守はあったのかなかったのか、黒田長政が名島から移した五十二万石の城
福岡城には天守台があります。五層の天守が乗るだけの大きさがあり、石垣も立派に築かれています。ところが天守が建っていたのかどうか、いまも決着がついていません。幕府をはばかって最初から建てなかったという説が長く語られてきましたが、別の大名の... -
戦国時代
倉賀野城:上杉憲政に従属 その後北条氏に従属し北条征伐の際に倉賀野秀景が降伏 倉賀野城
【城名】 倉賀野城 【城の説明】 倉賀野城は現在の群馬県高崎市にあった城です。利根川の河川に近く中山道からも近い重要な地を占めていました。城主は鎌倉時代から続づく「倉賀野氏」で由緒ある家柄であった。戦国時代には西上野の重要な拠点として関東管... -
日本100名城
掛川城:今川家家臣朝比奈泰能・朝比奈泰朝により統治され山内一豊が整備した掛川城
【城名】 掛川城 【城の説明】 掛川城は現在の静岡県掛川市にあった城である。室町時代に遠江の国の守護職今川氏が家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが始まりとされている。その後今川氏による支配が続いたが、戦国時代に入ると甲斐の武田信玄・三河の徳... -
日本100名城
首里城:正殿の一般公開はいつから? グスクの石垣と、二つの国に属した琉球王国
【城名】 首里城 【城の説明】 首里城は現在の沖縄県那覇市にあった琉球王朝の本拠地として栄えた城です。築城の時期さだかではないが、14世紀頃だと考えられています。代々「尚氏」が国王として琉球王朝を治めてきました。尚氏は奄美大島や沖縄諸島などを... -
戦国時代
小山城(吉田):馬場信春により改修され大熊朝秀が城主を務めた武田家の居城 小山城
【城名】 小山城(吉田) 【小山城(吉田)の説明】 小山城は現在の静岡県榛原郡にあった今川家の城である。今川氏真が当主の頃、武田信玄と徳川家康に攻められて今川家は没落する。そしてこの地は武田氏の領地となり小山城は改修され、遠江の重要な拠点と... -
北海道・東北
白石城:城主が四度替わった伊達領南の要と、片倉小十郎景綱の二百六十七年
宮城県白石市。仙台の南、福島との県境に近いこの町に、白石城が建っている。 この城の面白さは、天守や石垣そのものよりも、城主が目まぐるしく入れ替わったことにある。天正十四年(1586)から慶長七年(1602)までのわずか十六年間で、主は四度替わった... -
日本100名城
明石城:天守台だけが残る将軍秀忠の城と、現存する巽櫓・坤櫓
明石城は将軍秀忠の命で築かれた城です。西国の大名をにらむ位置に置かれ、幕府が銀を出し、姫路の本多忠政が縄張を助けるという念の入れようでした。それだけの城でありながら天守は建てられず、天守台だけが本丸の隅に残っています。代わりに本丸の四隅... -
北陸
高田城跡(上越市):石を一つも使わない七十五万石の城と、地震が削った二百五十七年
高田城とは 高田城は慶長十九年(1614)、徳川家康の六男松平忠輝が越後高田の菩提が原に築いた城である。石高は七十五万石(諸説あり)とされる大規模な近世城郭だった。 にもかかわらず、この城には石垣が一つもない。そして天守も建てられなかった。案... -
日本100名城
和歌山城:秀長が築き浅野が整え徳川が継いだ城と、二人の将軍を出した紀州家
この記事は新しい記事にまとめました内容を加筆して一本にまとめています。最新版はこちらをご覧ください。和歌山城:豊臣秀長が虎伏山に築いた紀州の城と、三つの時代が層になった石垣 和歌山城は市街地のただなかにある虎伏山の上に建ち、麓から見上げる...
