小山城(吉田):馬場信春により改修され大熊朝秀が城主を務めた武田家の居城 小山城

小山城/アクセス・場所・地図 馬場信春により改修され大熊朝秀が城主を務めた武田家の居城 小山城

【城名】
小山城(吉田)

【小山城(吉田)の説明】
小山城は現在の静岡県榛原郡にあった今川家の城である。今川氏真が当主の頃、武田信玄徳川家康に攻められて今川家は没落する。そしてこの地は武田氏の領地となり小山城は改修され、遠江の重要な拠点となった。改修者は「馬場信春」と言われており、城主には「大熊朝秀」が配された。

小山城:馬場信春により改修され大熊朝秀が城主を務めた武田家の居城 小山城【お城特集 日本の歴史】

しかし、武田家は天正10年(1582年)織田・徳川・北条の三家による同時侵攻により滅亡してしまう。この時小山城は落城し徳川家の城となった。現在は能満寺山公園として整備され、三の丸跡には模擬天守(展望台小山城)が建てられている。

目次

武田流築城術の見本市

小山城が城好きを惹きつけてやまないのは、武田流築城術の遺構がそのまま残っているからである。丸馬出の前面に掘られた弧状の三日月堀、そしてそれを三重に巡らせた堀。馬場信春の手が入ったと伝わるこの構えは、徳川方の攻撃を七年にわたって跳ね返し続けた。堀の底に降りて見上げれば、なぜ攻めあぐねたのかが体で分かる。

小山城に残る三日月堀

三重に巡らされた堀。武田の城であることを何より雄弁に語る遺構

小山城 三日月堀に架かる橋とかがり火台

復元された橋とかがり火台。丸馬出の構えを歩いて体感できる

小山城の現地写真

小山城跡の標柱

能満寺山公園に建つ「小山城跡」の標柱

小山城 模擬天守を正面から

三の丸跡に建つ三層の模擬天守。昭和六十二年(1987)に展望台として建てられたもので、史実の天守ではない

小山城の模擬天守(展望台小山城)

木立ごしに見上げる模擬天守

小山城 模擬天守と城跡の案内板

天守の下に立つ案内板。城の縄張りが図示されている

【小山城(吉田)・場所・アクセス】
〒421-0303 静岡県榛原郡吉田町片岡2519-1

【小山城(吉田)地図】

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