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中国
岩国城:錦帯橋で有名な岩国藩 藩祖吉川広家が居城 日本100名城の一つ 岩国城
【城名】 岩国城 【城の説明】 岩国城は山口県岩国市横山にあった山城である。 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いに敗れた「毛利輝元」は大幅に領地を減らされた。それに伴い家臣達も大幅に禄高を減らされ「吉川広家」は岩国の地に3万石として入城した。 江... -
日本100名城
小諸城:国の重要文化財 懐古園の入り口三の門 小諸城
【城名】 小諸城 【城の説明】 小諸城は戦国時代に武田信玄の信州経営のために「山本勘助」が縄張りを定めたと言われている。 織田信長の時代には「滝川一益」の支配する城となったが、本能寺の変、そして関東全域を支配する「北条氏政」との神流川の戦い... -
関東・甲信
一郷山城:関東管領上杉憲実の平井城防衛のために築城された一郷山城模擬天守
【城名】 一郷山城 【説明】 関東管領の上杉憲実を守るために多比良城の支城として築城されたという。 しかし、永禄六年(1563年)武田信玄の西上野侵攻戦の時に落城し消失したとのこと。 【一郷山城・場所・アクセス】 〒370-2115 群馬県高崎市吉井町多比... -
近畿
伏見桃山城:関ヶ原の戦い前に鳥居元忠率いる残留部隊が全滅した伏見桃山城
【城名】 伏見桃山城 【伏見桃山城の説明】 関ヶ原の戦い前に会津へ上杉討伐に向かう徳川家康から伏見留守を鳥居元忠が命じられました。慶長5年(1600年)、鳥居元忠率いる約1800名の残留部隊が宇喜多秀家・小西行長ら大阪方に攻められて全滅。 写真は鳥居... -
北海道・東北
多賀城:陸奥国府や鎮守府が置かれ行政・軍事の拠点となった日本100名城多賀城
【写真タイトル】 陸奥国の国府や鎮守府が置かれ行政・軍事の拠点となった日本100名城の一つ多賀城 多賀城は現在の宮城県多賀城市にあった城(国府)である。奈良時代に陸奥国の国府や鎮守府が置かれ、ここで治世や軍事的な役割も果たしていた。平安時代に... -
近畿
御着城:黒田官兵衛の主君小寺政職の居城御着城(2014年大河ドラマ)
【城名】 御着城 【説明】 その小寺氏が居城とした御着城は、茶臼山城、天川城とも呼ばれ、現在は姫路駅からJR山陽本線で一駅の御着駅から徒歩10分ほどのところに位置しています。小寺氏の前は赤松氏が守護所として使っていたとされています。 現在、遺構... -
歴史ブログ
関ヶ原の戦い(後編):徳川家康と石田三成 戦国史上東西大合戦
【合戦名】 関ヶ原の戦い(後編) 【説明】 さて、徳川家康が関ヶ原に到着したのは九月十四日であった。そして付近の赤坂へ進み、岡山という小高い山の頂上を本陣とした。西軍(反家康軍)は関ヶ原の西方にあたる小関村に陣を取り、東軍(家康軍)と対峙す... -
歴史ブログ
関ヶ原の戦い(前編):徳川家康と石田三成 戦国史上東西大合戦
【合戦名】 関ヶ原の戦い(前編) 【説明】 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いは知る人ぞ知る、東西を大きく二分して「岐阜県不破郡関ケ原町」で争われた世紀の大合戦です。豊臣秀吉の死後、徳川家康は五大老・ご奉行の合議制を形骸化して実質的な政権運営者... -
歴史ブログ
川中島の戦い(前編):上杉謙信と武田信玄 戦国史に残る大合戦
【合戦名】 川中島の戦い 【説明】 甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が北信濃の覇権を争って激突した合戦が川中島の戦いです。合計五回の戦いが行われており、中でも永禄四年(1561年)九月の第四次は激烈な戦闘となった。 上杉軍は八月十六日、五千の兵を... -
北海道・東北
米沢城:伊達政宗が誕生した城で関ヶ原の戦い後は直江兼続の居城となった米沢城
米沢城(松が岬公園)とは 山形県米沢市にある米沢城は、いまは松が岬公園として整備され、本丸跡に上杉神社が鎮座する城跡である。天守を持たない平城ながら、本丸をめぐる水堀と土塁が往時の姿をよく残している。独眼竜・伊達政宗が生まれた城として、ま... -
北海道・東北
上山城(月岡城):かみのやま温泉のシンボル 沢庵和尚と土岐頼行、伊達と最上の争奪
上山城とは 山形県上山市元城内にある上山城は、月岡の高みに築かれた平山城で、「月岡城」の別名をもつ。出羽と奥州を結ぶ街道の要にあたり、南から伸びる伊達氏と北の最上氏がぶつかる最前線として、戦国期には何度も主が入れ替わった。江戸時代には二万... -
四国
大洲城:宇都宮氏から藤堂高虎・脇坂安治・加藤嘉明へと城主が変わった大洲城(復元木造天守)
【城名】 大洲城 【城の説明】 大洲城は現在の愛媛県大洲市大洲にあった城である。伊予の守護「宇都宮氏」がこの地に築城したのだが大洲城の始まりとされている。南伊予の宇都宮氏は中国地方を制覇した毛利氏の侵攻により一度は降り、その後四国統一を目指... -
北海道・東北
仙台城(青葉城):伊達政宗が青葉山に築いた六十二万石の城と、天守を建てなかった理由
宮城県仙台市。仙台城——青葉城の名でも呼ばれるこの城には、六十二万石の大藩の居城でありながら、天守がない。 建てて焼けたのではない。最初から建てられなかったのである。 本丸を支える高石垣。この城でいちばん雄弁なのは、建物ではなく石垣である 青... -
日本100名城
観音寺城:織田信長の上洛戦により落城 佐々木源氏の末裔六角義賢・義治の居城 観音寺城
【城名】 観音寺城 【観音寺城の説明】 観音寺城は現在の滋賀県近江八幡市にあった典型的な山城であった。近江守護の佐々木氏の居城で、佐々木氏はのちに六角氏と呼ばれるようになった。 築城時期は不明とされているが、戦国時代時の当主「六角義賢(ろっ... -
日本100名城
小谷城跡(長浜市):浅井長政とお市の方の城 秀吉に切断された北近江の山城
小谷城とは 小谷城は、北近江を三代にわたって支配した浅井氏の居城である。琵琶湖の北東、小谷山(標高約495メートル)の尾根に曲輪を連ねた大規模な山城で、戦国期屈指の堅城として知られた。 天正元年(1573)、織田信長に攻められて落城。城主・浅井長... -
北陸
一乗谷朝倉氏遺跡(一乗谷城):朝倉義景の城下町と復原町並 信長に焼かれた「北の京」
一乗谷城とは 一乗谷城は、越前を約百年にわたって支配した朝倉氏の本拠である。福井市街から足羽川をさかのぼった一乗谷という細長い谷に、城主の館、家臣の屋敷、寺院、町屋がぎっしりと並び、背後の一乗城山(標高約473メートル)には詰城の山城が構え... -
日本100名城
今治城:日本三大水城の一つで藤堂高虎が築いた名城 今治城
【城名】 今治城 【城の説明】 今治城は現在の愛媛県今治市にあった海城で関ヶ原の戦いの後に入封した「藤堂高虎」によって本格的な近世城郭へと改修した城である。日本三大水城の一つに数えられている。城の普請奉行としては「槍の勘兵衛」として著名な「... -
戦国時代
備中高松城:羽柴秀吉による大規模な水攻め 清水宗治の居城 備中高松城
【城名】 備中高松城 【城の説明】 備中高松城は「羽柴秀吉」から水攻めの攻撃を受けたことで有名な城である。世に言う「高松城水攻め」である。高松城は現在の岡山県岡山市北区にあった城で、当時は城の周りが泥や沼などの湿地帯で難攻不落と言われた城で... -
日本100名城
躑躅ヶ崎館:甲斐の守護武田信虎・信玄の躑躅ヶ崎館(武田神社)
【城名】 躑躅ヶ崎館(武田神社) 【城の説明】 躑躅ヶ崎館(武田神社)は甲斐の国守護の武田氏の館である。現在の山梨県甲府市古府中にあった中世型造りの館であり、武田氏の領国経営の中心地であった。元々は甲府盆地石和にあった館を「武田信昌」の時代... -
日本100名城
月山富田城:尼子経久から晴久まで続いた山陰の勇尼子氏 月山富田城
【城名】 月山富田城 【城の説明】 月山富田城は山陰地方を中心に勢力を誇った尼子氏の居城である。現在の島根県安来市広瀬町富田に所在した城で月山山頂付近に本丸があった。戦国時代の尼子氏は「尼子経久」の時代にその基盤を固め、嫡孫「尼子晴久」の代...
