戦国時代– category –
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戦国時代
芦野氏陣屋跡(芦野城):三千二十六石で参勤交代した旗本と、御殿山に残る土塁
栃木県那須町芦野にある芦野氏陣屋跡は、地元では「御殿山」と呼ばれ、芦野城・桜ヶ城という別称も伝わります。奈良川の東岸に張り出した丘の上、平地からの比高は最高部でおよそ六十メートル。名前が複数あるのには理由があります。ここは戦国期には城と... -
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黒羽城跡(黒羽城址公園):家康が鉄砲を送った城と、芭蕉が十四日いた町
栃木県大田原市前田にある黒羽城跡は、那珂川を見下ろす細長い丘の上にあります。天守も石垣もなく、残っているのは土塁と空堀だけ。それでもこの城は、関ヶ原の年に徳川家康が名指しで補強を命じ、鉄砲まで送り届けた城でした。上杉景勝が会津で兵を挙げ... -
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玄蕃尾城:柴田勝家が賤ヶ岳の本陣を置いた、そのまま残る戦国の陣城
福井県敦賀市と滋賀県長浜市の県境、標高四百メートルほどの尾根の上に玄蕃尾城——別名内中尾山城がある。 この城には、他の山城にない特徴がひとつある。戦国の陣城が、決戦当時の姿のまま残っているということだ。 理由は単純で、使った人が二度と戻って... -
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相馬中村城跡(馬陵城):伊達と戦い抜いた相馬氏が、関ヶ原のあとに築いた土の城
福島県相馬市。ここに、戦国時代を最後まで独力で戦い抜き、そして生き残った家の城がある。相馬中村城跡である。 この城が完成したのは慶長十六年(1611)。関ヶ原の戦いから十一年後、戦国はとうに終わっている。それなのにこの城は、石垣をほとんど積ま... -
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水戸城跡:石垣も天守もない御三家の城と、弘道館が動かした幕末
水戸城とは 水戸城は、御三家のひとつ水戸徳川家三十五万石の居城である。 だがこの城には天守がない。石垣もない。那珂川と千波湖に挟まれた台地を、巨大な空堀で三つに断ち切っただけの——中世以来の造りをそのまま使い続けた土の城である。日本100名城第... -
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飯山城跡(長野県史跡):謙信が縄張りした越後への要地と、面ごとに変わる本丸の守り
飯山城とは 飯山城は、信濃の最北端、越後との境に築かれた城である。現地の案内板は立地をこう説明する。東は千曲川に沿い、西は関田・斑尾の山地に囲まれ、越後への軍事交通の要地であった——と。 上杉謙信にとってこの城は、信濃へ出るための拠点であり... -
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御館跡(上越市):謙信が上杉憲政のために築いた館と、直江兼続が世に出た御館の乱
御館とは 御館は、上杉謙信が関東管領・上杉憲政のために春日山城の麓に造営した館である。のちに憲政から関東管領職を継いだ謙信自身が、政庁としても使ったと伝えられる。 そして天正六年(1578)に謙信が急死したあと、この場所が御館の乱の舞台となっ... -
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福島城跡(杉目城・大仏城):県庁が建つ城跡と、秀吉に壊され百年後に戻った城
福島城とは 福島城は、現在の福島県庁の敷地そのものにあった城である。戦国時代までは杉目城、あるいは大仏城と呼ばれていた。 三度名前が変わり、一度は秀吉の命で取り壊され、百年以上のあいだ城のない藩として過ごし、元禄になって再び城として整えら... -
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棚倉城跡(亀ヶ城公園):丹羽長重が神社を移して築いた城と、六百年立つ大ケヤキ
棚倉城とは 棚倉城は、二代将軍・徳川秀忠の命によって築かれた奥州の抑えの城である。築いたのは丹羽長重。安土城の普請総奉行を務めた丹羽長秀の子にあたる。 寛永二年(1625)の着工から、慶応四年(1868)の戊辰戦争で落城するまで、およそ二百五十年... -
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皆川城跡(法螺貝城):山を丸ごと刻んだ階段状の曲輪と、栃木城と同じ年に消えた城
皆川城とは 皆川城は、栃木市の西、標高147メートルの城山に築かれた山城である。栃木城を築いた皆川広照が、平地へ降りるまで本拠としていた城にあたる。 地元では、その外観から法螺貝城と呼ばれてきた。山頂から麓へ向かって曲輪が階段状に連なる姿が、... -
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館林城跡(尾曳城):沼が要害だった城と、徳川綱吉を将軍に送り出した館林藩
館林城とは 館林城は、上野国邑楽郡の低湿地帯に築かれた平城である。別名を尾曳城という。天守や高石垣はない。この城の要害は、城のすぐ北に広がる城沼そのものだった。 戦国期は赤井・長尾・後北条と支配が移り、江戸期には榊原康政や徳川綱吉といった... -
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栃木城跡(栃木市):皆川広照が築き十八年で消えた城と連歌の巻物
栃木城とは 栃木城は、天正十九年(1591)に皆川広照が築いた城である。現在の栃木市中心部、栃木城址公園のあたりにあった。 ところがこの城は、わずか十八年で取り壊されている。戦で落ちたのではない。城主が徳川家康の怒りに触れたためである。 栃木城... -
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丸山城址公園(伊勢原市):太田道灌が謀殺された糟屋の台地に残る中世城郭
丸山城址とは 丸山城址は、神奈川県伊勢原市の下糟屋地区、台地の上に築かれた中世の城郭跡である。現在は丸山城址公園として整備されている。 この城跡が興味深いのは、「いつ、誰が築いたのか」がまだ決着していない点にある。しかも現地の案内板が、そ... -
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壬生城址公園(壬生町):天守も櫓もなく将軍が泊まった城と精忠神社の鳥居元忠
壬生城とは 壬生城は栃木県壬生町にあった城で、戦国期は壬生氏の本拠、江戸期は壬生藩の藩庁だった。現在は本丸の土塁と水堀を残して城址公園として整備されている。 この城には天守がない。櫓もない。そのかわり本丸には広大な御殿があり、将軍が泊まっ... -
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児山城跡(下野市):宇都宮一族が築いた土の城 回字状の堀と土塁が残る県指定史跡
児山城とは 児山城は、栃木県下野市下古山、姿川の東岸に広がる台地の上に築かれた平城である。鎌倉時代後期に、宇都宮氏の一族がこの地を分け与えられて築いたと伝えられる。 天守も石垣もない。だが本丸を囲む堀と土塁が、ほぼ完全な形で残っている。栃... -
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福井城址:結城秀康が築いた越前六十八万石の城と名井「福の井」
福井城とは 福井県福井市大手にある福井城は、慶長六年から十一年(1601〜06)にかけて、徳川家康の次男・結城秀康が築いた平城である。柴田勝家の北ノ庄城があった地を大きく造り替えたもので、本丸の北西隅には高さ約三十メートルの天守がそびえていた。... -
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熱田神宮:織田信長が桶狭間の戦勝を祈願した草薙神剣の社と信長塀
熱田神宮とは 愛知県名古屋市熱田区にある熱田神宮は、三種の神器のひとつ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を祀る社である。創祀は景行天皇の御代と伝えられ、伊勢神宮に次ぐ格式をもつ古社として、千九百年にわたって信仰を集めてきた。境内は約六万坪、名... -
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桑名城(扇城):本多忠勝が築いた伊勢の玄関口 七里の渡しと慶長の町割り
桑名城(扇城)とは 三重県桑名市吉之丸にある桑名城は、揖斐川の河口、伊勢湾に面して築かれた水城である。海に向かって開いたその姿から「扇城(おうぎじょう)」と呼ばれた。東海道で唯一の海路「七里の渡し」の船着き場を抱え、伊勢国の玄関口を押さえ... -
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津城(安濃津城):織田信包が築き藤堂高虎が大改修した伊勢三十二万石の城
津城(安濃津城)とは 三重県津市丸之内にある津城は、伊勢平野のほぼ中央、安濃川と岩田川にはさまれた低地に築かれた平城である。古くは「安濃津城」と呼ばれた。伊勢は伊勢神宮への参詣路が通り、東海道と伊賀・大和へ抜ける道が交わる土地で、この城は... -
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天童城跡(舞鶴山):最上義光に落とされた天童氏の山城と将棋駒を生んだ吉田大八
天童城(天童古城・舞鶴山城)とは 山形県天童市の舞鶴山に築かれた天童城は、中世の典型的な山城で、「天童古城」「舞鶴山城」とも呼ばれる。足利一門・奥州斯波兼頼の孫とされる天童頼直が開いた城で、以後およそ二百九年、天童氏十代がここを本拠として...
