【飯山城とは】
飯山城は、信濃の最北端、越後との境に築かれた城である。現地の案内板は立地をこう説明する。東は千曲川に沿い、西は関田・斑尾の山地に囲まれ、越後への軍事交通の要地であった——と。
上杉謙信にとってこの城は、信濃へ出るための拠点であり、越後を守るための最前線でもあった。永禄七年(1564)ごろ、武田信玄の侵攻に備えて謙信自身の縄張りで改修されたと伝えられる。長野県史跡(昭和四十年七月二十九日指定)。

「県史跡 飯山城跡」の標柱(長野県飯山市飯山)
【謙信の創意、景勝の修築】
案内板は城の来歴を簡潔に追っている。この城はもと常盤牧の泉氏の居城だった。それが上杉謙信の属城となり、永禄七年ごろ武田信玄の侵攻に備えて謙信の創意の縄張りと、さらに上杉景勝の修築を受けて、特色ある城郭になった、と。

長野県史跡「飯山城跡」の案内板。縄張りの特徴と城主の変遷が記されている
永禄七年といえば、第四次川中島の戦いの三年後にあたる。北信濃をめぐる武田と上杉の争いが決着を見ないまま、謙信は前線の守りを固め直したことになる。
ここで思い出したいのが、謙信という人の一貫した手つきである。関東では御館を建てて、北条氏康に本拠を追われた関東管領・上杉憲政を保護した。北信濃では、武田に追われた葛尾城の村上義清らを受け入れ、その拠点としてこの飯山城を整えた。追われた者を受け入れることが、そのまま出兵の名分になる。飯山城は、その名分を支える北信の器だった。
【一つの本丸で、守り方を変える】
縄張りの記述が具体的で面白い。城は独立丘陵を削りならして構築した平山城で、梯郭式に本丸・二ノ丸・三ノ丸が南北に連なり、その西側は帯郭・西郭・外郭に区画され、四周に一重の濠を巡らせていた。
そして本丸の守りが、面によって違う。南面は特に防備を固め、濠は広く、土塁は高く、急傾斜。東・北・西の三面は直立に近い石垣を築く。

本丸を支える石垣。野面積みの石が急な斜面を固めている
関東の城を見てきた目には、これが新鮮に映る。臼井城も児山城も、土だけで城を造った。一方笠間城は近江の技術で石垣を持った。飯山城は、一つの本丸のなかで土と石を使い分けている。南は土塁と広い濠で受け、他の三面は石垣で立ち上げる。地形に応じて手段を選ぶ、その割り切りが縄張りに出ている。

曲輪と曲輪を分ける通路。両側から土塁が迫る
曲輪の使い分けも明快で、本丸・二ノ丸・三ノ丸には城主の居館・政庁・城櫓があり、西郭は重臣の屋敷、濠の外は家中屋敷と公共施設、さらにその外に城下町が発達していた。
【城代・岩井備中守信能】
城内には岩井備中守信能公之碑が立っている。

本丸に立つ「岩井備中守信能公之碑」。上杉景勝の家臣で飯山城代を務めた
岩井信能は上杉景勝の家臣で、飯山城代を務めた武将である。上杉家が会津へ移ったのちも景勝に従い、慶長五年(1600)の慶長出羽合戦にも加わった。長谷堂城で直江兼続とともに最上義光と戦った面々の一人である。
飯山城の城代が、出羽の激戦にいた。この城が上杉家の人材を育てる場所だったことが、碑の名前から見えてくる。
【栃木城の主が、ここの城主でもあった】
慶長三年(1598)、上杉氏が会津へ移されると、飯山城の主は次々と替わる。案内板が挙げる順序はこうだ。関・皆川・堀・佐久間・松平・永井・青山・本多。
二番目の皆川に注目したい。栃木城を築いた皆川広照である。下野の小大名だった広照は、この時期に信越国境の飯山城主を務めていた。
広照はやがて松平忠輝の付家老となり、慶長十四年(1609)に忠輝の行いを幕府へ訴えて逆に家康の不興を買い、改易される。栃木城も、先祖代々の皆川城も、同じ年に失われた。その広照が一時とはいえ守っていたのが、この飯山城だった。下野と信濃が、一人の男の経歴でつながる。
【復元された城門と、市が探しているもの】
城跡には城門が復元されている。

復元された城門。飯山城のシンボルとして、史料の収集と調査を経て建てられた
築城四百五十年を機に進められた「飯山城址整備」の一環で、案内板によればまちなか観光の拠点づくりの観点から、飯山城のシンボルとして、史料の収集及び調査を経て城門を復元したという。整備の目標は「飯山城が機能していた江戸時代末期の状態へ出来る限り復元する」ことに置かれている。
そしてこの案内板には、心に残る一節がある。
「探しています!! 市では、飯山城の古い写真や絵図を探しています。飯山城の櫓や門の復元という夢に向けて、調査研究に必要な情報をお持ちしています。」
年代が判明している図のうち最も古いものが正保の絵図(1645年)だという。四百年前の城を建て直すために、いま市民に呼びかけている。城跡は完成した遺跡ではなく、まだ調べている途中の場所なのだと分かる。
【飯山城の現地写真】




【飯山城・場所・アクセス】
〒389-2253 長野県飯山市飯山
JR飯山線・北陸新幹線「飯山駅」から徒歩約15分。上信越自動車道 豊田飯山インターから車で約10分。飯山城址公園として開放されている。
見どころは復元された城門、本丸周りの石垣、曲輪を分ける土塁の通路、そして岩井備中守信能公之碑。春は桜の名所として知られる。城下には寺町と伝統的な町並みが残り、あわせて歩きたい。
【飯山城ゆかりの城】
