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信貴山城跡(平群町):山上に四階櫓が建っていた大和最大の山城と、松永久秀の最期
この記事のポイント 信貴山城は松永久秀が大和最大級に築き直した山城で、多聞山城と対になる拠点だった 四階建ての櫓が建っていたと伝わり、安土城の天主より早い高層建築の例とみる見方がある 久秀は二度目の離反のあと、この城で最期を迎えた いまは朝... -
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篠山城跡:藤堂高虎が六か月で仕上げた三つの馬出と、ついに建たなかった天守
篠山城は、関ヶ原の戦いが終わったあとに徳川家康が命じて築かせた城です。目的ははっきりしていて、大坂城にまだ健在だった豊臣家と、西国の外様大名を押さえこむこと。縄張は築城の名手・藤堂高虎が引き、工事は西国二十家ほどの大名に自腹でやらせる天... -
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茨木城:猛将中川清秀は賤ヶ岳の戦いで戦死 中川家が治めた茨木城
【城名】 茨木城 【城の説明】 茨木城はもともとは茨木氏の城であったが、摂津の国で和田惟政と荒木村重・中川清秀との間で戦が勃発した際に戦いに敗れ「茨木重朝」は討ちとられてしまう。 その後、荒木村重が摂津の国を治めると茨木城は「中川清秀」が城... -
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高槻城:キリシタン大名で有名な高山右近重友(ジュスト右近)
【城名】 高槻城 【城の説明】 高山右近(たかやま うこん)は、戦国時代の武将から大名にまでなった人物であり、キリシタン大名としてもその名を知られている。 洗礼名は「ジュスト」という名でポルトガル語では「正義の人」を意味する。右近は茶道も極め... -
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安土城跡(近江八幡市):織田信長の天下布武の城 大手道と石垣、三年で焼けた天主
安土城とは 安土城は、織田信長が天下統一の拠点として築いた城である。琵琶湖に突き出た安土山(標高約199メートル)に、天正四年(1576)から築かれた。 信長が住んだのはわずか三年ほどで、天正十年(1582)の本能寺の変の直後に天主と本丸を焼失。天正... -
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有岡城跡(伊丹市):小田原より早く町を囲った惣構と、官兵衛が入れられた土牢
有岡城は伊丹の市街地のただなかに石垣を残しています。荒木村重が織田信長に背いて一年を籠もり、説得に訪れた黒田官兵衛が土牢に閉じ込められた城として知られますが、城そのものの特徴はもうひとつ別のところにあります。城下町を丸ごと堀と土塁で囲む... -
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上月城跡(佐用町):三国境の城と、救援が来なかった尼子再興軍の最後
上月城は播磨・備前・美作の三国が接するあたりに築かれた山城です。出雲街道を押さえる位置にあり、織田と毛利が中国地方でぶつかったとき、まっさきに奪い合われました。城に入った尼子勝久と山中鹿介が毛利の大軍に囲まれ、救援に向かった羽柴秀吉が引... -
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伏見桃山城:あの天守は昭和の建物 ― 秀吉の最後の城と、鳥居元忠の十三日
伏見の丘に建つ大小二つの天守は、豊臣秀吉の伏見城を復元したものではありません。昭和三十九年に遊園地の施設として建てられた模擬天守です。本物の伏見城の中心は、いま明治天皇陵になっていて立ち入ることができません。それでもこの場所が特別なのは... -
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御着城跡(姫路市):官兵衛が仕えた小寺氏の本城と、政職が毛利に賭けた理由
御着城(ごちゃくじょう)は、播磨の国衆・小寺氏の居城です。黒田官兵衛が仕えた主君、小寺政職がこの城にいました。茶臼山城、天川城とも呼ばれ、堀と土塁で城下までかこいこむ大きな構えを持っていたと伝わります。城跡は姫路城から東へ数キロ、今は公... -
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観音寺城跡:安土城より二十年早く石垣を積んだ千の曲輪と、六角父子が戦わずに捨てた理由
観音寺城は、近江の守護・六角氏が繖山(きぬがさやま)の山ぜんたいに築いた巨大な山城です。曲輪の数は千を超えるといわれ、規模でいえば日本でも最大級。しかも安土城より二十年ほど早い時期から石垣を多用していて、山城に石を積むという発想の先駆け... -
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小谷城跡(長浜市):浅井長政とお市の方の城 秀吉に切断された北近江の山城
小谷城とは 小谷城は、北近江を三代にわたって支配した浅井氏の居城である。琵琶湖の北東、小谷山(標高約495メートル)の尾根に曲輪を連ねた大規模な山城で、戦国期屈指の堅城として知られた。 天正元年(1573)、織田信長に攻められて落城。城主・浅井長... -
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赤穂城跡:軍学が形にした折れ曲がる堀と、刃傷から討ち入りまでの城
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 赤穂城は千種川の河口に築かれた海際の城で、堀が直角ではなく細かく折れ曲がる独特の縄張を持ちます。軍学の考え方を設計にそのまま持ち込んだ城で、屈曲のたびに横から矢や鉄砲を掛けら... -
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大阪城:秀吉の城は地下に眠る ― 徳川が埋めて築き直した城と、百トンの蛸石
大阪城は豊臣秀吉の城として知られています。ところが、いま園内で見上げる石垣も堀も、そのひとつも秀吉が築いたものではありません。大坂夏の陣で豊臣の城が焼けたあと、徳川幕府は残った石垣ごと土で埋め、その上に一回り大きな城を新しく築きました。... -
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龍野城:赤松広秀から蜂須賀正勝(小六)の居城へ 幕末時は脇坂氏が治めた龍野城
城名 龍野城 城の説明 龍野城は兵庫県たつの市龍野町にある城である。別名を「霞城」とも呼ばれている。 明応8年(1499年)塩屋城の「赤松村秀」が龍野の地に鶏籠山城を築いたのが龍野城の始まりと言われている。以後、赤松政秀、広貞、広秀と続いたが、天... -
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日野城:蒲生定秀が築城し賢秀 氏郷と引き継がれた日野城(別名:中野城)
【城名】 日野城 【城の説明】 日野城(別名:中野城)は、滋賀県蒲生郡日野町にあった日本の城である。城跡は国の史跡に指定されている。元々蒲生氏の居城は日野城からすぐ近くにある「音羽城」であったが一般的に広く知られているのは日野城のほうである... -
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三木城:秀吉軍との三木合戦(三木の干殺し)で有名な別所長治の居城 三木城
【城名】 三木城 【城の説明】 三木城は兵庫県三木市上の丸町にあった平山城である。 天正6年(1578年)から約2年に渡り、織田方の羽柴秀吉から兵糧攻めを受けたことで知られている。これを三木合戦(三木の干殺し)と言われている。この三木合戦の際には... -
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芥川山城:信長時代の前に畿内を制圧していた三好長慶の居城 芥川山城
【城名】 芥川山城 【城の説明】 芥川山城は大阪府高槻市にあった戦国時代の山城である。織田信長が「足利義昭」を擁して上洛する前に、畿内に覇をとなえた三好長慶が拠点としていた。 永正年間に、室町幕府の管領、細川高国配下の能勢氏が西国勢と北摂武... -
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勝竜寺城:山城国長岡にある細川藤孝の居城 勝竜寺城
【城名】 勝竜寺城 【城の説明】 勝竜寺城は、現在の京都府長岡京市勝竜寺にあった城である。南北朝時代から江戸時代初期に存在していた城で、城名は付近の勝竜寺に由来する。勝竜寺城は京都盆地の西南部、西国街道と久我畷が交差する交通上の要衝で、京都... -
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長浜城:羽柴秀吉が信長より初めて城主に任命された浅井家旧領 長浜城
【城名】 長浜城 【長浜城の説明】 長浜城は滋賀県長浜市公園町にあった城で羽柴秀吉(豊臣秀吉)が築いた城である。天正元年(1573年)に羽柴秀吉が「浅井長政」攻めの功により「織田信長」から浅井氏の旧領を拝領した。 その際に今浜と呼ばれていたこの... -
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姫路城:白壁が美しい白鷺城 ユネスコ世界遺産 現存天守国宝 姫路城
【城名】 姫路城 【城の説明】 姫路城は元々は播磨国御着城主小寺家の家老黒田氏の居城であった。黒田氏はこの地で着々と実力をつけていき、天下の中央で織田家の力が強大となりいよいよ中国地方の毛利攻めをする際、主君「小寺政職」に織田家に付くよう進...
