近畿– category –
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彦根城:国宝天守と天秤櫓 井伊家三十五万石の城と近江の城から集めた建材
彦根城とは 彦根城は、徳川譜代筆頭の井伊家が代々居城とした近江の平山城である。天守は現存十二天守の一つで、姫路・松本・犬山・松江とならぶ国宝五城。江戸期の櫓・門・馬屋・庭園がまとまって残り、堀もほぼ完全な形で伝わる稀な例である。 日本100名... -
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尼崎城跡:海に浮かんで見えた四重天守の城と、復元された石垣が建つ場所
尼崎城(あまがさきじょう)は、江戸時代のはじめに戸田氏鉄が築いた平城です。三重の堀をめぐらせ、本丸には四重の天守が上がりました。海から見ると城が水に浮かんで見えたと伝えられます。廃城令で建物はほとんど取り払われ、堀も埋められて市街地にな... -
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三田城:九鬼水軍で有名な九鬼氏が志摩鳥羽城から3万6千石で移封した三田城
【城名】 三田城 【三田城の説明】 三田城は兵庫県三田市屋敷町の天神の付近にあった平城である。 南北朝時代に赤松氏が有馬郡を攻略し、東野上城を赤松氏範が築城したと言われている。 その後、赤松一族の有馬氏が有馬郡を統治し、「有馬義祐」が東野上城... -
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大溝城(高島城):信長に殺害された弟信行の嫡男織田信澄が信長より拝領した大溝城
【城名】 大溝城(別名:高島城) 【大溝城(別名:高島城)の説明】 大溝城は滋賀県高島市高島勝野にあった琵琶湖畔の水城である。 北近江の浅井長政を滅ぼし、近江全域を統一した織田信長は北近江高島郡を旧浅井家臣の「磯野員昌」が天正6年(1578年)に... -
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新宮城:紀州藩主徳川頼宜の付家老として入封した水野重央の居城 新宮城
【城名】 新宮城 【新宮城の説明】 新宮城は和歌山県新宮市にあった平山城である。 城は現在の位置に「浅野忠吉」が築城した新宮城と、戦国大名としてこの地を支配した「堀内氏善」が居城としていた堀内新宮城(堀内屋敷)がある。 現在の新宮城跡は紀州を... -
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箕作城跡(東近江市):一日で落ちた支城と、戦わずに捨てられた観音寺城
箕作城(みつくりじょう)は、近江の箕作山に築かれた山城です。六角氏の本城観音寺城を支える支城のひとつでした。織田信長が将軍候補の足利義昭を奉じて上洛する途上、最初に攻めたのがこの城です。一日で落城し、これを知った六角義賢・義治の父子は観... -
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大和郡山城:石垣に積まれた逆さ地蔵と、秀長の五年・柳沢家の百五十年
この記事のポイント 郡山城は筒井順慶が本拠に定め、豊臣秀長が大和・紀伊・和泉百万石の居城として大改修した城 石が乏しい国だったため、寺の石塔や石仏まで石垣に積まれました。天守台には逆さまの地蔵が残る 秀長がいたのは五年ほどで、城主はその後も... -
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池田城:摂津三守護の一人池田勝正の居城 池田城
【城名】 池田城 【池田城の説明】 池田城は大阪府池田市の高台にあった城である。 建武元年に土着の豪族「池田教依」が城の基礎を築き、その後池田氏代々の居城となった。 文明元年(1469年)、応仁の乱で東軍についていた池田氏は「大内政弘」の軍に攻め... -
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宮津城:織田信長より丹後国を拝領した細川藤孝(幽斎)・忠興の居城 宮津城
【城名】 宮津城 【宮津城の説明】 宮津城は現在の京都府宮津市にあった水城である。 丹後の国は室町時代から丹後守護職の一色氏が支配していた国である。 天正6年(1579年)、織田信長の命を受けた「細川藤孝」は「明智光秀」の支援を受けて丹後攻略を開... -
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田辺城(舞鶴城):織田信長の命令で丹後守護の一色義道を倒した細川藤孝の居城 田辺城
【城名】 田辺城(舞鶴城) 【田辺城(舞鶴城)の説明】 田辺城は京都府舞鶴市にあった戦国時代から江戸時代にかけての平城で別名を舞鶴城と呼ぶ。 室町時代の丹後守護職の一色氏は加佐郡八田の館で政務を執っていたが戦時は背後の「建部山城」に篭って戦... -
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黒井城:明智光秀の丹波掃討戦に抵抗した赤井直正の居城 黒井城
【城名】 黒井城 【黒井城の説明】 黒井城は兵庫県丹波市にある日本の城跡で別名を「保月城」と呼ばれている。 建武時代に「赤松貞範」が築城し戦国時代に入ると「赤井直正」の居城となる。 直正は武略に優れ「悪右衛門直正」と自ら名乗り丹波地方に勢力を... -
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出石城(有子山城):羽柴秀吉の但馬攻略により落城した山名祐豊の居城 出石城
【城名】 出石城(有子山城) 【出石城(有子山城)の説明】 出石城は兵庫県豊岡市出石町にあった城である。 但馬国守護の山名氏が全盛期の頃に「山名時義」が「此隅山城」を築いたのが始まりとされている。 戦国時代の当主「山名祐豊」は有子山に「有子山... -
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八上城:明智光秀に攻められて籠城戦を展開した波多野秀治の居城 八上城
【城名】 八上城 【八上城の説明】 八上城は兵庫県篠山市にあった山城である。 中世・室町時代・戦国時代にかけて丹波国の国人「波多野氏」が代々治める城であった。 波多野稙通が応仁の乱にて戦功をあげてこの地に城を築いたことから八上城の歴史が始まり... -
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坂本城:明智光秀が織田信長より滋賀郡5万石を拝領し築城した坂本城
【城名】 坂本城 【坂本城の説明】 坂本城は滋賀県大津市下坂本にあった琵琶湖畔の城である。 元亀2年(1571年)9月、比叡山焼き討ちを行った織田信長は、宇佐山城の城主であった明智光秀に対して滋賀郡を与え坂本城を築城させた。 これにより光秀は滋賀郡... -
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大津城:関ヶ原の戦いでは熾烈な籠城戦を展開した京極高次の居城 大津城
【城名】 大津城 【大津城の説明】 大津城は現在の滋賀県大津市浜大津付近にあった琵琶湖畔の水城である。 明智光秀が主君である織田信長を「本能寺の変」にて討ち取ると、その光秀を羽柴秀吉が討ち取り一躍天下人へと上り詰める。 その際、光秀の本城だっ... -
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瀬田城跡(大津市):唐橋を焼いて光秀を止めた山岡景隆と、数日という時間
瀬田城(せたじょう)は、琵琶湖から流れ出る瀬田川のほとりにあった城です。城主の山岡景隆は織田信長の信任を受け、信長が上洛する際の宿としてこの城を使ったと伝えられます。本能寺の変が起きると、景隆は明智光秀の誘いを断り、瀬田の唐橋を焼いて甲... -
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膳所城跡(大津市):湖に突き出した天下普請最初の城と、神社に移された城門
膳所城(ぜぜじょう)は、琵琶湖に突き出して築かれた水城です。関ヶ原の戦いの翌年、徳川家康が諸大名に命じて築かせました。天下普請による築城としては最初のものにあたります。本丸は湖に張り出し、三方を水にかこまれていました。今は本丸跡が公園に... -
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筒井城跡:「元の木阿弥」と洞ヶ峠 ― 寺の衆徒から大名になった筒井氏の城
この記事のポイント 筒井氏は興福寺の衆徒、つまり寺に属する立場から戦国大名になった家 筒井城は松永久秀に何度も奪われ、そのたびに取り返された平城 「元の木阿弥」は、この城の当主・筒井順昭の死をめぐる話として伝わる 信長の命で廃城となり、大和... -
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雑賀城:鈴木佐大夫・雑賀孫一が織田信長や豊臣秀吉に激しく抵抗した鉄砲集団の雑賀城
【城名】 雑賀城 【雑賀城の説明】 雑賀城は和歌山県和歌山市和歌浦付近にあったお城で別名「妙見山城」とも呼ばれている。 鉄砲衆で有名な雑賀孫一の父「鈴木佐大夫(雑賀重意)」が妙見山山頂付近の千畳敷(台状地)に居館を築いたのが始まりである。 こ... -
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多聞山城跡(多門山城・奈良市):十七年で壊された城と、全国に残った「多聞櫓」という名
この記事のポイント 多聞山城(多門山城)は松永久秀が奈良に築いた城で、石垣・瓦・白壁を備えた当時としては先進的な城だった 石垣の上に長く連なる櫓を「多聞櫓」と呼ぶのは、この城の名から来ている 城が建っていたのは十七年ほど。信長の命で壊され、...
