近畿– category –
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八上城:明智光秀に攻められて籠城戦を展開した波多野秀治の居城 八上城
【城名】 八上城 【八上城の説明】 八上城は兵庫県篠山市にあった山城である。 中世・室町時代・戦国時代にかけて丹波国の国人「波多野氏」が代々治める城であった。 波多野稙通が応仁の乱にて戦功をあげてこの地に城を築いたことから八上城の歴史が始まり... -
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坂本城:明智光秀が織田信長より滋賀郡5万石を拝領し築城した坂本城
【城名】 坂本城 【坂本城の説明】 坂本城は滋賀県大津市下坂本にあった琵琶湖畔の城である。 元亀2年(1571年)9月、比叡山焼き討ちを行った織田信長は、宇佐山城の城主であった明智光秀に対して滋賀郡を与え坂本城を築城させた。 これにより光秀は滋賀郡... -
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大津城:関ヶ原の戦いでは熾烈な籠城戦を展開した京極高次の居城 大津城
【城名】 大津城 【大津城の説明】 大津城は現在の滋賀県大津市浜大津付近にあった琵琶湖畔の水城である。 明智光秀が主君である織田信長を「本能寺の変」にて討ち取ると、その光秀を羽柴秀吉が討ち取り一躍天下人へと上り詰める。 その際、光秀の本城だっ... -
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瀬田城:織田信長より信頼され本能寺の変後 明智光秀の誘いを断った山岡景隆の居城 瀬田城
【城名】 瀬田城 【瀬田城の説明】 瀬田城は琵琶湖から流れる瀬田川沿いの滋賀県大津市にあった城である。 坂本城、大津城と並び琵琶湖三大浮城の一つに数えられている。 東海道と京都を結ぶ重要な地に位置しており、安土桃山時代の当主は「山岡影隆」が城... -
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膳所城:関ヶ原の戦い後に天下普請により築かれた戸田氏・本多氏の居城 膳所城
【城名】 膳所城 【膳所城の説明】 膳所城は滋賀県大津市本丸町にあった琵琶湖畔の城である。 慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いにて名実ともに天下人となりつつあった「徳川家康」が天下普請により各大名に築城させた城である。 東海道の守りを固める位置... -
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筒井城:興福寺の僧兵を束ねる地位から戦国大名へ 筒井順慶の居城 筒井城
【城名】 筒井城 【筒井城の説明】 筒井城は奈良県大和郡山市筒井町にあった城で、筒井家は興福寺の僧兵を束ねる地位にあった。 筒井家は順慶の父、「筒井順昭」の時に勢力を拡大し大和一国をほぼ統一した。 しかし、順昭は若くして病死し嫡男の順慶がわず... -
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雑賀城:鈴木佐大夫・雑賀孫一が織田信長や豊臣秀吉に激しく抵抗した鉄砲集団の雑賀城
【城名】 雑賀城 【雑賀城の説明】 雑賀城は和歌山県和歌山市和歌浦付近にあったお城で別名「妙見山城」とも呼ばれている。 鉄砲衆で有名な雑賀孫一の父「鈴木佐大夫(雑賀重意)」が妙見山山頂付近の千畳敷(台状地)に居館を築いたのが始まりである。 こ... -
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多門山城:松永久秀が築城 画期的な多門櫓が有名な多門山城
【城名】 多門山城 【城の説明】 多門山城は奈良県奈良市法蓮町にあった平山城である。 三好長慶の重臣「松永秀久」によって築城された。 久秀は多門山城を大和の国を治める拠点としており、ここから信長の命により各地へ転戦した。なんといっても久秀は築... -
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信貴山城:織田信長への謀反により松永久秀は籠城・爆死 多門山城と並ぶ名城 信貴山城
【城名】 信貴山城 【城の説明】 信貴山城は生駒山の系統の信貴山にあった山城である。 もともとは「木沢長政」の居城だったが「太平寺の戦い」で討ち死にすると永禄2年(1559年)に「松永久秀」が城を修復し大規模な城郭にした。 松永秀久がもとは「三好... -
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篠山城跡:藤堂高虎が六か月で仕上げた三つの馬出と、ついに建たなかった天守
篠山城は、関ヶ原の戦いが終わったあとに徳川家康が命じて築かせた城です。目的ははっきりしていて、大坂城にまだ健在だった豊臣家と、西国の外様大名を押さえこむこと。縄張は築城の名手・藤堂高虎が引き、工事は西国二十家ほどの大名に自腹でやらせる天... -
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茨木城:猛将中川清秀は賤ヶ岳の戦いで戦死 中川家が治めた茨木城
【城名】 茨木城 【城の説明】 茨木城はもともとは茨木氏の城であったが、摂津の国で和田惟政と荒木村重・中川清秀との間で戦が勃発した際に戦いに敗れ「茨木重朝」は討ちとられてしまう。 その後、荒木村重が摂津の国を治めると茨木城は「中川清秀」が城... -
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高槻城:キリシタン大名で有名な高山右近重友(ジュスト右近)
【城名】 高槻城 【城の説明】 高山右近(たかやま うこん)は、戦国時代の武将から大名にまでなった人物であり、キリシタン大名としてもその名を知られている。 洗礼名は「ジュスト」という名でポルトガル語では「正義の人」を意味する。右近は茶道も極め... -
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安土城跡(近江八幡市):織田信長の天下布武の城 大手道と石垣、三年で焼けた天主
安土城とは 安土城は、織田信長が天下統一の拠点として築いた城である。琵琶湖に突き出た安土山(標高約199メートル)に、天正四年(1576)から築かれた。 信長が住んだのはわずか三年ほどで、天正十年(1582)の本能寺の変の直後に天主と本丸を焼失。天正... -
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有岡城(伊丹城):荒木村重の説得を試みた黒田官兵衛が幽閉された有岡城
【城名】 有岡城(伊丹城) 【城の説明】 天正6年(1578年)荒木村重が、石山本願寺の誘いに乗り信長に背いた。さらに、黒田官兵衛の主人「小寺政職」も荒木村重や毛利の誘いに乗り毛利方となってしまう。 官兵衛は村重の翻意を確かめるべく会いに行くが逆... -
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上月城:山中鹿之助の籠城戦 小早川隆景・吉川元春率いる毛利軍に包囲 悲運の城 上月城
【城名】 上月城 【城の説明】 延元元年(1336年)に赤松氏の一族「上月景盛」によって築かれた城である。その後、赤松氏の城となり戦国期には「赤松政範」が城主となっていたが織田信長の家臣・羽柴秀吉が中国平定に乗り出すと、あえなく落城する。 山陰... -
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伏見桃山城:関ヶ原の戦い前に鳥居元忠率いる残留部隊が全滅した伏見桃山城
【城名】 伏見桃山城 【伏見桃山城の説明】 関ヶ原の戦い前に会津へ上杉討伐に向かう徳川家康から伏見留守を鳥居元忠が命じられました。慶長5年(1600年)、鳥居元忠率いる約1800名の残留部隊が宇喜多秀家・小西行長ら大阪方に攻められて全滅。 写真は鳥居... -
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御着城:黒田官兵衛の主君小寺政職の居城御着城(2014年大河ドラマ)
【城名】 御着城 【説明】 その小寺氏が居城とした御着城は、茶臼山城、天川城とも呼ばれ、現在は姫路駅からJR山陽本線で一駅の御着駅から徒歩10分ほどのところに位置しています。小寺氏の前は赤松氏が守護所として使っていたとされています。 現在、遺構... -
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観音寺城跡:安土城より二十年早く石垣を積んだ千の曲輪と、六角父子が戦わずに捨てた理由
観音寺城は、近江の守護・六角氏が繖山(きぬがさやま)の山ぜんたいに築いた巨大な山城です。曲輪の数は千を超えるといわれ、規模でいえば日本でも最大級。しかも安土城より二十年ほど早い時期から石垣を多用していて、山城に石を積むという発想の先駆け... -
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小谷城跡(長浜市):浅井長政とお市の方の城 秀吉に切断された北近江の山城
小谷城とは 小谷城は、北近江を三代にわたって支配した浅井氏の居城である。琵琶湖の北東、小谷山(標高約495メートル)の尾根に曲輪を連ねた大規模な山城で、戦国期屈指の堅城として知られた。 天正元年(1573)、織田信長に攻められて落城。城主・浅井長... -
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赤穂城:赤穂浪士による吉良邸討ち入りで有名な浅野内匠頭(浅野長矩)の居城 赤穂城
【城名】 赤穂城 【赤穂城の説明】 赤穂城は代々姫路藩池田家の支藩としてその藩庁があった。正保2年(1645年)に赤穂藩主「池田輝興」の時に藩主乱心により改易とされてしまう。江戸時代を通して藩主の乱心や発狂によるお家断絶・改易という処分が相次い...
