戦国時代– category –
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戦国時代
花輪城:北条氏政と結託して下総を領有した高城胤吉の居城 花輪城
【城名】 花輪城 【城の説明】 花輪城址は、戦国期に松戸市大谷口の小金城を本拠としていた高城氏(高城胤吉)に属していた城である。 高城氏(たかぎし)は、千葉氏の属した家臣で下総国葛飾郡小金(現在の千葉県松戸市)の小金城を本拠とした国人衆で足... -
戦国時代
安土城跡(近江八幡市):織田信長の天下布武の城 大手道と石垣、三年で焼けた天主
安土城とは 安土城は、織田信長が天下統一の拠点として築いた城である。琵琶湖に突き出た安土山(標高約199メートル)に、天正四年(1576)から築かれた。 信長が住んだのはわずか三年ほどで、天正十年(1582)の本能寺の変の直後に天主と本丸を焼失。天正... -
戦国時代
千葉城(亥鼻城):千葉常胤が源頼朝の挙兵に呼応 戦国時代初期まで栄えた千葉氏 千葉城
【城名】 千葉城(亥鼻城) 【千葉城の説明】 源頼朝が平家打倒のために挙兵した際に、これに「千葉常胤」が呼応し一時は下総国にて栄えた。 千葉氏の城館跡で一般的には「亥鼻城(いのはなじょう)」又は千葉城(ちばじょう)と呼称されている。千葉城は... -
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有岡城(伊丹城):荒木村重の説得を試みた黒田官兵衛が幽閉された有岡城
【城名】 有岡城(伊丹城) 【城の説明】 天正6年(1578年)荒木村重が、石山本願寺の誘いに乗り信長に背いた。さらに、黒田官兵衛の主人「小寺政職」も荒木村重や毛利の誘いに乗り毛利方となってしまう。 官兵衛は村重の翻意を確かめるべく会いに行くが逆... -
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井伊直政:彦根駅前 徳川四天王の一人 井伊直政像
【史跡名】 徳川四天王の一人 井伊直政像 【史跡の説明】 井伊直政は徳川四天王の一人に数えられ、旧武田家の家臣団を多く抱えた「井伊の赤備え」で有名な武将である。 関ヶ原の戦いの戦功で近江(滋賀県)佐和山城主となり、後に城を彦根に移し現在の彦根... -
戦国時代
上月城:山中鹿之助の籠城戦 小早川隆景・吉川元春率いる毛利軍に包囲 悲運の城 上月城
【城名】 上月城 【城の説明】 延元元年(1336年)に赤松氏の一族「上月景盛」によって築かれた城である。その後、赤松氏の城となり戦国期には「赤松政範」が城主となっていたが織田信長の家臣・羽柴秀吉が中国平定に乗り出すと、あえなく落城する。 山陰... -
戦国時代
宇土城:関ヶ原の戦いで敗れた西軍の将小西行長の居城 宇土城
【城名】 宇土城 【宇土城の説明】 宇土城は、熊本県宇土市に存在した城である。小西行長によって宇土古城の東に位置する丘に築かれた平山城であり、3重の天守などが建てられた。しかし「小西行長」が関ヶ原の戦いに敗れ、肥後北東部(隈本)を所領として... -
戦国時代
岩国城跡:完成から七年で壊された南蛮造りの天守と、幕末まで藩と認められなかった吉川家
岩国城は、関ヶ原の戦いのあと吉川広家が横山の山上に築いた城です。ところが完成からわずか七年で、一国一城令によって天守も櫓も取り壊されてしまいました。城としての寿命が七年しかなかった例は、全国を見てもそう多くありません。しかもこの地を治め... -
戦国時代
小諸城:国の重要文化財 懐古園の入り口三の門 小諸城
【城名】 小諸城 【城の説明】 小諸城は戦国時代に武田信玄の信州経営のために「山本勘助」が縄張りを定めたと言われている。 織田信長の時代には「滝川一益」の支配する城となったが、本能寺の変、そして関東全域を支配する「北条氏政」との神流川の戦い... -
戦国時代
一郷山城:関東管領上杉憲実の平井城防衛のために築城された一郷山城模擬天守
【城名】 一郷山城 【説明】 関東管領の上杉憲実を守るために多比良城の支城として築城されたという。 しかし、永禄六年(1563年)武田信玄の西上野侵攻戦の時に落城し消失したとのこと。 【一郷山城・場所・アクセス】 〒370-2115 群馬県高崎市吉井町多比... -
戦国時代
伏見桃山城:関ヶ原の戦い前に鳥居元忠率いる残留部隊が全滅した伏見桃山城
【城名】 伏見桃山城 【伏見桃山城の説明】 関ヶ原の戦い前に会津へ上杉討伐に向かう徳川家康から伏見留守を鳥居元忠が命じられました。慶長5年(1600年)、鳥居元忠率いる約1800名の残留部隊が宇喜多秀家・小西行長ら大阪方に攻められて全滅。 写真は鳥居... -
戦国時代
御着城:黒田官兵衛の主君小寺政職の居城御着城(2014年大河ドラマ)
【城名】 御着城 【説明】 その小寺氏が居城とした御着城は、茶臼山城、天川城とも呼ばれ、現在は姫路駅からJR山陽本線で一駅の御着駅から徒歩10分ほどのところに位置しています。小寺氏の前は赤松氏が守護所として使っていたとされています。 現在、遺構... -
信長公記(現代文)
信長公記:犬山城の落城(実質的な尾張統一)
■ 日本の歴史 信長公記:犬山城の落城(実質的な尾張統一) 本日は「信長公記」から、信長が実質的に尾張を統一した「犬山城落城」の行(くだり)をご紹介致します。 永禄5年(1562年)6月下旬、信長公は織田信清殿(信長の従兄弟)の小口城(現愛知県小口町... -
信長公記(現代文)
信長公記:桶狭間の戦い(後編)
■ 日本の歴史 信長公記:桶狭間の戦い(後編) 織田信長の家臣「太田牛一」が書き残した「信長公記」の桶狭間の戦いの行(くだり)後編をご紹介いたします。 全軍は義元本陣めがけ黒い玉となって駆け出した。この様子を目にした今川勢は、ひとたまりもなく... -
信長公記(現代文)
信長公記:桶狭間の戦い(中編)
■ 日本の歴史 信長公記:桶狭間の戦い(中編) 織田信長の家臣「太田牛一」が書き残した「信長公記」の桶狭間の戦いの行(くだり)をご紹介いたします。 時刻は19日の正午になろうとしていた。今川義元は鷲津砦・丸根砦の陥落を聞いて機嫌がよく、陣中で謡... -
信長公記(現代文)
信長公記:桶狭間の戦い(前編)
■ 日本の歴史ガイド 信長公記:桶狭間の戦い(前編) 日本の歴史ガイドでは織田信長の家臣「太田牛一」が書き残した「信長公記」を少しずつご紹介して行きたいと思っております。 永禄3(1560年)年5月17日、今川義元の先陣は沓掛に参着し、翌日大高城へ兵糧... -
信長公記(現代文)
信長公記:桶狭間の戦い(徳川家康 “松平元康” の動向)
■ 日本の歴史 信長公記:桶狭間の戦い(徳川家康 “松平元康” の動向) 桶狭間の戦いの時、徳川家康(当時は松平元康)は今川義元の軍に属していた。義元は永禄元年(1558年)に嫡男・氏真に家督を譲渡、自らは新たに支配下に置いた三河の統治と尾張の攻略... -
戦国時代
米沢城:伊達政宗が誕生した城で関ヶ原の戦い後は直江兼続の居城となった米沢城
米沢城(松が岬公園)とは 山形県米沢市にある米沢城は、いまは松が岬公園として整備され、本丸跡に上杉神社が鎮座する城跡である。天守を持たない平城ながら、本丸をめぐる水堀と土塁が往時の姿をよく残している。独眼竜・伊達政宗が生まれた城として、ま... -
戦国時代
上山城(月岡城):かみのやま温泉のシンボル 沢庵和尚と土岐頼行、伊達と最上の争奪
上山城とは 山形県上山市元城内にある上山城は、月岡の高みに築かれた平山城で、「月岡城」の別名をもつ。出羽と奥州を結ぶ街道の要にあたり、南から伸びる伊達氏と北の最上氏がぶつかる最前線として、戦国期には何度も主が入れ替わった。江戸時代には二万... -
戦国時代
大洲城:宇都宮氏から藤堂高虎・脇坂安治・加藤嘉明へと城主が変わった大洲城(復元木造天守)
【城名】 大洲城 【城の説明】 大洲城は現在の愛媛県大洲市大洲にあった城である。伊予の守護「宇都宮氏」がこの地に築城したのだが大洲城の始まりとされている。南伊予の宇都宮氏は中国地方を制覇した毛利氏の侵攻により一度は降り、その後四国統一を目指...
