関東・甲信– category –
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関東・甲信
一宮城(上総):里見氏重臣の正木一族の支城 上総一宮城
【城名】 一宮城(上総) 【一宮城の説明】 一宮城は千葉県長狭郡一宮の台地上に築かれた平山城である。 築城時期は南北朝時代にまでさかのぼるが詳細は不明とのこと。 戦国時代には里見氏に属していた正木氏が治めており、勝浦城や大多喜城などを含め勢力... -
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新井城:北条早雲に滅ぼされた三浦家最後の当主三浦道寸の居城 新井城
【城名】 新井城 【新井城の説明】 新井城は神奈川県三浦市の三浦半島の先端あった断崖絶壁の城である。 築城時期は不明だが鎌倉時代後期に滅びた三浦氏宗家の後、相模三浦氏を興した「佐原盛時」が築城したとされている。 戦国時代初期「三浦時高」には実... -
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屋代城:真田幸隆の調略により村上義清から武田信玄に寝返った屋代正国の居城 屋代城
【城名】 屋代城 【屋代城の説明】 屋代城は長野県千曲市屋代にあった山城である。 永正年間~天文年間あたりに村上氏の一族である屋代氏により築城されたと伝えられている。 戦国時代の当主は「屋代正国」で、天文17年(1548年)に勃発した「武田信玄」と... -
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小弓城:足利義明が原氏を追い出し城を奪取し小弓公方と称した小弓城
【城名】 小弓城 【小弓城の説明】 小弓城(生実城)は千葉県千葉市中央区にあった平城である。 鎌倉時代の初期に下総原氏によって築城されたと伝わる。 戦国時代に入ると「足利義明」が下総の真里谷信清の支援を受けて、千葉氏の家臣で同国小弓城主「原胤... -
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国府台城:北条氏と里見氏との間で激しく争った下総国の要所 国府台城
【城名】 国府台城 【国府台城の説明】 国府台城は千葉県市川市国府台にあった平山城である。 扇谷上杉家の家臣であった「太田道灌」が文明10年(1478年)12月、武蔵千葉氏「千葉自胤」と臼井城の千葉氏宗家「千葉孝胤」との戦いの際に、千葉自胤に味方し... -
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臼井城跡(佐倉市):上杉謙信が落とせなかった土の城 土橋と空堀が語る守りの設計
臼井城とは 臼井城は、印旛沼の南岸に張り出した台地に築かれた中世の城である。千葉氏の一族・臼井氏の居城として始まり、戦国期には家臣の原氏が実権を握った。 石垣は一つもない。土塁と空堀と地形だけで造られた、関東らしい土の城である。その城が、... -
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騎西城(私市城):大久保忠隣の孫忠職が加納城へ移封され廃城となった騎西城
【城名】 騎西城(私市城) 【騎西城(私市城)の説明】 騎西城は埼玉県加須市にあった平城で、別名「私市城」とも呼ばれていた。 築城時期は不明だが、康正元年(1455年)に古河公方「足利成氏」が山内上杉氏の家臣「長尾景仲」の居城「騎西城」を攻め落... -
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山中城跡(三島市):石をひとつも使わなかった障子堀と、半日で落ちた小田原の西の守り
山中城は箱根の峠へ向かう街道をまたいで築かれた、小田原城の西の守りです。石垣はひとつもなく、火山灰の台地を削り、盛り、堀に畝を残して区画を切るという、土だけでできた城でした。天正18年(1590年)、豊臣秀吉の大軍が押し寄せたとき、この城は半... -
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蒲原城:武田勝頼らの攻撃により北条綱重・長順兄弟が討死し落城した蒲原城
【城名】 蒲原城 【蒲原城の説明】 蒲原城は静岡県庵原郡蒲原町蒲原にあった海岸に面した平山城である。 築城時期は不明だが、鎌倉時代に「入江清定」の三男「清実」が蒲原荘に居住し蒲原氏を名乗ったと伝わる。 以降戦国時代になるまで蒲原氏の居城として... -
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小山城(祇園城):北条氏照の攻撃により落城し北条征伐にて改易 小山秀綱の小山城
【城名】 小山城 【小山城の説明】 小山城は栃木県小山市城山町にあった平山城で別名「祇園城」と呼ばれている。 城の築城は久安4年(1148年)に「小山政光」によって築かれたと伝えられている。 小山氏は武蔵国に領地を持つ「藤原秀郷」の後裔と称した太... -
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大田原城跡(城山公園):三百二十六年動かなかった城と、火薬庫の爆発が救った戊辰の落城
大田原城とは 大田原城は、下野国那須郡の要地、蛇尾川に臨む龍体山の丘陵に築かれた城である。天文十四年(1545)に大田原資清が築き、明治四年(1871)の廃藩置県まで、三百二十六年間ひとつの家が城主であり続けた。 大名の転封が当たり前だった江戸時... -
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下妻城(多賀谷城):結城氏の臣下で主家を凌ぐ勢力を誇った多賀谷氏の下妻城
【城名】 下妻城(多賀谷城) 【下妻城(多賀谷城)の説明】 下妻城は茨城県下妻市にあった平城で多賀谷氏の居城であったことから多賀谷城とも呼ばれている。 康正元年(1455年)、「多賀谷氏家」が下妻荘に城を築いたのが下妻城(多賀谷城)の始まりとさ... -
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玉縄城:北条早雲が築城し北条征伐の際には城主北条氏勝が降伏・開城した玉縄城
【城名】 玉縄城 【玉縄城の説明】 玉縄城は神奈川県鎌倉市玉縄地域城廻にあった平山城である。 永正10年(1513年)、北条早雲(伊勢盛時)により築かれ城の外堀が柏尾川と直結し、相模湾まで舟を繰り出すことが可能だったので水軍を統括する重要な拠点だ... -
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鈴岡城:信濃守護小笠原家が3家に分裂した一つ鈴岡小笠原家の居城 鈴岡城
【城名】 鈴岡城 【鈴岡城の説明】 鈴岡城はは長野県飯田市にあった小笠原氏の城である。 信濃守護の小笠原氏は文安3年(1446年)から惣領家の家督を巡って争い、深志小笠原家(宗家)、松尾小笠原家、鈴岡小笠原家の3家に分裂していた。 文明12年(1480年... -
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逆井城(飯沼城):逆井氏滅亡後は北条氏繁が統治した下野・常陸の拠点 逆井城
【城名】 逆井城(飯沼城) 【逆井城(飯沼城)の説明】 逆井城は茨城県坂東市逆井にあった戦国時代の平城である。 築城時期は明確ではないが「小山義政」の五男「常宗」がこの地を領して城を築き、逆井氏を名乗ったと伝わっている。 天文5年(1536年)、... -
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庁南城:武田信長が上総統治のため真里谷城と共に築いた庁南城
【城名】 庁南城 【庁南城の説明】 庁南城は千葉県長生郡長南町にあった平山城である。 康正2年(1456年)、上総守護の「上杉政憲」に対抗する古河公方「足利成氏」の命を受けて「武田信長」が「庁南城」と近隣に「真里谷城」を築いたのが始まりとされてい... -
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真里谷城:豊臣秀吉の北条征伐で徳川軍により落とされた真里谷信高の居城 真里谷城
【城名】 真里谷城 【真里谷城の説明】 真里谷城は千葉県木更津市真里谷にあった山城である。 上総武田氏の祖「武田信長」が築城したと伝えられており、この「真里谷城」と「庁南城(長南町)」を拠点として上総一帯に勢力を広げた。 もともと上総国は関東... -
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飯田城跡(飯田市):遺構は三つだけ。城が街に溶けた四百年と、農民を眺めた城主
長野県飯田市に飯田城跡がある。伊那谷の中心、天竜川と松川に挟まれた河岸段丘の上に築かれた城である。 ただし、訪ねる前に言っておきたいことがある。この城の遺構は、ほとんど残っていない。 現地の案内板(飯田市観光協会)が、そのことを正直に書い... -
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唐沢山城:上杉謙信を何度も撃退した関東随一の山城で佐野昌綱の居城 唐沢山城
【城名】 唐沢山城 【唐沢山城の説明】 唐沢山城は栃木県佐野市富士町と栃本町にまたがる山城である。 治承4年(1180年)奥州藤原家9代俊綱の弟「成俊」がこの地にもともとあった城跡を改修し、初めて佐野氏を名乗ったとされている。成俊は30年あまりもの... -
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松尾城:唯一戦国期を乗り切った名門信濃小笠原家の一つ小笠原信嶺の居城 松尾城
【城名】 松尾城 【松尾城の説明】 松尾城は長野県飯田市松尾代田にあった平城である。 小笠原家は鎌倉時代に阿波国守護であったが、建武時代に信濃国守護となった。 信濃守護となった小笠原家は室町時代に分裂騒動が起こり、林城小笠原家・松尾城小笠原家...
