天下三肩衝とは|初花・新田・楢柴の持ち主と、いまどこにあるのか ─ 信長がそろえられず、秀吉が天正15年に手にした三つの茶入【豊臣兄弟!】

天下三肩衝(初花・新田・楢柴)の持ち主の移り変わりの図
この記事のポイント
  • 天下三肩衝(てんかさんかたつき)とは、「初花(はつはな)」「新田(にった)」「楢柴(ならしば)」の三つの茶入のことです。いずれも中国から渡ってきた唐物の茶入で、戦国時代には一国にも値するといわれました
  • 織田信長は初花と新田を手に入れましたが、博多の島井宗室が持つ楢柴だけは手に入らないまま、本能寺の変で倒れました
  • 天正15年(1587)、九州攻めで降伏した秋月種実が楢柴を秀吉に差し出し、秀吉は三つすべてをそろえました。その年の10月、三つは北野大茶湯の席に飾られたと伝わります
  • いま初花は徳川記念財団(重要文化財)、新田は水戸の徳川ミュージアムにあります。楢柴は江戸時代の明暦の大火で焼け、その後行方がわからなくなりました

天下三肩衝とは、戦国の天下人たちが奪いあった三つの茶入、「初花」「新田」「楢柴」のことです。手のひらにのるほどの小さな焼きものですが、その値打ちは一国にも匹敵するといわれました。『豊臣兄弟!』第42回「北野大茶湯」で描かれる天正15年(1587)は、秀吉がこの三つを初めてすべて手にした年でもあります。この記事では、三つの茶入それぞれの持ち主の移り変わりと、秀吉がそろえた意味、そしていまどこにあるのかを紹介します。

目次

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「肩衝」とはどんな茶入か

茶入(ちゃいれ)とは、濃茶に使う抹茶を入れておく小さな陶器の入れものです。そのうち、口のすぐ下の「肩」が水平に張り出した形のものを「肩衝(かたつき)」といいます。高さは10センチにも満たないものがほとんどです。

室町時代、中国(宋・元・明)から渡ってきた茶入は「唐物(からもの)」と呼ばれ、とくに足利将軍家が集めた品は「東山御物(ひがしやまごもつ)」として別格にあつかわれました。茶の湯がさかんになると、名のある唐物の茶入は「名物」として値打ちが上がり、戦国時代には城や領地と並べて語られるほどになります(茶器はなぜ一国に値したのか)。

天下三肩衝の一覧

名前 名前の由来 主な持ち主 いま
初花(はつはな) 春に先がけて咲く初花のような姿と色から。足利義政が名づけたと伝わる 足利義政 → 織田信長 → 徳川家康 → 豊臣秀吉 → 徳川将軍家 徳川記念財団(重要文化財)
新田(にった) はっきりしない。新田義貞が持っていたからという説がある 村田珠光 → 三好宗三 → 織田信長 → 大友宗麟 → 豊臣秀吉 → 水戸徳川家 徳川ミュージアム(水戸)
楢柴(ならしば) 古い恋の歌にちなむとされる 足利義政 → 村田珠光 → 島井宗室 → 秋月種実 → 豊臣秀吉 → 徳川家康 明暦の大火のあと行方不明
天下三肩衝(初花・新田・楢柴)の持ち主の移り変わりの図
天下三肩衝の持ち主の移り変わり。三つとも一度は秀吉の手に渡りました

初花 ─ 信長から家康へ、家康から秀吉へ

初花は、室町幕府8代将軍・足利義政の持ち物だったと伝わります。その後、茶人の鳥居引拙、京の豪商・大文字屋をへて、永禄12年(1569)ごろ織田信長に差し出されました。信長は天正5年(1577)、嫡男の信忠に家督とともに名物の茶道具を譲り、初花もそこに含まれていました。

天正10年(1582)の本能寺の変で信忠が死ぬと、初花は徳川家の家臣の手をへて家康のものになります。そして翌天正11年、家康は賤ヶ岳の戦いに勝った秀吉への祝いとして、初花を贈りました。信長・信忠が持っていた名物を手にすることは、秀吉にとって「信長の後継者」であることを示す意味もあったと考えられています。

秀吉の死後は宇喜多秀家に渡り、関ヶ原の戦いのあと再び家康のもとへ戻ります。家康は大坂の陣の恩賞として孫の松平忠直に与え、のちに江戸幕府に納められました。いまは徳川記念財団が所蔵し、国の重要文化財に指定されています。

新田 ─ 大坂城とともに焼け、漆で継がれた茶入

新田は、わび茶の祖とされる村田珠光が持っていたと伝わる茶入です。三好宗三(政長)をへて信長の手に渡り、本能寺の変のあと、豊後の大友宗麟が持ち、やがて秀吉のものになりました。宗麟は天正14年(1586)に大坂城で秀吉に会っています(大友宗麟の大坂城訪問)。

慶長20年(1615)、大坂夏の陣で大坂城が落ちると、新田も城とともに焼けました。家康は、塗師の藤重藤元・藤巌の父子に焼け跡から新田の破片を探させ、漆で継いで修復させたといいます。修復された新田は家康の十一男・徳川頼房に与えられ、水戸徳川家に伝わりました。いまは水戸の徳川ミュージアムが所蔵しています。

楢柴 ─ 信長が手に入れられなかった最後の一つ

楢柴は、足利義政、村田珠光をへて、博多の豪商・島井宗室が持っていた茶入です。名前は「御狩する狩場の小野の楢柴の なれはまさらで恋ぞまされる」という古い歌にちなむとされます。

信長は楢柴をほしがり、宗室に差し出すよう求めたと伝わります。宗室は天正10年6月1日、信長が本能寺で開いた茶会に招かれていたともいわれます。しかしその翌朝、本能寺の変が起き、楢柴が信長の手に渡ることはありませんでした。信長は、三つの肩衝をすべてそろえることなく世を去ったのです。

その後、楢柴は筑前・秋月の大名、秋月種実の手に渡りました。種実が宗室から強引に譲らせたともいわれます。そして天正15年(1587)、九州攻めで秀吉に降伏した種実は、許しを得るために楢柴を秀吉に差し出しました。種実は筑前の本領を失い、日向の財部(高鍋)3万石に移されています(九州攻めはどう終わったのか)。

秋月城跡
楢柴を秀吉に差し出した秋月種実の本拠・秋月(秋月城)

秀吉が三つをそろえた天正15年

楢柴を手に入れたことで、秀吉は天下三肩衝をすべてそろえました。信長が果たせなかったことを、秀吉が成しとげたことになります。九州を平定し、聚楽第を完成させたこの年、名物の茶入でも秀吉は信長をこえたのです。

そして10月1日の北野大茶湯では、北野天満宮の拝殿に秀吉の名物が並べられました。三つの肩衝は、秀吉と千利休・津田宗及の席に分けて飾られたと伝わります(北野大茶湯とは)。茶会は誰でも参加できる催しでしたが、そこに並ぶのは、天下人しか持てない宝物でした。

▽ よく語られる話
天下三肩衝は、秀吉が権力にものをいわせて集めた宝物だった。
▼ 史実ではこうです
初花は家康からの戦勝祝い、新田は大友宗麟から、楢柴は降伏した秋月種実からと、三つとも「秀吉に従う」ことを示すために差し出されたものでした。名物の茶入は、それを贈ること自体が臣従のしるしになったのです。

いま天下三肩衝はどこにあるのか

秀吉の死後、三つの肩衝はやがて徳川家のもとに集まりました。初花は将軍家に納められ、新田は水戸徳川家に伝わります。楢柴も家康の手に渡りましたが、明暦3年(1657)の明暦の大火で焼け、修復されたのちに行方がわからなくなりました。

茶入 いまの所蔵 見られる機会
初花 徳川記念財団(東京) 展覧会などで限られた期間に公開
新田 徳川ミュージアム(茨城県水戸市) 館の企画展などで公開されることがある
楢柴 不明 現存していない

初花と新田は常に展示されているわけではないので、見に行く前に所蔵先の公開予定を確かめてください。

▷ 大河ドラマではどう描かれるか(放送前の予想)
『豊臣兄弟!』第42回「北野大茶湯」は11月1日(日)放送予定です。伝えられているあらすじでは、聚楽第の完成を祝う大茶会を秀次(山田涼介)が提案し、秀長(仲野太賀)は「時期尚早」と諫めますが、秀吉(池松壮亮)の勢いは止められません。北野大茶湯の会場には、秀吉の名物の茶道具が並べられたと伝わります。ドラマで天下三肩衝がどう登場するのかにも注目です。放送後にこの枠を更新します。

よくある質問

Q. 天下三肩衝とは何ですか?
A. 「初花」「新田」「楢柴」の三つの唐物の肩衝茶入のことです。戦国時代、天下人たちが手に入れようとした最高の名物でした。

Q. 天下三肩衝の読み方は?
A. 「てんかさんかたつき」です。

Q. 天下三肩衝はいまどこにありますか?
A. 初花は徳川記念財団、新田は水戸の徳川ミュージアムが所蔵しています。楢柴は明暦の大火で焼けたのち行方不明です。

Q. 信長は天下三肩衝をそろえたのですか?
A. いいえ。初花と新田は手に入れましたが、博多の島井宗室が持つ楢柴は本能寺の変のため手に入りませんでした。三つをそろえたのは秀吉です。

Q. 秀吉はいつ楢柴を手に入れたのですか?
A. 天正15年(1587)の九州攻めで、降伏した秋月種実から差し出されました。

まとめ

天下三肩衝は、初花・新田・楢柴の三つの唐物茶入です。信長は楢柴だけを手に入れられないまま本能寺で倒れ、天正15年、九州攻めで降伏した秋月種実から楢柴を受けとった秀吉が、初めて三つをそろえました。いま初花は徳川記念財団、新田は徳川ミュージアムにあり、楢柴は明暦の大火のあと行方がわかりません。小さな茶入の持ち主の移り変わりは、そのまま天下の移り変わりでもありました。

参考:「北野大茶湯之記」/『山上宗二記』/桑田忠親『茶道の歴史』講談社学術文庫/竹本千鶴『織豊期の茶会と政治』思文閣出版

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