- 小笠原貞慶(おがさわら さだよし)は、天文15年(1546)に生まれ、文禄4年(1595)に亡くなった信濃の武将です。信濃守護だった小笠原長時の子です
- 武田信玄に本拠を追われ、父とともに各地を流浪しましたが、天正10年(1582)、武田家の滅亡後に旧領の深志城を取り戻し、城の名を「松本」と改めたとされます
- 徳川家康に従い、嫡男の幸松丸(のちの秀政)を人質として差し出していました。天正13年(1585)、石川数正が出奔したとき、数正はこの幸松丸を連れて秀吉のもとへ走ったと伝わります
- 子の秀政は、のちに石川数正の子が改易された松本の城主に返り咲き、子孫は豊前小倉藩主として幕末まで続きました
小笠原貞慶は、石川数正の出奔に深く関わった信濃の武将です。数正が秀吉のもとへ走ったとき、貞慶もまた徳川を離れて秀吉方につきました。『豊臣兄弟!』第40回で「重臣の出奔」が描かれるとき、名前が出てくるかもしれない人物です。この記事では、流浪の名門・小笠原家の当主として生きた貞慶の生涯を紹介します。
信濃守護の家に生まれて ─ 武田に追われた流浪の日々
小笠原家は、鎌倉時代から続く信濃の守護の家柄で、武家の礼法「小笠原流」の家としても知られます。貞慶は天文15年(1546)、信濃守護・小笠原長時の子として生まれました。ところが天文19年(1550)ごろ、父の長時は武田信玄に敗れて本拠の林城・深志城を失い、信濃を追われます(林城)。
長時と貞慶の親子は、越後の上杉謙信、京の三好家、そして織田信長などを頼って各地を流浪しました。名門の当主でありながら、自分の領地を持たない日々が三十年近く続いたのです。
天正10年 ─ 深志城を取り戻し「松本」と改める
天正10年(1582)、武田家が滅び、続いて本能寺の変で信長が倒れると、信濃は主のいない土地となりました。貞慶は徳川家康の支援を受けて信濃に戻り、旧領の深志城を取り戻します。このとき城の名を「松本」と改めたと伝わり、これがいまの松本城と松本市の名のはじまりとされます(松本城)。

徳川への人質 ─ 幸松丸と石川数正
徳川の支援で旧領を取り戻した貞慶は、家康に従う証として、嫡男の幸松丸(のちの小笠原秀政)を人質として差し出しました。幸松丸は、岡崎城代の石川数正のもとに預けられていたとされます。
天正13年(1585)11月13日、数正が岡崎から出奔して秀吉のもとへ走ったとき、数正はこの幸松丸も連れていきました。人質を連れ去られた形の貞慶は、徳川を離れて秀吉方につきます。数正と貞慶はもともと連絡を取り合っていたとも考えられ、数正の出奔と貞慶の離反は、ひとつながりの動きだったと見る研究者もいます(石川数正はなぜ家康を裏切ったのか/秀吉が引き抜いた武将たち)。
その後の貞慶と小笠原家
秀吉方についた貞慶でしたが、天正17年(1589)ごろ、秀吉の怒りを買った武将をかくまったとして、領地を失ったと伝わります。家は子の秀政が継ぎ、秀政は家康の孫娘(松平信康の娘)を妻に迎えて徳川家との縁を深めました。天正18年(1590)、家康が関東に移ると、秀政は下総古河三万石を与えられ、貞慶も古河で暮らして、文禄4年(1595)に亡くなりました。
子の秀政は、関ヶ原のあと信濃飯田を経て、慶長18年(1613)、松本八万石の城主として父祖の地に返り咲きます。このとき松本城主の座を失ったのは、石川数正の子・康長でした(数正の家ともう一つの石川家)。数正に連れ去られた人質の幸松丸が、数正の家に代わって松本城主になったのです。秀政は大坂夏の陣で長男とともに戦死しますが、小笠原家は次男の忠真が継ぎ、明石を経て豊前小倉十五万石の藩主として幕末まで続きました。
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よくある質問
Q. 小笠原貞慶は何をした人ですか?
A. 武田信玄に追われた信濃守護・小笠原家の当主で、天正10年に旧領の深志城を取り戻し、「松本」と改めたとされる人物です。
Q. 石川数正の出奔と小笠原貞慶はどう関係していますか?
A. 数正は出奔のとき、徳川方に預けられていた貞慶の嫡男・幸松丸を連れて秀吉のもとへ走ったと伝わります。貞慶も徳川を離れ、秀吉方につきました。
Q. 小笠原家はその後どうなりましたか?
A. 子の秀政が松本城主に返り咲き、子孫は豊前小倉藩主として幕末まで続きました。
まとめ
小笠原貞慶は、武田に追われて三十年近く流浪した名門の当主が、天正10年の混乱のなかで旧領を取り戻し、「松本」の名を残した人物でした。徳川に人質を出しながら、石川数正の出奔とともに秀吉方へ移ったことで、徳川家に大きな衝撃を与えます。そして数正に連れ去られた嫡男の秀政は、のちに数正の家に代わって松本城主となりました。
参考:『笠系大成』/平山優『天正壬午の乱』戎光祥出版/柴裕之『徳川家康』平凡社
