豊臣兄弟!第44回、筆者が勝手に予想する見どころ7つ|熊野の筏、高虎のうわさ、西大寺の処刑、正月に兄に会えない秀長

熊野の山中で、積まれた丸太と筏を前に帳面を手に本数を数える若い武士のイメージ(イラスト)
この記事のポイント
  • 11月15日(日)放送の『豊臣兄弟!』第44回「ある家臣の死」で、こうなったらおもしろい、という場面を筆者が勝手に七つ予想しました
  • 秀長の家臣・吉川平介(ドラマでは吉川平助)が、熊野の材木をめぐって死罪となる回です。家臣を守れなかった秀長と、弟にも示しをつけた秀吉を、史実と照らし合わせています
  • 予想は外れるかもしれません。そのぶん、それぞれの予想に「史実ではどうだったのか」を添えたので、放送前の予習にも使ってください
  • 放送後、各予想の下にある「答え合わせ」の欄に、当たり外れを追記します

第44回「ある家臣の死」は、伝えられているあらすじによると、方広寺の大仏造営のための熊野の材木をめぐって、秀長の家臣・吉川平助(松岡広大)が死罪となる回です。ここでは、ドラマの筋を当てにいくというより、「こうなったら歴史好きとしてはうれしい」という場面を七つ選び、それぞれ史実ではどうだったのかを添えました。あらすじと史実の全体像は第44回「ある家臣の死」あらすじ予想と史実にまとめています。

▷ 答え合わせの結果(11月15日放送後)
放送後に、七つの予想の当たり外れをここにまとめます。
目次

■ 豊臣秀吉・秀長 オリジナルグッズ ■

当サイトがデザインした秀吉・秀長グッズ。Tシャツ・マグカップ・トートバッグに加え、スマホケース・フェイスタオル・タンブラーなどもあります

秀吉・秀長グッズを見る ▶

※当サイト「日本の歴史ガイド」のオリジナル商品です。NHK・大河ドラマの公式グッズではありません。

予想1:熊野の川を下る材木の筏が映る

▷ 筆者の予想(放送前)
熊野の深い谷を、組んだ材木が筏になって下っていく。平助が帳面を手に本数を数えるその姿が、のちの悲劇の伏線になる。そんな映像から始まったらうれしいところです。
▷ 答え合わせ(11月15日放送後)
放送後に追記します。

史実では、熊野の木は伐り出されたあと、川に流して運ばれました。平介が大坂で売った木は二万本余りと伝わります(熊野の木はなぜ豊臣政権に狙われたのか)。

予想2:平助が切りひらく山道に、北山の村人の目

▷ 筆者の予想(放送前)
材木を運ぶための道づくりの陰で、熊野の山の村人たちの不満がくすぶる。のちの北山一揆につながる空気が、一瞬でも描かれたら見ごたえがあります。
▷ 答え合わせ(11月15日放送後)
放送後に追記します。

史実では、熊野の奥地・北山で、豊臣方の支配や木の伐り出しに反発する一揆が起き、数年にわたって続きました(北山一揆とは)。

予想3:うわさを持ちこむのは藤堂高虎

▷ 筆者の予想(放送前)
平助の不正のうわさを秀長に伝えるのは、同じ紀伊を任された藤堂高虎。主君に言いにくいことを言える家臣として、高虎の存在感が増す回になると予想します。
▷ 答え合わせ(11月15日放送後)
放送後に追記します。

史実の高虎は秀長の家臣として紀伊で城や領地を任され、のちに築城の名手として知られるようになります(藤堂高虎とは)。

予想4:知らせは秀長を飛び越えて秀吉へ

▷ 筆者の予想(放送前)
秀長が平助をかばおうとしているあいだに、別の筋から秀吉の耳に話が入ってしまう。「なぜわしに先に言わなんだ」と秀長がくやしがる場面が目に浮かびます。
▷ 答え合わせ(11月15日放送後)
放送後に追記します。

史実でも、平介の不正は主君の秀長を飛び越えて秀吉に伝わったことが決定的だったと考えられます。だれが知らせたのかは、はっきりしていません(吉川平介とは)。

予想5:処刑の場所が西大寺と告げられ、秀長が言葉を失う

▷ 筆者の予想(放送前)
平助の処刑が、秀長のお膝元である大和の西大寺で行われると知らされる。主君の領国で家臣を罰することの意味に、秀長が気づく場面を予想します。
▷ 答え合わせ(11月15日放送後)
放送後に追記します。

史実では、平介は天正16年12月5日に大和の西大寺で処刑され、首は京にさらされました。主君の領国での処刑は、秀長への強い示しでもありました(吉川平介とは)。

予想6:「女子供は不苦」の一言に救いがある

▷ 筆者の予想(放送前)
平助の妻子の行く末を案じる秀長に、秀吉が「女子供はかまわぬ」と告げる。兄の厳しさと、わずかな情けが同時に見える場面があればうれしいです。
▷ 答え合わせ(11月15日放送後)
放送後に追記します。

史実では、平介の妻子は罪に問われなかったと伝わります。秀吉の処罰が家族に及ぶかどうかは、事件によって大きく違いました(秀吉の処罰はなぜ家族まで及んだのか)。

予想7:正月、秀長だけが兄に会えない

▷ 筆者の予想(放送前)
翌年の正月、大名たちが秀吉に年頭のあいさつをする中、秀長だけが通されない。広間の外で待つ秀長の背中で回が終わったら、忘れられない場面になりそうです。
▷ 答え合わせ(11月15日放送後)
放送後に追記します。

史実では、この一件で秀長は「天下の面目を失った」とされ、翌天正17年正月、秀吉への拝謁を許されませんでした(第44回「ある家臣の死」あらすじ予想と史実)。

まとめ

第44回「ある家臣の死」は、四国攻めから秀長を支えてきた家臣が、天下人の大工事の陰で命を落とす回です。熊野の材木、北山の村、知らせの届き方、西大寺での処刑、妻子の行く末、そして正月の拝謁。七つの予想がいくつ当たるかはわかりませんが、史実を知っておくと、秀長と秀吉の関係の変化がよく見えてきます。放送後には答え合わせを追記します。

  • URLをコピーしました!
目次