日本の城– tag –
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北陸
新発田城跡:三匹の鯱が載る丁字形の三階櫓と、上杉に背いた新発田重家の六年
新発田城は越後平野の北、新発田川の流れを取り込んで築かれた平城です。天守はなく、その代わりに本丸の隅に立つ三階櫓が城の象徴になっています。屋根が丁字形に組まれ、鯱が三匹載るという全国でもほかに例のない櫓で、しかもその姿は復元されたいま、... -
北陸
魚津城:椎名康胤が上杉謙信に離反して落城した松倉城の支城 魚津城
【城名】 魚津城 【城の説明】 魚津城は富山県魚津市にあった平城で戦国時代には椎名康胤の治めていた城である。 椎名氏は上杉氏に従っており魚津城は松倉城という山城の支城であった。 ところが「椎名康胤」は甲斐・信濃を征服した武田信玄に寝がえった。... -
関東・甲信
葛尾城跡(坂城町):信玄を二度破った村上義清が、それでも城を捨てた理由
葛尾城は千曲川を見下ろす標高八百メートルの山上にあり、北信濃で最大の勢力を誇った村上義清の居城でした。義清は上田原と砥石で武田晴信を二度も打ち破っています。それでも最後には城を捨てて越後へ落ち、上杉謙信を頼りました。負けたのは戦ではなく... -
東海
加納城跡(岐阜市):岐阜城を壊して築かれた平城と、天守が建たなかった天守台
加納城(かのうじょう)は、関ヶ原の戦いの翌年、徳川家康の命で築かれた美濃の平城です。山上の岐阜城が廃され、その資材が運び下ろされて使われました。最初に城主となったのは家康の娘婿・奥平信昌です。本丸には天守台が築かれながら、天守は建てられ... -
近畿
高槻城:キリシタン大名で有名な高山右近重友(ジュスト右近)
【城名】 高槻城 【城の説明】 高山右近(たかやま うこん)は、戦国時代の武将から大名にまでなった人物であり、キリシタン大名としてもその名を知られている。 洗礼名は「ジュスト」という名でポルトガル語では「正義の人」を意味する。右近は茶道も極め... -
歴史ブログ
東京の住宅街にある城跡とは?
■ 日本の歴史ブログ 東京の住宅街にある城跡とは? 世田谷城は吉良氏(吉良治家)が世田谷郷を与えられた時に館として整備された城です。 その後代々吉良家が治める城として栄えたが戦国時代に入り、吉良氏朝が「北条氏政」に味方をしたため豊臣軍に接取さ... -
北海道・東北
米沢城:伊達政宗が誕生した城で関ヶ原の戦い後は直江兼続の居城となった米沢城
米沢城(松が岬公園)とは 山形県米沢市にある米沢城は、いまは松が岬公園として整備され、本丸跡に上杉神社が鎮座する城跡である。天守を持たない平城ながら、本丸をめぐる水堀と土塁が往時の姿をよく残している。独眼竜・伊達政宗が生まれた城として、ま... -
四国
大洲城:古写真とひな型模型が支えた木造復元天守と、江戸のまま残る台所櫓・高欄櫓
大洲城の天守は、鉄筋コンクリートではありません。木で組まれた四重四階の天守で、戦後に建てられた木造復元天守としては最大級のものです。しかも「だいたいこんな形だったろう」という想像で建てたのではなく、解体前の古写真と、江戸時代につくられた... -
北海道・東北
仙台城(青葉城):伊達政宗が青葉山に築いた六十二万石の城と、天守を建てなかった理由
宮城県仙台市。仙台城—青葉城の名でも呼ばれるこの城には、六十二万石の大藩の居城でありながら、天守がない。 建てて焼けたのではない。最初から建てられなかったのである。 本丸を支える高石垣。この城でいちばん雄弁なのは、建物ではなく石垣である 青... -
日本100名城
観音寺城跡:安土城より二十年早く石垣を積んだ千の曲輪と、六角父子が戦わずに捨てた理由
観音寺城は、近江の守護・六角氏が繖山(きぬがさやま)の山ぜんたいに築いた巨大な山城です。曲輪の数は千を超えるといわれ、規模でいえば日本でも最大級。しかも安土城より二十年ほど早い時期から石垣を多用していて、山城に石を積むという発想の先駆け... -
戦国時代
久留里城:北条綱成による攻撃に里見義堯・義弘は籠城 上総の山城久留里城
【城名】 久留里城 【城の説明】 久留里城は千葉県君津市にあった山城である。久留里城は名族武田氏によって室町時代に築城されたのが始まりとされている。その後戦国時代に入ると武田氏は「真里谷氏」と称することとなり「真里谷武田家」とも呼ばれていた... -
戦国時代
岸和田城:小出秀政が5重天守を 松平康重が総構えと城下整備を行い岡部宣勝に受け継がれた岸和田城
【城名】 岸和田城 【城の説明】 岸和田城は大阪府岸和田市にあった城である。一説によれば「楠木正成」の一族が初めてこの地に築城したのが始まりとされている。その後戦国時代に「豊臣秀吉」が紀州の根来衆・雑賀一党などの抑えとして家臣「中村一氏」に... -
戦国時代
倉賀野城:上杉憲政に従属 その後北条氏に従属し北条征伐の際に倉賀野秀景が降伏 倉賀野城
【城名】 倉賀野城 【城の説明】 倉賀野城は現在の群馬県高崎市にあった城です。利根川の河川に近く中山道からも近い重要な地を占めていました。城主は鎌倉時代から続づく「倉賀野氏」で由緒ある家柄であった。戦国時代には西上野の重要な拠点として関東管... -
日本100名城
掛川城:今川家家臣朝比奈泰能・朝比奈泰朝により統治され山内一豊が整備した掛川城
【城名】 掛川城 【城の説明】 掛川城は現在の静岡県掛川市にあった城である。室町時代に遠江の国の守護職今川氏が家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが始まりとされている。その後今川氏による支配が続いたが、戦国時代に入ると甲斐の武田信玄・三河の徳... -
日本100名城
首里城:正殿の一般公開はいつから? グスクの石垣と、二つの国に属した琉球王国
【城名】 首里城 【城の説明】 首里城は現在の沖縄県那覇市にあった琉球王朝の本拠地として栄えた城です。築城の時期さだかではないが、14世紀頃だと考えられています。代々「尚氏」が国王として琉球王朝を治めてきました。尚氏は奄美大島や沖縄諸島などを... -
戦国時代
大垣城:美濃三人衆氏家卜全の居城にて関ヶ原の戦いでは西軍(石田三成)の拠点となった大垣城
【城名】 大垣城 【大垣城の説明】 大垣城の歴史は古く、はっきりとした築城者が誰なのか明確にはわかっていない。しかし、戦国時代に入ると「織田信長」の父にあたる「織田信秀」の侵攻により大垣城は落城する。その後、織田家の一族がこの城を守っていた... -
関東・甲信
笠間城跡(佐白山):茨城県唯一の石垣が残る山城と、赤穂浪士を生んだ浅野家二十三年
※この記事のイラストは、当時の様子を描いたイメージです。 笠間城とは 笠間城は、常陸国笠間の佐白山(標高約205メートル)に築かれた山城である。承久元年(1219)に笠間時朝が築いたと伝えられ、以後およそ三百七十年にわたって笠間氏の本拠となった。 ... -
北海道・東北
弘前城:百十一年ぶりの曳戻しが進む現存天守と、本丸だけが石垣の土の城
【城名】 弘前城 【弘前城の説明】 大浦為信の出自には諸説あり、大浦守信の子とも下久慈城主であった久慈氏の出とも言われています。近年の見方では大浦家が南部氏の一族であるという見解で落ち着いているようです。 南部家では元亀2年(1571年)に当主の... -
近畿
日野城:蒲生定秀が築城し賢秀 氏郷と引き継がれた日野城(別名:中野城)
【城名】 日野城 【城の説明】 日野城(別名:中野城)は、滋賀県蒲生郡日野町にあった日本の城である。城跡は国の史跡に指定されている。元々蒲生氏の居城は日野城からすぐ近くにある「音羽城」であったが一般的に広く知られているのは日野城のほうである... -
九州・沖縄
中津城:黒田官兵衛が築き細川忠興が仕上げた城と、本丸北面に残る石垣の継ぎ目
【城名】 中津城 【城の説明】 中津城は豊前国中津にあった城です。黒田官兵衛孝高(黒田如水)が築城を開始し、細川忠興が完成させました。この城は中津川河口の地に築城された梯郭式の平城であり、堀には海水が引き込まれているため、水城とも言われ「今...
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