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日本100名城
岩村城跡(恵那市):日本一標高の高い山城と、女城主・森蘭丸・佐藤一斎の八百年
岐阜県恵那市に岩村城跡がある。日本100名城38番、そして日本三大山城のひとつ。 本丸の標高は約717メートル。全国の城のなかで、いちばん高いところにある城である。 ただ、この城が語るべきものは高さだけではない。八百年の歴史、女城主、そして幕末最... -
関東・甲信
結城城:結城氏朝が足利幕府軍相手に一年間の籠城戦(結城合戦) 結城城
【城名】 結城城 【城の説明】 結城城は城の名前の通り、結城氏が代々おさめていた居城。永享12年に「永享の乱」で敗死した鎌倉公方足利持氏の遺児が、結城氏に庇護をもとめてきたのに対し、結城氏朝・持朝親子は公方の遺児を庇護する決断を下す。 この為... -
関東・甲信
大多喜城:徳川四天王の一人本多忠勝の居城 大多喜城
【城名】 大多喜城 【大多喜城の説明】 大多喜城は大永元年(1521年)に真里谷信清が「小田喜城」という名で築いたのがはじまりとされる。その後、真里谷朝信が受け継ぎ、天文13年(1544年)に、里見氏によって真里谷氏は城を奪われてしまう。 以後里見家... -
近畿
長浜城:羽柴秀吉が信長より初めて城主に任命された浅井家旧領 長浜城
【城名】 長浜城 【長浜城の説明】 長浜城は滋賀県長浜市公園町にあった城で羽柴秀吉(豊臣秀吉)が築いた城である。天正元年(1573年)に羽柴秀吉が「浅井長政」攻めの功により「織田信長」から浅井氏の旧領を拝領した。 その際に今浜と呼ばれていたこの... -
国宝天守
姫路城:白壁が美しい白鷺城 ユネスコ世界遺産 現存天守国宝 姫路城
【城名】 姫路城 【城の説明】 姫路城は元々は播磨国御着城主小寺家の家老黒田氏の居城であった。黒田氏はこの地で着々と実力をつけていき、天下の中央で織田家の力が強大となりいよいよ中国地方の毛利攻めをする際、主君「小寺政職」に織田家に付くよう進... -
中国
松江城:祈祷札の再発見で国宝になった千鳥城と、堀尾吉晴が下りた宍道湖のほとり
松江城は宍道湖のほとりに建つ現存天守で、黒い下見板に覆われた重厚な姿から千鳥城とも呼ばれます。堀尾吉晴が月山富田城の山を下りて築いた城で、以後、京極氏、松平氏と受け継がれました。長く重要文化財だった天守が国宝に指定されたのは近年のことで... -
四国
浦戸城跡:長宗我部の天守があった城と、一領具足が渡すまいとした最後の場所
特集 ─ もうひとつの兄弟大河NHK『長宗我部兄弟!』をもっと知る元親と親泰の外交、伊予の金子元宅との約束、天正の陣、ゆかりの城まで ▶ この記事のポイント浦戸城は、長宗我部元親が晩年に本拠を移した城です。天守がありました。山城の岡豊にはなかった... -
北海道・東北
久保田城跡(千秋公園):天守も石垣も持たなかった二十万石の城と、常陸から移された佐竹氏
秋田市の中心にある千秋公園は、佐竹氏が十二代にわたって居城とした久保田城の跡です。二十万石の大名の城でありながら天守がなく、石垣もほとんど積まれていません。土塁と堀だけで築かれたこの城は、常陸から遠く移されてきた名門が、新しい土地でどう... -
九州・沖縄
熊本城:加藤清正が築いた扇の勾配の石垣と、特別見学通路で見る復旧の今
熊本城(くまもとじょう)は、加藤清正が築いた熊本県熊本市の城で、城域はおよそ九十八万平方メートル(約九十八ヘクタール)、周囲は約五・三キロにおよぶ日本有数の巨城です。下はゆるやかで上へ行くほど垂直に反り返る「扇の勾配(武者返し)」の石垣... -
日本100名城
上田城はなぜ落ちなかったのか:真田昌幸が二度、徳川の大軍を退けた尼ヶ淵の崖と城下町の縄張
上田城は、徳川の軍勢を二度にわたって退けた城です。一度目は天正十三年、真田昌幸が二千ほどの兵で七千の徳川勢を相手にし、二度目は慶長五年、関ヶ原へ向かう徳川秀忠の大軍を城の前で足止めしました。よく語られるのは昌幸の知略ですが、それだけでは... -
日本100名城
上田城の縄張と惣構え:百間堀と付け替えられた矢出沢川、城下町ごと囲いこんだ真田昌幸の設計
上田城の強さは、城そのものより縄張にありました。真田昌幸がこの城で守ろうとしたのは本丸ではなく、城下町を含めた一帯ぜんぶです。南は千曲川が削った段丘の崖、北と西は百間堀と呼ばれた大きな水濠、その外側には川を付け替えてつくった外堀。町も家... -
関東・甲信
古河城:古河公方足利義氏の居城 古河城と本丸跡
【城の説明】 享徳4年(1455年)、第5代鎌倉公方「足利成氏」が鎌倉から古河に本拠を移し、初代古河公方となりました。その後も足利政氏・高基・晴氏・義氏へと約130年もの間、古河公方足利家は続いていく。その古河公方が代々拠点としてきた城が「古河城... -
四国
丸亀城:日本一高い四段の石垣と、現存十二天守でいちばん小さい天守
丸亀城は、石垣の高さが日本一といわれる城です。ただしこれは一枚の壁が六十メートルあるという意味ではなく、麓から本丸まで四段の石垣を積み重ね、その総高が六十メートル前後になるという意味。下から見上げると、扇の曲線を描いた石の壁が何段も重な... -
中国
岡山城:宇喜多秀家が旭川を付け替えて築いた烏城と、不等辺五角形の天守台
岡山城は旭川の流れを堀に見立てて築かれた城で、下見板を黒漆で塗った外観から烏城と呼ばれてきました。築いたのは宇喜多秀家。父の直家が小さな城を奪って足がかりにした場所を、秀家が川筋を付け替えてまで作り直し、五十七万石の城として完成させてい... -
関東・甲信
高島城(諏訪の浮城):日根野高吉が築いた瓦のない城と、干拓で遠ざかった諏訪湖
【城名】 高島城 【高島城の説明】 諏訪湖に面していたお城で、江戸時代前までは湖畔に突き出た水城でした。 しかし、江戸時代初期の干潟開拓により湖畔からは若干離れてしまいました。別名を「諏訪の浮城」などと呼ばれています。 元々は諏訪氏の居城でし... -
東海
那古野城跡:五歳の吉法師が城主になった館と、名古屋城のどこにあったのか
那古野城(なごやじょう)は、織田信長がはじめて城主となった城です。もとは今川氏の一族が構えた館で、これを信長の父・信秀が奪い、やがて幼い嫡男へ譲りました。天守も高石垣も持たない方形の館で、周囲を堀と土塁でかこんだ武家屋敷に近い姿だったと... -
関東・甲信
忍城:石田三成水攻め破れたり 成田氏が守る難攻不落の浮き城 忍城
【城名】 忍城 【城の説明】 数年前に映画で話題となった「のぼうの城」に登場する忍城。 豊臣秀吉率いる上方軍を相手に、本城である小田原城が落城してもなお籠城戦を続けていたことで天下に名を轟かせたお城です。 豊臣秀吉が小田原城を囲んでいる間、こ... -
東海
岡崎城:家康が生まれ、十年だけ本拠とした城と、「神君出生の城」という格
岡崎城(おかざきじょう)は、徳川家康が生まれた城です。松平氏が三河を押さえるなかで本拠とし、家康は桶狭間の戦いののちにこの城へ戻って独立を果たしました。ただし家康が岡崎を本拠としたのは十年ほどで、その後は浜松へ移ります。江戸時代には「神... -
東海
清洲城:信長が一族から奪った尾張の中心と、町ごと名古屋へ移された清洲越し
清洲城は尾張の政治の中心だった城で、織田信長が一族の争いを勝ち抜いて手に入れ、桶狭間へ出陣し、徳川家康と同盟を結んだ場所です。本能寺の変のあとに織田家の行く末を決めた清洲会議もここで開かれました。ただし、いま五条川のほとりに建つ天守は平... -
天空の城
竹田城跡(朝来市):赤松広秀が総石垣に変えた虎臥城と、「天空の城」と呼ばれるまで
竹田城跡は兵庫県朝来市、円山川を見下ろす標高三百五十メートルほどの山の上にあります。尾根の形に沿って石垣だけが残り、建物はひとつもありません。それでも日本100名城に選ばれ、多くの人が登るのは、総石垣で築かれた山城の縄張がこれほどきれいに残...
