日本の歴史– tag –
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歴史ブログ
津軽為信 早い者勝ちで見事に独立大名へ
■ 日本の歴史ブログ 津軽為信 早い者勝ちで見事に独立大名へ 津軽為信は陸奥の国を治める南部氏の家臣だった。 しかし、南部家が隣国の秋田家(安東家)と激しい争いをしている間にどんどん津軽地方を統一。 ついには強大な武力と権力を駆使して主家に背く... -
歴史ブログ
凌霜隊 悲しい小藩の定め?新政府軍と旧幕府軍に二股をかけざるを得なかった郡上藩
■ 日本の歴史ブログ 悲しい小藩の定め?新政府軍と旧幕府軍に二股をかけざるを得なかった郡上藩【日本の歴史ブログ】 郡上藩は幕末時には青山家が治める領地でした。 2万4千石という小藩の悲しさなのか、戊辰戦争時は新政府軍と旧幕府軍の両方に味方する... -
歴史ブログ
織田信長に反旗を翻した荒木村重の結末とは?
■ 日本の歴史ブログ 織田信長に反旗を翻した荒木村重の結末とは? 織田信長が本願寺攻めを本格的に始動していた当時、摂津の国(現:大阪)一国を与えられていたにも関わらず信長に反旗を翻した荒木村重。 謀反の理由は諸説あるが一番有力とされるのが、村... -
歴史ブログ
真実ではない今川義元の上洛説?桶狭間の戦いは偶発的に起こった?
■ 日本の歴史ブログ 真実ではない今川義元の上洛説? 永禄三年(1560)五月一九日、尾張の桶狭間とその周辺で、信長は尾張に侵攻してきた今川義元の大軍を破った。いわゆる桶狭間の戦いである。当時、義元は駿河と遠江を中心に、三河の大半と尾張の一部に... -
日本100名城
安土城跡(近江八幡市):織田信長の天下布武の城 大手道と石垣、三年で焼けた天主
安土城とは 安土城は、織田信長が天下統一の拠点として築いた城である。琵琶湖に突き出た安土山(標高約199メートル)に、天正四年(1576)から築かれた。 信長が住んだのはわずか三年ほどで、天正十年(1582)の本能寺の変の直後に天主と本丸を焼失。天正... -
関東・甲信
千葉城(亥鼻城):千葉常胤が源頼朝の挙兵に呼応 戦国時代初期まで栄えた千葉氏 千葉城
【城名】 千葉城(亥鼻城) 【千葉城の説明】 源頼朝が平家打倒のために挙兵した際に、これに「千葉常胤」が呼応し一時は下総国にて栄えた。 千葉氏の城館跡で一般的には「亥鼻城(いのはなじょう)」又は千葉城(ちばじょう)と呼称されている。千葉城は... -
近畿
有岡城(伊丹城):荒木村重の説得を試みた黒田官兵衛が幽閉された有岡城
【城名】 有岡城(伊丹城) 【城の説明】 天正6年(1578年)荒木村重が、石山本願寺の誘いに乗り信長に背いた。さらに、黒田官兵衛の主人「小寺政職」も荒木村重や毛利の誘いに乗り毛利方となってしまう。 官兵衛は村重の翻意を確かめるべく会いに行くが逆... -
戦国時代
井伊直政:彦根駅前 徳川四天王の一人 井伊直政像
【史跡名】 徳川四天王の一人 井伊直政像 【史跡の説明】 井伊直政は徳川四天王の一人に数えられ、旧武田家の家臣団を多く抱えた「井伊の赤備え」で有名な武将である。 関ヶ原の戦いの戦功で近江(滋賀県)佐和山城主となり、後に城を彦根に移し現在の彦根... -
近畿
上月城:山中鹿之助の籠城戦 小早川隆景・吉川元春率いる毛利軍に包囲 悲運の城 上月城
【城名】 上月城 【城の説明】 延元元年(1336年)に赤松氏の一族「上月景盛」によって築かれた城である。その後、赤松氏の城となり戦国期には「赤松政範」が城主となっていたが織田信長の家臣・羽柴秀吉が中国平定に乗り出すと、あえなく落城する。 山陰... -
九州・沖縄
宇土城:関ヶ原の戦いで敗れた西軍の将小西行長の居城 宇土城
【城名】 宇土城 【宇土城の説明】 宇土城は、熊本県宇土市に存在した城である。小西行長によって宇土古城の東に位置する丘に築かれた平山城であり、3重の天守などが建てられた。しかし「小西行長」が関ヶ原の戦いに敗れ、肥後北東部(隈本)を所領として... -
中国
岩国城:錦帯橋で有名な岩国藩 藩祖吉川広家が居城 日本100名城の一つ 岩国城
【城名】 岩国城 【城の説明】 岩国城は山口県岩国市横山にあった山城である。 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いに敗れた「毛利輝元」は大幅に領地を減らされた。それに伴い家臣達も大幅に禄高を減らされ「吉川広家」は岩国の地に3万石として入城した。 江... -
日本100名城
小諸城:国の重要文化財 懐古園の入り口三の門 小諸城
【城名】 小諸城 【城の説明】 小諸城は戦国時代に武田信玄の信州経営のために「山本勘助」が縄張りを定めたと言われている。 織田信長の時代には「滝川一益」の支配する城となったが、本能寺の変、そして関東全域を支配する「北条氏政」との神流川の戦い... -
関東・甲信
一郷山城:関東管領上杉憲実の平井城防衛のために築城された一郷山城模擬天守
【城名】 一郷山城 【説明】 関東管領の上杉憲実を守るために多比良城の支城として築城されたという。 しかし、永禄六年(1563年)武田信玄の西上野侵攻戦の時に落城し消失したとのこと。 【一郷山城・場所・アクセス】 〒370-2115 群馬県高崎市吉井町多比... -
近畿
伏見桃山城:関ヶ原の戦い前に鳥居元忠率いる残留部隊が全滅した伏見桃山城
【城名】 伏見桃山城 【伏見桃山城の説明】 関ヶ原の戦い前に会津へ上杉討伐に向かう徳川家康から伏見留守を鳥居元忠が命じられました。慶長5年(1600年)、鳥居元忠率いる約1800名の残留部隊が宇喜多秀家・小西行長ら大阪方に攻められて全滅。 写真は鳥居... -
北海道・東北
多賀城:陸奥国府や鎮守府が置かれ行政・軍事の拠点となった日本100名城多賀城
【写真タイトル】 陸奥国の国府や鎮守府が置かれ行政・軍事の拠点となった日本100名城の一つ多賀城 多賀城は現在の宮城県多賀城市にあった城(国府)である。奈良時代に陸奥国の国府や鎮守府が置かれ、ここで治世や軍事的な役割も果たしていた。平安時代に... -
近畿
御着城:黒田官兵衛の主君小寺政職の居城御着城(2014年大河ドラマ)
【城名】 御着城 【説明】 その小寺氏が居城とした御着城は、茶臼山城、天川城とも呼ばれ、現在は姫路駅からJR山陽本線で一駅の御着駅から徒歩10分ほどのところに位置しています。小寺氏の前は赤松氏が守護所として使っていたとされています。 現在、遺構... -
歴史ブログ
関ヶ原の戦い(後編):徳川家康と石田三成 戦国史上東西大合戦
【合戦名】 関ヶ原の戦い(後編) 【説明】 さて、徳川家康が関ヶ原に到着したのは九月十四日であった。そして付近の赤坂へ進み、岡山という小高い山の頂上を本陣とした。西軍(反家康軍)は関ヶ原の西方にあたる小関村に陣を取り、東軍(家康軍)と対峙す... -
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関ヶ原の戦い(前編):徳川家康と石田三成 戦国史上東西大合戦
【合戦名】 関ヶ原の戦い(前編) 【説明】 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いは知る人ぞ知る、東西を大きく二分して「岐阜県不破郡関ケ原町」で争われた世紀の大合戦です。豊臣秀吉の死後、徳川家康は五大老・ご奉行の合議制を形骸化して実質的な政権運営者... -
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山内一豊:苦労の末に土佐一国の城主となった戦国武将
【名前】 山内一豊 【説明】 『苦労の末に土佐一国の城主となった戦国武将』 山内一豊はNHKの大河ドラマ「功名が辻」で一躍有名になった戦国武将です。 父が織田信長と同族の岩倉織田家に仕えていたが、信長に滅ぼされてしまい一族は離散する。 その後、一... -
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川中島の戦い(後編):上杉謙信と武田信玄の大合戦 啄木鳥の戦法(後編)
【合戦名】 川中島の戦い 【説明】 戦国史上あまりにも有名な川中島の戦い “後編” をご紹介させて頂きます。前編では武田軍に悟られないように上杉謙信が妻女山を降りてきたところで終わりました。 十日朝、武田本隊の目の前に突如上杉軍一万三千が陣取っ...
