大河ドラマ特集– category –
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の放送内容にあわせた解説記事をまとめています。
-
大河ドラマ特集
北条家の領国とは|最大240万石の領地図・支城と城主・従った国衆・領国経営をわかりやすく
戦国北条家の領国を地図で解説。最大約240万石の範囲、八王子城・鉢形城など一門と重臣を置いた支城と城主、成田・千葉・佐野など従った国衆、虎の印判状や検地・所領役帳など領国経営のしくみまで。 -
大河ドラマ特集
名胡桃城事件とは|猪俣邦憲はどう奪った?なぜ名胡桃だけ真田領?秀吉・真田の罠説も解説
天正17年の名胡桃城事件を史料で解説。猪俣邦憲が内通と偽書状で名胡桃城を奪った経過、秀吉の沼田裁定でなぜ名胡桃だけが真田に残されたのか、秀吉・真田の罠説まで。『豊臣兄弟!』で北条氏政を演じるのは谷原章介さん。 -
大河ドラマ特集
淀殿はなぜ豊臣家を仕切れたのか:家老のいない豊臣家、片桐且元の退去、大野治長と女房衆 ─ 北条政子・寿桂尼・おつやの方ら「家を動かした女性たち」と比べる
秀吉の死後、淀殿(茶々)はなぜ豊臣家を動かせたのか。一門も譜代もない豊臣家、崩れた五大老・五奉行、家康に認められた家老・片桐且元の退去、乳母の子・大野治長と大蔵卿局ら女房衆。北条政子・寿桂尼・おつやの方らと比べて考える。 -
大河ドラマ特集
浅井井頼とは:茶々・初・江の弟、浅井家でただ一人生き延びた男子 ─ 小谷落城の年に生まれ、秀長に仕え、大坂の陣を戦い、京極家の「作庵」として終わるまで
浅井井頼は浅井長政の庶子で、茶々(淀殿)・初・江の母違いの弟。小谷落城の年に生まれて生き延び、羽柴秀勝・豊臣秀長・増田長盛に仕え、大坂の陣では姉のいる大坂城で戦った。京極家の客分「作庵」となった最後と、浅井家が大名に戻れなかった理由。 -
大河ドラマ特集
【筆者のもしも】茶々は本当は誰に嫁ぐはずだったのか:京極高次?羽柴秀勝?結城秀康? 家康・秀保・石田三成・大野治長・木村重成説まで考えてみた ─ 『豊臣兄弟!』第39回「茶々の本心」
茶々(淀殿)が秀吉以外に嫁いでいたら? 妹の初・江の縁組から、京極高次・羽柴秀勝(於次)・結城秀康を筆者の「ありえた度」でランキング。家康・秀保、石田三成・大野治長・木村重成説の真偽と、天正11年説まで。 -
大河ドラマ特集
秀吉が引き抜いた・引き抜こうとした武将たち:石川数正、立花宗茂、直江兼続、片倉小十郎、伊集院忠棟… 天下人の「人たらし」と主家の悲鳴 ─ 『豊臣兄弟!』
秀吉が他家から引き抜いた・引き抜こうとした武将を一覧で。徳川の石川数正、大友の立花宗茂、毛利の小早川隆景、龍造寺の鍋島直茂、島津の伊集院忠棟、誘いを断ったと伝わる直江兼続・片倉小十郎まで。 -
大河ドラマ特集
石川数正の出奔で徳川家はどう変わったのか:「筒抜け」を恐れて軍制を武田流(甲州流)に改めた家康と、小笠原貞慶の離反、天正地震まで ─ 『豊臣兄弟!』
石川数正の出奔で徳川の手の内は秀吉に筒抜けになりかねなかった。家康が軍制を武田流(甲州流)に改めたという話の真偽、小笠原貞慶の離反、十六日後の天正地震まで、出奔の影響を整理。 -
大河ドラマ特集
秀吉の側室は何人いたのか:茶々・松の丸殿・加賀殿・三の丸殿・姫路殿…寧々はどう向き合ったのか ─ 『豊臣兄弟!』第39回「茶々の本心」の背景
秀吉の側室で名前と出自がわかるのは十人ほど。フロイスの「三百人」は誇張。茶々・松の丸殿(京極竜子)・加賀殿・三の丸殿・姫路殿らの出自と呼び名、寧々の立場、醍醐の花見の杯争いの真相まで。 -
大河ドラマ特集
大政所(なか)とは:『豊臣兄弟!』坂井真紀が演じる秀吉・秀長の母 ─ 岡崎へ送られたのは人質と知っていたのか、娘に会いたかっただけなのか
この記事のポイント大政所(なか)は、秀吉・秀長・旭・ともの母です。永正13年(1516)に尾張で生まれ、秀吉が関白になった天正13年(1585)に「大政所」の称号を受けました天正14年(1586)、「娘の旭の見舞い」という名目で三河の岡崎へ送られました。... -
大河ドラマ特集
甚助(副田吉成)とは:『豊臣兄弟!』前原瑞樹が演じるあさひ(旭姫)の夫は実在? ─ 家康との縁組で離縁させられた男の石高・その後と、旭姫の最期
この記事のポイント『豊臣兄弟!』で前原瑞樹さんが演じる甚助は、秀吉・秀長の妹「あさひ(旭姫)」の夫で、史実の副田甚兵衛吉成がモデルです。旭の前夫には、副田吉成説と佐治日向守説の二つがあります副田吉成は尾張出身で、秀吉の直臣でした。秀長の... -
大河ドラマ特集
松代城(長野市):武田信玄の海津城から真田十代の松代藩へ ─ 真田信之が上田から移った城と、太鼓門・本丸石垣の見どころ
この記事のポイント松代城(長野県長野市)は、武田信玄が川中島の戦いの拠点として築いた「海津城」がはじまりです。築城は永禄2年(1559)から翌年にかけてとされ、山本勘助が縄張りをしたと伝わります武田家の滅亡後は城主が次々に替わり、元和8年(162... -
大河ドラマ特集
第一次・第二次上田合戦:真田昌幸はなぜ二度、桁違いの徳川勢を退けられたのか ─ 尼ヶ淵の崖、町ごと囲う惣構え、引き込んで叩く兵の使い方
七千対二千、三万八千対二千五百。真田昌幸は上田城で二度、桁違いの徳川勢を退けました。地形・縄張・兵の使い方の三つと、あまり語られない「勝ちを決めたのは城の外だった」という事情まで。 -
大河ドラマ特集
徳川と真田は何でもめていたのか:沼田をめぐる争いと、秀吉が出した「三分の二と三分の一」の裁定|『豊臣兄弟!』第39回
『豊臣兄弟!』第39回で秀吉が和睦を命じた徳川と真田の対立。争点は上野の沼田ひとつでした。真田昌幸の言い分、第一次上田合戦、谷原章介が演じる北条氏政の思惑、そして四年後の沼田裁定までを領地図とともに。 -
大河ドラマ特集
真田家とは:幸隆・信綱・昌輝・昌幸・信之・信繁(幸村)の三代六人 ─ 『豊臣兄弟!』第39回で秀吉が「徳川と和睦せよ」と命じた信濃の一族
この記事のポイント真田家は、信濃国小県郡の真田郷(いまの長野県上田市真田町)を本拠とした一族です。武田信玄に仕えた真田幸隆(幸綱)が家を大きくし、子の昌幸、孫の信之(信幸)と信繁(幸村)へと続きました幸隆の長男・信綱と次男・昌輝は、天正3... -
大河ドラマ特集
秀長は本当に秀吉に茶々を勧めたのか:『豊臣兄弟!』第39回の予告と史実 ─ 記録はないが、茶々の城を建てたのは秀長だった
この記事のポイント秀長が秀吉に、茶々を側室として迎えるよう勧めたことを記した史料は見当たりません。第39回の予告にある筋立ては、ドラマの創作とみられます時期もずれています。第39回の舞台は天正13〜14年ごろですが、茶々が側室になったのは天正16... -
大河ドラマ特集
茶々は弓が得意だったのか:『豊臣兄弟!』で井上和が演じる茶々の弓と、大坂冬の陣で武具をまとった淀殿の史実
この記事のポイント茶々(淀殿)が弓を得意としていたことを示す記録は、見当たりません。ドラマで茶々が弓を引く場面は、創作とみられますただし、江戸時代の初めにまとめられた『当代記』には、大坂冬の陣のとき淀殿が武具を身につけ、武装した女房を三... -
大河ドラマ特集
茶々(淀殿)は本当に悪女だったのか:医学天正記に残る「気鬱」 ─ 曲直瀬玄朔が診た、気の強さだけではない素顔
この記事のポイント豊臣家の医師・曲直瀬玄朔の診療記録『医学天正記』には、慶長6年(1601)6月、淀殿が「気鬱」で食が進まず、めまいや頭痛に悩んで薬を処方されたことが記されています慶長8年(1603)5月にも、気鬱に加えて胸の痛み、食の衰え、頭痛で... -
大河ドラマ特集
秀吉に実子はいたのか:長浜の石松丸、鶴松、秀頼 ─ 『豊臣兄弟!』で茶々が求められた「後継者」の史実
この記事のポイント秀吉の実子として確かなのは、茶々(淀殿)が産んだ鶴松と秀頼の二人です。正室の寧々とのあいだに子はいませんでした長浜城主のころ、「石松丸」という男子がいたことが記録に残り、天正4年(1576)10月に亡くなっています。ただし、実... -
大河ドラマ特集
茶々(淀殿)の生涯:『豊臣兄弟!』で井上和が演じる浅井三姉妹の長女 ─ 浅井家の血筋、二度の落城、秀吉の妻、秀頼の母、大坂城の最期と墓・ゆかりの地まで
茶々(淀殿)の生涯を一つにまとめた完全ガイド。浅井長政とお市の方の長女としての血筋、小谷城・北ノ庄城の二度の落城、秀吉の妻、寧々との関係、鶴松と秀頼、秀次事件、関ヶ原、大坂の陣の最期、秀頼の遺児、墓とゆかりの地まで。 -
大河ドラマ特集
秀吉はなぜ城をいくつも建てたのか:大坂・聚楽第・名護屋・伏見、四つの拠点の役割分担
秀吉は移り住んだのではなく、役割を分けて同時に持っていました。軍事と経済は大坂、朝廷と向き合う政庁は京の聚楽第、朝鮮出兵の司令部は肥前名護屋、晩年の拠点が伏見。そして建てるのと同じ熱心さで壊してもいました。
