- 『豊臣兄弟!』第46回では、倉沢杏菜が演じるあさひが血を吐き、指先の爪が黒く変わるほど弱っていき、家族の田植えを見守りながら息を引き取る場面があるようです
- 史実の旭姫(あさひ)は天正18年(1590)1月14日、京都の聚楽第で亡くなりました。数えで48歳です
- 前の年の11月から病に伏していたと伝わりますが、何の病だったのかを記した史料はなく、死因はわかっていません
- 最終回では、秀長が自分の病を「あさひと同じ病かもしれぬ」と打ち明けるようです。秀長の病名も記録になく、二人を同じ病で結ぶのはドラマの脚色とみられます
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第46回では、秀吉・秀長の妹で家康の正室となったあさひ(倉沢杏菜)が、病に倒れて亡くなるようです。伝えられているあらすじでは、秀長たちの看病もむなしく、あさひは血を吐き、指先の爪が黒く変わっていき、最期は母・なかの思いつきで庭につくった田んぼで家族が田植えをする姿を見ながら、静かに目を閉じます。では、史実のあさひ(旭姫)は何の病で亡くなったのでしょうか。

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結論:死因は記録に残っていない
旭姫が亡くなったのは天正18年1月14日、場所は京都の聚楽第で、数えで48歳でした。天正17年11月には病に伏していたと伝わりますが、どんな病だったのかを書きとめた史料は見当たりません。吐血や黒い爪といった症状も記録にはなく、ドラマの描写は創作です。
晩年の旭姫は病がちで、臨済宗に深く帰依していたともいわれます。亡骸は京の東福寺の塔頭・南明院に葬られ、のちに家康は南明院を手厚く保護しました。駿府の瑞龍寺にも墓が建てられています(旭姫はなぜ駿府ではなく京都で亡くなったのか)。
旭姫の最期までの年表
| 天正14年(1586)5月 | 浜松の家康に嫁ぐ。44歳 |
|---|---|
| 天正14年12月 | 家康が本拠を駿府に移し、旭姫も駿府へ。「駿河御前」と呼ばれる |
| 天正16年(1588) | 母・大政所の病を見舞うため京へのぼる |
| 天正17年(1589)11月 | 病に伏していたと伝わる |
| 天正18年(1590)1月14日 | 聚楽第で亡くなる。48歳 |
旭姫が亡くなったちょうどそのころ、家康の跡継ぎの長丸(のちの秀忠)が京にのぼっていました。旭姫の死で徳川と豊臣を結ぶ縁が切れるのを避けるため、秀吉は養女の小姫を秀忠と縁組させています(旭姫の死と秀忠の上洛)。
「秀長と同じ病」は史実か
最終回のあらすじでは、小田原攻めを前に倒れた秀長が、医師の見立てを秀吉に問われ、自分の病は先に亡くなったあさひと同じかもしれないと打ち明けるようです。
史実の秀長も、天正19年(1591)1月22日に大和郡山城で亡くなるまで、何年も病に苦しんでいましたが、史料が伝えるのは「病死」ということだけで、病名はわかっていません。労咳(肺結核)などの説も、後の人が推し量ったものにすぎません(豊臣秀長の死因は何だったのか)。
ただ、旭姫が病に伏していた天正17年11月、秀長もまた体をこわし、有馬の湯でおよそ1か月の湯治をしていました。兄妹がほぼ同じころに病んでいたのは事実で、ドラマはこの重なりを「同じ病」という形でつないだのかもしれません。

田植えの場面は史実か
死の床のあさひのために、なかが庭をつぶして田んぼをつくり、秀吉や秀長が泥だらけで田植えをする──。この場面を伝える記録は見当たらず、ドラマのオリジナルとみられます。旭姫が亡くなったのは真冬の1月で、田植えの季節でもありません。
それでも、尾張中村の百姓の家に生まれ、44歳で兄の都合により家康に嫁いだあさひにとって、ふるさとの田んぼは何よりの思い出だったはずです。秀吉・秀長兄弟が育った中村がどんな村だったのかは秀吉・秀長の故郷、尾張中村はどんな村だったのかで、あさひの生涯は旭姫(朝日姫)の生涯で紹介しています。
よくある質問
Q. あさひ(旭姫)の死因は何ですか?
A. 史料に病名は残っておらず、わかっていません。天正17年11月から病に伏していたと伝わります。
Q. 旭姫はいつ、どこで亡くなりましたか?
A. 天正18年(1590)1月14日、京都の聚楽第で亡くなりました。数えで48歳です。
Q. 旭姫の墓はどこにありますか?
A. 京都・東福寺の塔頭の南明院と、静岡の瑞龍寺にあります。
まとめ
『豊臣兄弟!』第46回で描かれるあさひの最期。史実の旭姫は天正18年1月14日に聚楽第で亡くなりましたが、何の病だったのかは記録に残っていません。吐血や黒い爪、秀長と同じ病という設定はドラマの脚色ですが、旭姫と秀長がほぼ同じころに病んでいたのは確かです。兄の天下のために嫁いだ妹の最期を、ドラマはふるさとの田植えという形で描こうとしているのでしょう。
参考:和樂web、プレジデントオンラインの旭姫に関する記事

