真田紐とは|九度山の真田父子が作らせた紐は本当か ─ 組紐との違い、名前の由来の諸説、茶道具の箱紐まで|ドラマ『真田十勇士』で十勇士が作りお国が売り歩いた紐

縁側の小さな織台で平たい紐を織る手元と、できあがった縞模様の紐(イメージイラスト)
この記事のポイント
  • 真田紐は、木綿などの糸を平たく厚く織った、丈夫な紐です。「紐」と呼ばれますが、組んで作る組紐とは違い、縦糸と横糸を織って作る「織物」です
  • 名前の由来には諸説あり、真田昌幸が刀の柄巻に使った、九度山の真田父子が作らせて売り歩かせた、などの話が伝わります。一方で、幅の狭い織物を指す「さのはた」がなまったもので真田家とは関係がない、という説もあります
  • 伸びにくく丈夫なことから、刀の柄巻や下げ緒、甲冑、そして茶道具を収める桐箱の紐として広く使われてきました。美術工芸品の保存箱の紐を作る技術は、国の「選定保存技術」にも選ばれています
  • ドラマ『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』第1話では、九度山で十勇士が内職として紐を作り、お国(久間田琳加さん)が売り歩く場面が描かれました

ドラマ『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』の第1話で、九度山の十勇士たちが内職として作っていたのが「真田紐」でした。お国(久間田琳加さん)が売り歩いた紐はすべて売れ、幸村(安藤政信さん)はその銭を九度山の村人に分け与えます。真田の名を冠したこの紐は、どんなもので、本当に真田家とかかわりがあるのでしょうか。この記事では、真田紐とは何か、名前の由来の諸説、そして今も続く使われ方をたどります。

縁側の小さな織台で平たい紐を織る手元と、できあがった縞模様の紐(イメージイラスト)
真田紐を織るイメージ。縦糸と横糸を織って作る、平たく丈夫な紐です(イラスト)
目次

真田紐とは ─ 平たく丈夫な「織物」の紐

真田紐は、木綿や絹の糸を使って、幅一センチから数センチほどの平たい帯状に織った紐です。縦糸と横糸を密に織り込むため、厚みがあって丈夫で、引っぱっても伸びにくいのが特徴です。縞模様や格子模様など、色糸で文様を織り出したものも多く、見た目にも美しい紐です。

「紐」というと、糸を斜めに組み合わせて作る組紐を思い浮かべる人も多いかもしれません。組紐は伸び縮みするのに対して、真田紐は機で織る織物なので、伸びにくく、重い物をしっかり結んでおくのに向いています。辞典によっては組紐の一種として扱うものもありますが、作り方からいえば「織物の紐」です。

名前の由来 ─ 真田家とのかかわりは本当か

真田紐の名前の由来には、いくつかの説があります。

説 内容
真田昌幸の刀の柄巻説 天正のころ、真田昌幸が刀の柄を巻くのにこの紐を使ったことから「真田」の名がついた(江戸時代の『安斎随筆』などに見える)
九度山の真田父子説 九度山に流された昌幸と信繁(幸村)が、暮らしの足しに家来に紐を作らせて売り歩かせた
真田幸村考案説 真田幸村が考え出した紐だという言い伝え
「狭織(さのはた)」説 幅の狭い織物の紐を「さのはた」と呼んでいたのが、なまって「さなだ」になった。真田家とは関係がないとする説

このうち、九度山の真田父子が作らせたという話は、とくによく知られています。関ヶ原のあと九度山に流された昌幸と信繁は、領地を失って収入がなく、兄の信之からの仕送りなどに頼る苦しい暮らしでした(真田昌幸と幸村はなぜ九度山に流されたのか)。そこで家来たちに丈夫な紐を作らせ、それを売り歩かせて暮らしの足しにした ─ さらに、紐を売りながら諸国をめぐった家来たちが、各地の様子を探って信繁に知らせていた、という話まで伝わっています。

▽ よく語られる話
真田紐は、九度山の真田幸村が考え出し、家来に売らせたのが始まりである。
▼ 史実ではこうです
真田紐の名前の由来ははっきりしていません。真田昌幸が刀の柄巻に使ったという説は江戸時代の随筆に見えますが、九度山の真田父子が作らせて売ったという話は伝承の域を出ません。幅の狭い織物を指す「さのはた」がなまって「さなだ」になったという、真田家とは関係のない説もあります。

真田紐はどこに使われてきたのか

伸びにくく丈夫な真田紐は、昔からさまざまなところで使われてきました。中世には、刀の柄を巻く柄巻や、刀を腰に結びつける下げ緒、甲冑のつなぎなど、武具に欠かせない紐でした。安土桃山時代に茶の湯が広まると、大切な茶道具を収める桐箱の紐として使われるようになり、茶道の家元ごとに決まった色や柄の真田紐を使うといった習わしも生まれました。

美術工芸品を収める保存箱の紐として、真田紐は今も欠かせない存在です。手作業で真田紐を織る技術を持つ職人は少なくなっていて、美術工芸品の保存箱の紐(真田紐)を作る技術は、令和3年(2021)に国の「選定保存技術」に選ばれました。身近なところでは、帯締めやストラップ、カメラの紐などにも使われています。

ドラマ第1話の真田紐

ドラマの第1話では、九度山で幸村に仕える由利鎌之助や三好伊佐、根津甚八、海野六郎、望月六郎、穴山小助らが、内職として紐を作りながら暮らしていました。徳川方の監視役・首藤景明(橋本じゅんさん)に真田家の米を半分に減らすと言い渡されるなか、冒頭で佐助に救われたお国がこの紐を売り歩き、すべて売り切ります。幸村はその銭を、首藤に苦しめられている九度山の村人たちに分け与え、村人から深く感謝されました(九度山とは ─ 幸村が14年を過ごした高野山のふもとの里)。

真田紐で暮らしを立て、紐を売り歩きながら外とつながる ─ 九度山の真田父子にまつわる伝承を、そのまま十勇士とお国の物語に取り入れた場面といえます。紐を売り歩くお国が、外の情報を十勇士にもたらす役になっていくのかも、今後の見どころです。

よくある疑問

Q. 真田紐とは何ですか?
A. 木綿や絹の糸を平たく厚く織った、丈夫で伸びにくい紐です。組紐とは違い、縦糸と横糸を織って作る織物です。

Q. 真田紐は真田幸村が作ったのですか?
A. 九度山の真田父子が作らせて売ったという伝承はありますが、確かな史料はありません。真田昌幸が刀の柄巻に使ったという説や、「さのはた」がなまったという説もあり、由来ははっきりしていません。

Q. 真田紐と組紐の違いは?
A. 組紐は糸を斜めに組んで作り、伸び縮みします。真田紐は縦糸と横糸を織って作るため、伸びにくく丈夫です。

Q. 真田紐は今どこで使われていますか?
A. 茶道具や美術工芸品を収める桐箱の紐、刀の下げ緒、帯締めなどに使われています。保存箱の紐を作る技術は国の選定保存技術に選ばれています。

Q. ドラマで真田紐はどう描かれましたか?
A. 第1話で、九度山の十勇士が内職として紐を作り、お国(久間田琳加さん)が売り歩く場面が描かれました。

まとめ

真田紐は、平たく丈夫に織り上げた織物の紐で、刀の柄巻や甲冑、茶道具の箱紐として、昔から日本の暮らしと工芸を支えてきました。九度山の真田父子が作らせて売ったという話は伝承の域を出ませんが、真田の名とともに語り継がれ、ドラマでも十勇士とお国の暮らしを支える紐として描かれました。今も職人の手で織られ続ける真田紐に、九度山の物語を重ねてみてはいかがでしょうか。

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