【城名】
上田城
【城の説明】
「徳川軍を二度にわたり撃破、鉄壁の防御体制を誇った堅城」
天正十三年(1585年)の徳川軍との最初の戦い(第一次上田合戦)のおりには、まだ一応の完成をみるかどうかの時期であり、最低限の構えだけだったと思われる。

しかし、慶長五年の合戦(第二次上田合戦)までには、要所に櫓を配するなど近世城郭として整備された姿になっていた。
その様子は各種史料からだけではなく、金箔瓦の出土状況からもうかがえる。それらの出土地点などから見ても真田氏上田城は、仙石氏復興以降の上田城より数段堅固な防御態勢を取っていたと考えられるのである。

真田昌幸は、この城に拠って徳川軍の大軍を二度にわたって迎え撃ち、かつ退けたのであった。

【上田城地図】



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