立花城(立花山城):大友宗麟の重臣立花道雪の婿養子で名将の誉れ高い宗茂の立花城【お城特集 日本の歴史】

立花城(立花山城)/アクセス・場所・地図 大友宗麟の重臣立花道雪と婿養子で名将の誉れ高い宗茂の立花城【お城特集 日本の歴史】

【城名】
立花城(立花山城)

【立花城(立花山城)の説明】
立花城は福岡県新宮町・久山町にまたがる立花山山頂にあった山城である。
元徳2年(1330年)、豊後守護の「大友貞宗」次男「大友貞載」がこの地に築城し立花姓を名乗ったのが始まりとされている。

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この地は筑前を治める重要な場所で、多くの激戦が繰り広げられた。天正14年(1586年)7月には、立花宗茂がこの城に籠城し実父である「高橋紹運」の岩屋城を落とした「島津忠長」の軍勢約2万(一説には4万とも)を相手に善戦した。

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辛くも「豊臣秀吉」の九州征伐軍の来援により城を守り抜き、失った領地をすぐさま奪い返した。秀吉の九州征伐後は豊臣家の直臣となり柳川城へ加増移封となった。

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宗茂の移封後は「小早川隆景」が立花城へ入封したが流通や経済の拠点として機能しない立花城を支城にして、新たに「名島城」を築いて拠点とした。その後「黒田長政」が入封し、慶長6年(1601年)に「福岡城」を築き立花城は廃城となった。

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なお、福岡城の築城には立花城の資材を利用しており、立花城の遺構は古井戸跡や本丸跡に残る石垣など多くはない。

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【立花城(立花山城)・所在地・アクセス】
〒813-0002 福岡県福岡市東区下原

【立花城地図】



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