日本100名城– tag –
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九州・沖縄
琉球のグスク:今帰仁城・座喜味城・勝連城・中城城 ― 本土より百年早く積まれた曲線の石垣とアーチ門
沖縄には「城」と書いてグスクと読む石積みの遺構が、大小あわせて三百か所ほど残っています。今帰仁(なきじん)、座喜味(ざきみ)、勝連(かつれん)、中城(なかぐすく)。いずれも本土でいう戦国時代よりさらに前、室町のはじめごろにはもう高い石垣... -
中国
岩国城跡:完成から七年で壊された南蛮造りの天守と、幕末まで藩と認められなかった吉川家
岩国城は、関ヶ原の戦いのあと吉川広家が横山の山上に築いた城です。ところが完成からわずか七年で、一国一城令によって天守も櫓も取り壊されてしまいました。城としての寿命が七年しかなかった例は、全国を見てもそう多くありません。しかもこの地を治め... -
北海道・東北
多賀城跡:陸奥国府と鎮守府が置かれた城と、芭蕉が涙を落とした多賀城碑
この記事のポイント多賀城は戦国の城ではなく、奈良時代に置かれた国の役所であり、軍事の司令部でした。陸奥国府と鎮守府が同じ場所にあった、全国でも例の少ない城です。境内に立つ多賀城碑は、日本三古碑の一つに数えられます。松尾芭蕉が『おくのほそ... -
Photo (castle / historic site)
白河小峰城:日本100名城のひとつ白河小峰城
【写真タイトル】 日本100名城のひとつ白河小峰城 【コメント】 大きな地震で崩れた石垣の修復が続き、完了までに数年を要しました。 [Best_Wordpress_Gallery id="3" gal_title="komine"] 結城氏が築き、丹羽長重が石垣の城にした 白河小峰城は、南北朝の... -
九州・沖縄
吉野ヶ里遺跡:弥生人がV字の壕で囲んだ四十ヘクタールと、天守も石垣もない遺跡が日本100名城に選ばれた理由
吉野ヶ里遺跡は、佐賀平野の北のへりに残る弥生時代の集落跡です。天守もなければ石垣もありませんが、日本100名城の八十八番に選ばれています。理由ははっきりしていて、ここが人の攻撃に備えて土地をまるごと囲いこんだ、日本でもっとも早い時期の痕跡だ... -
北陸
丸岡城:石の瓦を戴く現存天守と、「現存最古」が見直されたいきさつ
丸岡城は現存十二天守のひとつで、屋根が石で葺かれている全国唯一の天守です。笏谷石という越前の石を瓦の形に削って並べてあり、雪の重みと凍てつく寒さに耐えるための工夫でした。長らく現存最古の天守と紹介されてきましたが、近年の調査によってその... -
四国
高松城跡(玉藻公園):堀に潮が満ちる日本三大水城と、海へ開く水手御門
高松城は瀬戸内海に直接面して築かれた城で、三重の堀すべてに海水が引き込まれています。堀に鯛が泳ぎ、城の北側には海へ開く門がそのまま残る、日本でも数えるほどしかない海の城です。天守はすでになく、明治の半ばに老朽化のため解体されましたが、月... -
日本100名城
八王子城跡:関東では珍しい石垣の山城と、御主殿から出たベネチアのガラス
【城名】 八王子城 【城の説明】 八王子城は、武蔵国(東京都八王子市元八王子町)にあった城です。北条氏の本城である小田原城の支城であり、関東の西に位置する軍事上の拠点でした。八王子城は標高445mの深沢山(現在の城山)に築城されており、典型的な... -
中国
松江城:祈祷札の再発見で国宝になった千鳥城と、堀尾吉晴が下りた宍道湖のほとり
松江城は宍道湖のほとりに建つ現存天守で、黒い下見板に覆われた重厚な姿から千鳥城とも呼ばれます。堀尾吉晴が月山富田城の山を下りて築いた城で、以後、京極氏、松平氏と受け継がれました。長く重要文化財だった天守が国宝に指定されたのは近年のことで...
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