関口メンディーが演じる柘植が食べた「豆のような丸薬」は兵糧丸?|『真田十勇士』第3話 ─ 忍者の携帯食の材料と作り方、水渇丸・飢渇丸

山中の岩陰で、布袋から兵糧丸を取り出す忍び(イラスト)
この記事のポイント
  • ドラマ『真田十勇士』第3話で、柘植清弘が食べると力が出た「豆のような丸薬」は、忍者や武士が持ち歩いたと伝わる携帯食「兵糧丸」を思わせるものです
  • 兵糧丸は、米や穀物の粉に、高麗人参などの生薬や砂糖を混ぜて練り、丸めて乾かしたものです。伊賀の忍術書『万川集海』や、甲賀の忍法伝書『老談集』に作り方が伝わります
  • 忍術書には、のどの渇きをいやす「水渇丸」や、飢えをしのぐ「飢渇丸」といった丸薬も記されています。少ない量で長く動けるよう工夫された、いまの携帯栄養食のような食べ物でした
  • ただし、食べればたちまち怪力になるような薬ではありません。ドラマの丸薬は、兵糧丸の言い伝えをふくらませた物語の工夫といえます

11月6日に放送されたドラマ『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』第3話では、大坂へ向かう幸村(安藤政信さん)たちを、徳川の刺客・柘植清弘(関口メンディーさん)が追いつめました。柘植は豆のような丸薬を口にすると力がみなぎる、という不気味な設定で十勇士を苦しめますが、仲間のふりをした三好伊佐(武井壮さん)に、鹿の糞を混ぜた偽物の丸薬を飲まされて腹をこわし、退散します。では、忍者が丸薬を持ち歩いていたというのは本当なのでしょうか。この記事では、忍術書に伝わる携帯食「兵糧丸」と、その仲間の丸薬について紹介します。

目次

兵糧丸とは ─ 忍者や武士の携帯食

兵糧丸は、穀物の粉に生薬などを混ぜて練り、小さな団子のように丸めて乾かした携帯食です。一粒が二十〜三十グラムほどの大きさで、戦や長い旅のあいだ、腰の袋などに入れて持ち歩き、少しずつ口にしたと伝わります。忍者だけでなく、戦国時代の武士たちも同じような携帯食を使っていたとされます。

戦の場では、炊事の煙を上げれば敵に居場所を知られてしまいます。敵地に忍びこんで何日も潜む忍びにとって、火を使わずに食べられ、軽くて腐りにくく、少ない量で力が出る食べ物は欠かせないものでした(戦国の忍びはどう雇われ、何をもらったのか)。

行灯の明かりの下で忍術書を書きまとめる伊賀の武士(イラスト)
兵糧丸などの丸薬の作り方は、伊賀や甲賀の忍術書に書き残されている(イメージ)

忍術書に伝わる作り方

兵糧丸の作り方は、伊賀の藤林保武がまとめたとされる忍術書『万川集海』や、甲賀に伝わる忍法伝書『老談集』などに記されています。家や流派によって材料や配合はまちまちだったとされますが、『老談集』に見える兵糧丸の材料は、次のようなものです(くノ一は実在したのか)。

材料 どんなものか
うるち米・もち米 粉にして生地のもとにする。腹もちのよい主食
高麗人参 滋養強壮に使われてきた生薬
氷砂糖 当時は貴重品。すぐに力になる甘み
ヨクイニン はとむぎの種を干したもの
桂心 肉桂(ニッキ・シナモン)の皮
山薬 自然薯などの山芋を干したもの
蓮肉 蓮の実を干したもの

これらを粉にして混ぜ、水や酒で練って丸め、日に干して固めます。米や山芋で腹を満たし、砂糖ですばやく力をつけ、生薬で体を整える、という考え方で作られていたことがわかります。伊賀や甲賀では、いまも忍術書の記述をもとに兵糧丸を再現したお菓子が作られています。

のどの渇きには「水渇丸」、飢えには「飢渇丸」

忍術書には、兵糧丸のほかにも、忍びの任務を支える丸薬が記されています。よく知られているのが「水渇丸」です。梅干しの果肉に砂糖と、のどの薬として使われてきた麦門冬(ジャノヒゲの根を干したもの)を混ぜて丸めたもので、口に含むと唾がわき、水のない場所でものどの渇きをしのげたといいます。梅干しの酸っぱさを思い浮かべるだけで唾が出てくる、あの仕組みを利用した工夫です。

飢えをしのぐための「飢渇丸」と呼ばれる丸薬もあったと伝わります。いずれも、少ない量を口にするだけで、何日も潜んだり歩き続けたりできるように工夫されたもので、いまの携帯栄養食やエナジーバーの先駆けともいわれます。

▽ よく語られる話
忍者は、一粒食べれば何日も飲まず食わずで動ける、不思議な丸薬を持っていた。
▼ 史実ではこうです
兵糧丸や水渇丸は、米や生薬、砂糖、梅干しなどを使った、栄養と保存性を考えた携帯食でした。少しずつ口にして空腹や渇きをしのぐためのもので、一粒で何日も動けたり、たちまち力がわいたりするような魔法の薬ではありません。忍者の丸薬が不思議な力を持つように語られるのは、のちの講談や小説、映画の影響が大きいと考えられます。

戦国の武士は何を持ち歩いたのか

兵糧丸のほかにも、戦国の武士たちはさまざまな携帯食を工夫していました。炊いた米を干した「干し飯(ほしいい)」は、水や湯でもどせばすぐに食べられ、そのままかじることもできました。里芋の茎を味噌で煮しめて縄のように編んだ「芋がら縄」は、ふだんは荷物を縛る縄として使い、いざとなれば切って鍋に入れると味噌汁になったといわれます。梅干しや焼き味噌も、腐りにくく塩気がとれる大切な携帯食でした。

兵の食料は、戦の勝ち負けを左右する大事な問題でした。大坂の陣の前、豊臣家が大坂の蔵屋敷の米を集め、兵糧を買い入れたのも、籠城に備えるためでした(大坂の陣で豊臣方についた大名はいたのか)。

ドラマ『真田十勇士』第3話の丸薬

第3話の柘植は、豆のような丸薬を食べることで、十勇士がかなわないほどの力を出していました。そこへ三好伊佐が仲間のふりをして近づき、見た目を似せた偽物の丸薬を飲ませます。中身は鹿の糞を混ぜたもので、柘植は腹をこわして退散しました。力の源をすり替えて弱らせるという、忍者の物語らしい知恵比べでした(柘植清弘とは/三好清海入道・伊三入道とは)。

史実の兵糧丸に、食べてすぐ怪力になるような力はありませんが、忍びが自分たちで薬を調合し、体を支えていたことは確かです。第1話で家康が使った「英気が出る薬」にも、家康が自ら薬を調合していたという史実の背景がありました(徳川家康は薬を自分で作っていたのか/『真田十勇士』キャスト・相関図一覧)。

よくある疑問

Q. 兵糧丸とは何ですか?
A. 米や穀物の粉に生薬や砂糖などを混ぜて練り、丸めて乾かした携帯食です。忍者や武士が戦や旅のあいだに持ち歩いたと伝わります。

Q. 兵糧丸の材料は何ですか?
A. 甲賀の忍法伝書『老談集』には、うるち米、もち米、高麗人参、氷砂糖、ヨクイニン、桂心、山薬、蓮肉などが記されています。家や流派によって材料は異なったとされます。

Q. 水渇丸とは何ですか?
A. 梅干しの果肉に砂糖と麦門冬を混ぜて丸めた丸薬で、口に含むと唾がわき、水のない場所でものどの渇きをしのげたといいます。

Q. ドラマの柘植の丸薬は本当にあったのですか?
A. 食べるとたちまち怪力になる丸薬は物語の工夫です。ただ、忍者が兵糧丸などの丸薬を携帯していたことは、忍術書から確かめられます。

まとめ

兵糧丸は、米や生薬、砂糖などを練って丸めた、忍者や武士の携帯食でした。伊賀の『万川集海』や甲賀の『老談集』には作り方が伝わり、のどの渇きをいやす水渇丸などの丸薬もありました。火を使わず、少ない量で長く動けるよう工夫された食べ物で、いまの携帯栄養食の先駆けともいえます。ドラマの柘植の丸薬は、こうした忍者の丸薬の言い伝えに、物語らしい力を加えたものといえるでしょう。

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運営者・佐藤秀信
このサイトの運営者 佐藤秀信
子どものころ、父と一緒に見た大河ドラマ『独眼竜政宗』『武田信玄』で歴史が好きになり、年末の時代劇スペシャル『白虎隊』『五稜郭』で幕末にのめり込みました。2016年から『日本の歴史ガイド』を運営し、全国の名城や城跡、史跡、銅像を訪ね歩いては、現地の解説板と史料を読み比べて記事を書いています。
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