下田城:豊臣秀吉の北条攻めで清水康英が一ヶ月の籠城の末に開城した下田城【お城特集 日本の歴史】

下田城/アクセス・場所・地図 豊臣秀吉の北条攻めで清水康英が一ヶ月の籠城の末に開城した下田城【お城特集 日本の歴史】

【城名】
下田城

【下田城の説明】
下田城は静岡県下田市にあった平山城である。
下田港の入口に位置し岬全体が城としての機能を果たしていた。

下田城/アクセス・場所・地図 豊臣秀吉の北条攻めで清水康英が一ヶ月の籠城の末に開城した下田城【お城特集 日本の歴史】

築城時期は不明だが戦国時代には「北条氏康」の家臣「朝比奈孫太郎」が城主として任命されていた。豊臣秀吉が天下統一のため関東の北条攻めを決断すると、下田城主は伊豆衆の「清水康英」に代わり備えを固めた。

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天正18年(1590年)、ついに豊臣秀吉が関東へ軍を進めると海上からは「加藤嘉明」「脇坂安治」の豊臣水軍が下田城を囲んだ。康英は約600の城兵と約一ヶ月におよび城を支えたがついに降伏・開城し小田原へと退去した。

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北条征伐が終わると関東は徳川家康に与えられ、下田城主には家康家臣の「戸田忠次」が5千石にて就任した。しかし、慶長6年(1601年)2代目「尊次」が三河の田原城へ転封になると下田は徳川家の直轄領となった。

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徳川幕府はこの地に下田奉行を配置し、下田城は廃城となった。現在は下田公園として整備されており、土塁や見張り台跡などが残っている。

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【下田城・所在地・アクセス】
〒415-0023 静岡県下田市3-3-1174

【下田城マップ】



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