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北陸
栃尾城:上杉謙信が幼少期を過ごし跡目相続の初陣の場となった栃尾城
【城名】 栃尾城 【栃尾城の説明】 栃尾城は新潟県長岡市栃尾町にあった城です。 別名「舞鶴城」「大野城」とも呼ばれており、標高228mの鶴城山に築かれた戦国時代の典型的な山城です。 築城時期は不明だが戦国時代初期には上杉氏に属していた本庄氏が治め... -
四国
岩屋城(淡路):第一次木津川口海戦の前哨戦では織田信長に属した安宅宗景の居城 岩屋城
【城名】 岩屋城(淡路) 【岩屋城(淡路)の説明】 岩屋城は現在の兵庫県淡路市にあった山城である。岩屋城の歴史はとても古く、源平合戦の時代には大宮蔵人「源実春」が松帆の浦を統治していたと伝わる。 戦国時代に入ると安宅八家衆と呼ばれた「安宅宗... -
中国
庭瀬城(庭瀬陣屋):戦国時代は三村元親の支城で江戸時代には板倉氏が支配した庭瀬城
【城名】 庭瀬城 【庭瀬城の説明】 庭瀬城は岡山県岡山市北区にある平城である。戦国時代に備中の「三村元親」が備前の「宇喜多直家」の侵攻に備える為に築かせたと伝えられている。 天正10年(1582年) 羽柴秀吉の備中高松城水攻めの際に、毛利輝元の国境... -
北陸
本与板城:直江景綱が与板城へ拠点を移すまで直江氏の本城だった 本与板城
【城名】 本与板城 【本与板城の説明】 本与板城は新潟県長岡市与板町本与板にあった山城です。 築城時期は不明だが、建武元年(1334年)に新田氏一族「籠沢入道」が築城したと伝えられています。 その後、越後国守護職上杉氏の重臣飯沼氏の居城となります... -
北陸
与板城:上杉景勝を支えた名将直江兼続の居城 与板城
【城名】 与板城 【与板城の説明】 与板城は新潟県長岡市与板町与板にあった山城である。 越後守護代長尾氏の重臣直江家の居城で、当初は本与板城を居城としていたが、天正年間の当主「直江景綱」の時代に現在の場所へ新たに築城し移転した。 この時に「本... -
東海
守山城(尾張):織田信長の叔父織田信光の居城 守山城
【城名】 守山城(尾張) 【守山城(尾張)の説明】 守山城は愛知県名古屋市守山区市場にあった平山城である。 大永元年(1521年)、今川氏豊が「那古野城」を築いた際に、小幡城・川村城に対する備えとして「松平信定」が築城した。 天文4年(1535年)に... -
四国
来島城跡(今治市):潮が守った島の城と、村上水軍が一枚岩でなかったこと
来島城(くるしまじょう)は、今治の沖に浮かぶ小さな島そのものを城にしたものです。来島海峡の潮がぶつかる場所にあり、村上水軍の三家のひとつ、来島村上氏が拠りました。天正十年(一五八二)、来島通総は毛利と河野から離れて織田方につきます。のち... -
関東・甲信
志村城跡(板橋区):中山道と荒川を見おろした城と、城跡が学校になる理由
志村城(しむらじょう)は、荒川の低地を見おろす台地の先に築かれた城です。豊島氏の一族が築いたとされ、享徳の乱ののちには武蔵へ逃れた千葉氏の一族が入りました。大永四年(一五二四)、北条氏綱に攻められて落城します。今、本丸跡には小学校、二の... -
東海
久能城(久能山城):家康の死去東照宮になるまでは駿河の重要な拠点だった久能城
【城名】 久能城(久能山城) 【久能城(久能山城)の説明】 久能城は現在の静岡市駿河区根古屋「久能山東照宮」にあった平山城である。 築城時期は南北朝時代にまで遡り、足利尊氏と弟直義の戦い「観応の擾乱」で直義方の「入江駿河守」が尊氏方の今川氏... -
東海
亀山城(伊勢):伊勢国守北畠氏の重臣関氏の居城 伊勢亀山城
【城名】 亀山城(伊勢) 【亀山城(伊勢)の説明】 伊勢亀山城は現在の三重県亀山市本丸町にあった平山城である。 文永2年(1265年)に伊勢平氏の流れをくむ「関実忠」によって伊勢国鈴鹿郡若山に築城された。 北伊勢国の重要な拠点として重きをなした城... -
近畿
亀山城(亀岡城):明智光秀が丹波経営のための拠点とした亀山城
【城名】 亀山城(亀岡城) 【亀山城(亀岡城)の説明】 亀山城は京都府亀岡市荒塚町周辺にあった平山城である。別名「亀岡城」とも呼ばれている。 織田信長の命を受けて丹波攻略を行っていた「明智光秀」が、亀岡盆地の中心であった亀山に天正6年(1578年... -
近畿
花隈城:有岡城の戦いでは最後の牙城として戦った荒木村重の支城 花隈城
【城名】 花隈城 【花隈城の説明】 花隈城は兵庫県神戸市中央区の元町駅西方にあった平山城です。 築城時期は「織田信長」が永禄10年(1567年)、荒木村重に命じて築かせたと伝わる説と、永禄11年(1568年)に和田惟政に摂津国を与えた時に築かせたとの説... -
関東・甲信
練馬城:としま園の敷地内にあり石神井城の豊島氏の支城だった練馬城
【城名】 練馬城 【練馬城の説明】 練馬城は現在の東京都練馬区向山にある遊園地「としまえん」の園内にあった平山城である。築城年代は不明だが、石神井城の豊島氏が支城として築いたと考えられている。 城代には豊島氏の家臣である「矢野将監」が任命さ... -
東海
八幡山城:十八歳の豊臣秀次が築いた城と、琵琶湖につながる八幡堀
八幡山城(はちまんやまじょう)は、滋賀県近江八幡市の八幡山にあった豊臣秀次の居城です。天正十三年(1585年)、十八歳(数え年)の秀次が近江四十三万石を与えられて築き、山麓には金箔瓦で飾った居館を構え、城下には琵琶湖とつながる八幡堀を掘りま... -
東海
長久保城跡(長泉町):今川・武田・北条が向き合った境目の城と、同盟が生まれる前
長久保城(ながくぼじょう)は、駿河と相模の境に近い長泉町にあった平山城です。今川・武田・北条の三者が向き合う位置にあり、その境目が動くたびに主が替わりました。天文年間には北条方がこの城に籠もり、今川・武田の軍と対峙しています。武田氏の滅... -
東海
二俣城:武田勝頼と家康譜代家臣の中根正照が激しく争った二俣城
【城名】 二俣城 【二俣城の説明】 二俣城は現在の静岡県浜松市天竜区二俣町二俣にあった山城である。 この城は二俣川と天竜川に挟まれた天嶮の城で武田信玄と徳川家康で激しく争った城として知られてる。 戦国時代に今川義元が駿河・遠江・三河にまで勢力... -
日本100名城
長篠城跡(新城市):五百の兵が一万五千を支えた断崖の城と、鳥居強右衛門の旗指物
愛知県新城市の長篠城跡は、豊川と宇連川が合流する断崖の上にあります。わずか五百ほどの守兵が武田勝頼の一万五千を相手に持ちこたえ、その包囲を解こうと織田・徳川の連合軍が駆けつけたことで、設楽原の決戦につながりました。城そのものは小さく、天... -
九州・沖縄
門司城:毛利元就と大友宗麟の間で争った激戦地 門司城
【城名】 門司城 【門司城の説明】 門司城は現在の福岡県北九州市門司区字古城山にあった山城である。 伝記によれば、元暦2年(1185年)に「平知盛」が家臣の「紀井通資」に命じて築いたという。 建長7年(1255年)に藤原親房が豊前代官として入城しすると... -
九州・沖縄
八代城:戦国大名相良義滋の居城の一つでその後島津氏に降った八代城
【城名】 八代城 【八代城の説明】 八代城は熊本県八代市にあった平城である。 江戸時代初期に球磨川河口の松江に幕府の許可を得て建築されたことから松江城とも言う。 戦国時代に人吉城の「相良義滋」がこの地を治めていたが、島津氏の北上に伴いこれに降... -
九州・沖縄
宮崎城:戦国時代は伊東氏の城で関ヶ原の戦い後は高橋元種の居城となった宮崎城
【城名】 宮崎城 【宮崎城の説明】 宮崎城は現在の宮崎県宮崎市池内町にあった山城である。 築城時期は定かではないが、建武2年(1335年)に南朝方だった「図師六郎入道隋円・慈円」父子により築かれたと言われており、別名を「池内城」という。 建武年間...
