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近畿
宇陀松山城:秀長の家臣が守った大和の山城と、小堀遠州が壊した総石垣の城、城下町に残る黒門
この記事のポイント宇陀松山城(奈良県宇陀市)は、南北朝時代に秋山氏が築いた「秋山城」がはじまりの山城で、国の史跡・続日本100名城です秀長が大和に入ると、伊藤義之・加藤光泰・羽田正親・多賀秀種と、豊臣方の武将が次々に城主を務めました関ヶ原の... -
歴史ブログ
伊達政宗はなぜ仙台城に天守を建てなかったのか:六十二万石が選んだ「見せない権威」
この記事のポイント 仙台城には天守がない。焼けたのではなく、最初から建てられなかった 理由は「徳川への配慮」だけではない。断崖の地形と大広間という別の権威の見せ方が揃っていた 天守を持たない・再建しない城は各地にある。水戸城、相馬中村城、金... -
北陸
勝山城(越前):柴田勝家の一族柴田勝安が築城した越前勝山城(模擬天守)
【城名】 勝山城(越前) 【勝山城の説明】 越前勝山城は現在の福井県勝山市にあった平城である。 柴田勝家が主君「織田信長」より越前国を拝領すると勝家は一族の「柴田勝安」に勝山城の築城を命じた。 勝家が滅び「豊臣秀吉」が天下を握ると、次々と城主... -
四国
西条陣屋(西条藩):一柳氏が3代で改易され紀州藩の支藩として松平氏が治めた西条陣屋
【城名】 西条陣屋(西条藩) 【西条陣屋(西条藩)の説明】 西条陣屋は、愛媛県西条市明屋敷にあった西条藩の藩庁である。寛永13年(1636年)、伊勢国神戸藩5万石から1万8千石の加増をうけ6万8千石で「一柳直盛」が立藩した。 しかし直盛は神戸から西条へ... -
北陸
大聖寺城:関ヶ原の戦いでは山口宗永が前田利長に攻められて籠城・自刃した大聖寺城
【城名】 大聖寺城 【大聖寺城の説明】 大聖寺城は石川県加賀市にあった平山城である。 築城時期は鎌倉時代で狩野氏によって築かれたとされている。 戦国時代に入ると越前国の「朝倉宗滴」が加賀に侵攻し、大聖寺城は一日にして陥落した。永禄10年(1567年... -
東海
霧山城(多気城):北畠具教が大河内城へ拠点を移すまで北畠氏の本城だった霧山城
【城名】 霧山城(多気城) 【霧山城(多気城)の説明】 霧山城(多気城)は現在の三重県津市美杉町上多気にあったの山城である。 伊勢国司の北畠氏の本拠地で1kmほど南東には多気御所(館)があり、平時は御所に住み有事には霧山城に拠っていたと考えられ... -
関東・甲信
上田城:真田昌幸が築城し徳川軍を散々苦しめた上田城
【城名】 上田城 【上田城の説明】 上田城は長野県上田市二の丸にあった梯郭式平城である。 築城時期は天正11年(1583年)、信濃国小県の真田本城主の「真田昌幸」が天正11年~天正18年にかけて築城したと伝わる。 上田城が一躍有名になったのが、天正13年... -
東海
波切城跡(志摩市):海を見張った九鬼氏の砦と、「海賊」と呼ばれた人びとの正体
波切城(なきりじょう)は、志摩半島の先端、大王崎のそばにあった城です。海に突き出した段丘の上に築かれ、規模は砦に近いものでした。南北朝のころ土豪の川面氏が構え、のちに九鬼氏が奪ってこの地を押さえます。九鬼嘉隆が志摩を制して鳥羽に城を築く... -
東海
田丸城:北畠具教・具房親子の居城で織田信長の攻撃で降伏・開城した田丸城
【城名】 田丸城 【田丸城の説明】 田丸城は現在の三重県度会郡玉城町田丸にあった平山城である。築城時期は南北朝時代で南朝方の「北畠親房・北畠顕信」により築かれたと伝わる。 康永元年(1342年)、足利尊氏の攻撃により落城する。その後、室町時代に... -
天空の城
赤木城:北山一揆鎮圧のため藤堂高虎が築城した天空の城 赤木城
【城名】 赤木城 【赤木城の説明】 赤木城は三重県熊野市紀和町赤木にあった平山城である。 築城時期は天正17年(1589年)年頃で、築城の名手「藤堂高虎」によって縄張りされた。 豊臣秀吉はこの地方で勃発した「北山一揆」を鎮めるために藤堂高虎と羽田長... -
東海
田城城:九鬼嘉隆が志摩国を追われるまで九鬼氏の本城となった田城城
【城名】 田城城 【田城城の説明】 田城城は現在の三重県鳥羽市岩倉町にあった志摩水軍九鬼氏の居城であった。 築城時期は天文10年(1541)、九鬼氏四代「泰隆」がこの地に城を築いたとされているが、それ以前に志摩十三地頭のひとり「田城左馬之助」が築... -
東海
木造城:織田信長の伊勢侵攻の際に寝返った木造具政の居城 木造城
【城名】 木造城 【木造城の説明】 木造城は三重県津市木造町にあった平城です。 貞治5年(1366年)、伊勢国司北畠氏の一族「木造顕俊」によって築かれました。 顕俊は「北畠顕能」の次男で木造城を築き木造氏を名乗った。さらに9代当主「木造具政」は、北... -
東海
鯰江城跡(東近江市):観音寺城が落ちてからの五年と、六角父子を迎えた在地の城
鯰江城(なまずえじょう)は、近江の東部にあった平山城です。観音寺城が織田信長に落とされたのち、六角義賢・義治の父子を迎え入れ、五年にわたって信長への抵抗を支えました。落城したのは天正元年(一五七三)、柴田勝家らの攻撃によります。城跡は住... -
東海
横山城:木下藤吉郎秀吉が浅井長政への抑えとして城番した横山城
【城名】 横山城 【横山城の説明】 横山城は滋賀県長浜市堀部町と石田町にまたがる場所にあった山城である。 築城時期は永禄4年(1561年)、浅井長政が南近江の六角氏への防衛拠点として築城させ、城主には一族の「浅井井演」を任命した。 長政は織田信長の... -
東海
宇佐山城:浅井・朝倉連合軍と織田軍(森可成・織田信治)で激戦となった宇佐山城
【城名】 宇佐山城 【宇佐山城の説明】 宇佐山城は滋賀県大津市南滋賀町にあった山城である。 織田信長が朝倉・浅井両氏の南進に備えるべく、琵琶湖と北国街道の押さえとして「森可成」に命じて築城させたと伝わる。 元亀元年(1570年)、大坂の本願寺を攻... -
東海
朽木谷城(朽木陣屋):浅倉攻めにて浅井長政の裏切りで信長の京都帰還を支援した朽木元綱の居城 朽木谷城
【城名】 朽木谷城(朽木陣屋) 【朽木谷城(朽木陣屋)の説明】 朽木谷城は現在の高島市朽木にあった平山城でのちに朽木陣屋となった城である。築城時期は不明だが朽木氏は朽木谷城を拠点に「室町幕府奉公衆」を務め、戦国時代の当主「朽木元綱」も足利義... -
東海
岩崎城:小牧・長久手の戦いで徳川方として奮戦した丹羽氏次の居城 岩崎城
【城名】 岩崎城 【岩崎城の説明】 岩崎城は愛知県日進市岩崎町に存在した戦国時代の平山城である。築城時期は不明だが戦国時代初期に尾張の織田信秀(信長の父)の居城「勝幡城」の支城となっていたようだ。 享禄2年(1529年)、三河国岡崎城主「松平清康... -
東海
虎御前山城跡(長浜市):小谷城を包囲するために築かれた陣城と、信長が通した道
虎御前山城(とらごぜんやまじょう)は、浅井氏の小谷城を攻めるために織田信長が築いた陣城です。小谷山と谷ひとつをはさんで向かい合う尾根に、信長の本陣と家臣たちの陣が並びました。城番をつとめたのは木下藤吉郎、のちの羽柴秀吉です。守るための城... -
関東・甲信
大峰城跡(長野市):善光寺の裏山に並んだ城のひとつと、「謙信の拠点」の確かさ
大峰城(おおみねじょう)は、善光寺の裏手にそびえる大峰山に築かれた山城です。武田と上杉が北信濃を奪い合った時代、この山のまわりには旭山城、葛山城、髻山城といった城が並び、たがいににらみ合っていました。大峰城もその一つです。城跡には白壁の... -
東海
神岡城跡(飛騨市):越中への道を押さえた支城と、父子で立場が割れた江馬氏
神岡城(かみおかじょう)は、飛騨の北のはずれ、越中との境に近い神岡の町を見おろす城です。永禄七年(一五六四)、武田信玄の意を受けた江馬時盛が築いたと伝わり、高原諏訪城の支城として置かれました。一国一城令で破却され、石垣と堀だけが残ります...
