大河ドラマ特集– category –
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の放送内容にあわせた解説記事をまとめています。
-
大河ドラマ特集
戦国時代の米はまずかったのか:城の蔵に積まれた古米と、村で搗きたての飯米
城の蔵の米は食べるための米ではなく、蓄えるための米でした。古米になるのが前提で、白米は高級品。村の飯米とは別物だった理由をまとめました。 -
大河ドラマ特集
興福寺の別当とは:大和を治めた寺のトップと、秀長が変えた年貢の集め方
別当は興福寺のトップであり、大和の統治者でもありました。守護が置かれなかった理由、寺が年貢を集めていた仕組み、そして秀長が手をつけた一点を整理しました。 -
大河ドラマ特集
末とは:『豊臣兄弟!』で池端杏慈が演じる秀長のひとり娘は実在? 三人いた娘と、毛利秀元に嫁いだきく
「末」という名の娘は史料に見当たりません。ただし秀長には娘が三人いました。岩、秀保の妻、そして毛利秀元に嫁いだきく。三人のその後をまとめました。 -
大河ドラマ特集
春日大社:藤原氏の氏神と、興福寺と一体で大和を動かした仕組み
鹿島から迎えられた武甕槌命、神使の鹿、そして興福寺と一体になって大和を支配した権門。神木を担いで都へ押しかけた話から、拝観と見学順までまとめました。 -
大河ドラマ特集
高橋努が演じる蜂須賀正勝(小六)の武功と最期:死因は何だったのか、なぜ阿波を息子に譲ったのか、そして九か月後の死
墨俣から四国攻めまで、正勝の手柄はほとんどが調略でした。阿波一国を断った理由は病を悟ったからなのか。天正十四年五月の死までを、史料にある範囲でまとめました。 -
大河ドラマ特集
天正十三年の論功行賞:四国攻めと北陸攻めのあと、誰が何をもらったのか
四国と北陸の戦が同じ年に終わり、秀吉は褒美を配りました。ところが同じ機会に畿内の配置も動いています。誰に何が渡ったのかを表にまとめ、その意味を読み解きました。 -
大河ドラマ特集
筒井定次はなぜ大和を出されたのか:秀長が入った国と、伊賀へ移された筒井の跡継ぎ
秀長が大和に入るのと引き換えに、筒井定次は伊賀へ移されました。左遷に見えて石高は増えています。外様を畿内の外へ出し身内を畿内に置く配置と、その三十年後の最期までをまとめました。 -
大河ドラマ特集
談山神社(多武峰):秀長が郡山へ移させた寺と、世界唯一の木造十三重塔
神仏分離までは多武峰妙楽寺という寺でした。興福寺と争い続けた武装勢力に、秀長は武器を出させ、山ごと郡山の城下へ移させます。たたりと噂されたその顛末と、世界唯一の木造十三重塔をまとめました。 -
大河ドラマ特集
木下一族一覧:秀吉・秀長から、ねねの兄・木下家定の八人の息子、白山林の勘解由兄弟、木下の姓を許された家臣まで
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 豊臣秀吉の周りには「木下」を名のる人物が何人も出てきます。秀吉自身も、若いころは木下藤吉郎でした。この記事では、戦国時代から江戸時代にかけて木下を名のった主な人物を、一人ずつ... -
大河ドラマ特集
木下姓の人々は誰の系統か:ねねの実家・木下家定の一族と、大谷吉継の子、薩摩に流された右筆まで
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 豊臣秀吉のまわりには、「木下」を名のる人物が大勢登場します。木下家定、木下勝俊、木下延俊、そして関ヶ原で名を残した木下頼継や、秀次事件で薩摩へ流された木下吉隆……。いったい彼ら... -
大河ドラマ特集
三好信吉(豊臣秀次)と秀吉の養子たち:関係図でみる後継ぎ候補は、なぜ次々と消えたのか
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で白山林の総大将として描かれた三好信吉(のちの豊臣秀次)は、やがて秀吉の跡継ぎとなり、関白にまでのぼります。けれども秀吉の後継ぎ候補は、三好信吉ひとりではありませんでした。信長の息子、家康の息子、正室ねねの甥……。... -
大河ドラマ特集
三好信吉(豊臣秀次)の兄弟はどうなったのか:弟の秀勝・秀保と母とも、三年で三人の息子を失った秀吉の姉
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で、白山林で大敗した若き総大将として描かれた三好信吉(のちの豊臣秀次)。三好信吉には、同じ母から生まれた弟が二人いました。秀勝(ひでかつ)と秀保(ひでやす)です。三人の母は、秀吉と秀長の姉・ともでした。 秀吉に子が... -
大河ドラマ特集
庄屋とは:名主・肝煎との違い、仕事と身分、戦国の村から江戸の村役人になるまで
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 時代劇や大河ドラマによく出てくる「庄屋(しょうや)」。村のまとめ役だということは何となくわかっても、名主(なぬし)とはどう違うのか、どんな仕事をしていたのか、武士なのか百姓な... -
大河ドラマ特集
家康はなぜ秀吉に臣従したのか:旭姫の輿入れ、大政所の人質、そして秀長の屋敷での対面
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 小牧・長久手の戦いで秀吉と引き分けた徳川家康は、その後およそ二年のあいだ、秀吉のもとへ出向こうとしませんでした。その家康が、天正十四年(1586)十月、ついに大坂へのぼり、秀吉に... -
大河ドラマ特集
羽田正親とは:『豊臣兄弟!』で平埜生成が演じる秀長の三家老、小泉城主から宇陀松山へ、秀次事件で殉死した重臣
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 大河ドラマ『豊臣兄弟!』第37回「秀長の国」のあらすじには、大和郡山城に移った秀長のもとに「新たな家臣も加わり」とあります。その候補のひとりが、羽田正親(はねだ・まさちか)です... -
大河ドラマ特集
小堀正次とは:『豊臣兄弟!』で萩原護が演じる秀長の検地奉行、小堀遠州の父が大和の田を測るまで
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 大河ドラマ『豊臣兄弟!』第37回「秀長の国」では、大和に入った秀長が検地で年貢を改めようとします。その検地の現場を任された家臣として名前が挙がるのが、小堀正次(こぼり・まさつぐ... -
大河ドラマ特集
横浜一庵とは:秀長の家中で最高の禄を得た家老の出自・活躍・伏見大地震での最期と子孫
豊臣秀長の家老・横浜一庵(良慶)は、家中最高の五万石を得たとされ、興福寺との取次や和歌山城の普請を担いました。秀長の病中には跡継ぎ秀保の後見を任され、伏見の大地震で圧死。謎の出自から子孫まで。 -
大河ドラマ特集
島左近は秀長の家臣だったのか:『豊臣兄弟!』第37回の「新たな家臣」候補、筒井家を去った大和の武将が石田三成に仕えるまで
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 大河ドラマ『豊臣兄弟!』第37回「秀長の国」のあらすじには、大和郡山城に移った秀長のもとに「新たな家臣も加わり」とあります。誰が加わるのかはまだ発表されていませんが、大和の武将... -
大河ドラマ特集
磐覚(ばんかく/盤覚)とは:『豊臣兄弟!』で坂口涼太郎が演じる興福寺一乗院の使者は実在したのか
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 大河ドラマ『豊臣兄弟!』の「大和郡山編」で、興福寺の坊官・磐覚(ばんかく)が登場します。演じるのは坂口涼太郎さん。公式の紹介では、興福寺一乗院の坊官(在俗の僧侶)で、大和の国... -
大河ドラマ特集
才蔵とは:『豊臣兄弟!』で間宮祥太朗が演じる筆屋は実在? 奈良筆と、秀長が商人を郡山へ移した城下町
※この記事の絵は、当時の様子を描いたイメージ(イラスト)です。 大河ドラマ『豊臣兄弟!』の「大和郡山編」で、筆屋の主人・才蔵が登場します。演じるのは間宮祥太朗さん。公式の紹介では、筆づくりの腕は確かで、もとは奈良に店を開いていたが、ある決...
