お城・城跡– category –
-
お城・城跡
伏見桃山城:関ヶ原の戦い前に鳥居元忠率いる残留部隊が全滅した伏見桃山城
【城名】 伏見桃山城 【伏見桃山城の説明】 関ヶ原の戦い前に会津へ上杉討伐に向かう徳川家康から伏見留守を鳥居元忠が命じられました。慶長5年(1600年)、鳥居元忠率いる約1800名の残留部隊が宇喜多秀家・小西行長ら大阪方に攻められて全滅。 写真は鳥居... -
お城・城跡
多賀城:陸奥国府や鎮守府が置かれ行政・軍事の拠点となった日本100名城多賀城
【写真タイトル】 陸奥国の国府や鎮守府が置かれ行政・軍事の拠点となった日本100名城の一つ多賀城 多賀城は現在の宮城県多賀城市にあった城(国府)である。奈良時代に陸奥国の国府や鎮守府が置かれ、ここで治世や軍事的な役割も果たしていた。平安時代に... -
お城・城跡
御着城:黒田官兵衛の主君小寺政職の居城御着城(2014年大河ドラマ)
【城名】 御着城 【説明】 その小寺氏が居城とした御着城は、茶臼山城、天川城とも呼ばれ、現在は姫路駅からJR山陽本線で一駅の御着駅から徒歩10分ほどのところに位置しています。小寺氏の前は赤松氏が守護所として使っていたとされています。 現在、遺構... -
お城・城跡
米沢城:伊達政宗が誕生した城で関ヶ原の戦い後は直江兼続の居城となった米沢城
米沢城(松が岬公園)とは 山形県米沢市にある米沢城は、いまは松が岬公園として整備され、本丸跡に上杉神社が鎮座する城跡である。天守を持たない平城ながら、本丸をめぐる水堀と土塁が往時の姿をよく残している。独眼竜・伊達政宗が生まれた城として、ま... -
お城・城跡
上山城(月岡城):かみのやま温泉のシンボル 沢庵和尚と土岐頼行、伊達と最上の争奪
上山城とは 山形県上山市元城内にある上山城は、月岡の高みに築かれた平山城で、「月岡城」の別名をもつ。出羽と奥州を結ぶ街道の要にあたり、南から伸びる伊達氏と北の最上氏がぶつかる最前線として、戦国期には何度も主が入れ替わった。江戸時代には二万... -
お城・城跡
大洲城:宇都宮氏から藤堂高虎・脇坂安治・加藤嘉明へと城主が変わった大洲城(復元木造天守)
【城名】 大洲城 【城の説明】 大洲城は現在の愛媛県大洲市大洲にあった城である。伊予の守護「宇都宮氏」がこの地に築城したのだが大洲城の始まりとされている。南伊予の宇都宮氏は中国地方を制覇した毛利氏の侵攻により一度は降り、その後四国統一を目指... -
お城・城跡
仙台城(青葉城):伊達政宗が青葉山に築いた六十二万石の城と、天守を建てなかった理由
宮城県仙台市。仙台城——青葉城の名でも呼ばれるこの城には、六十二万石の大藩の居城でありながら、天守がない。 建てて焼けたのではない。最初から建てられなかったのである。 本丸を支える高石垣。この城でいちばん雄弁なのは、建物ではなく石垣である 青... -
お城・城跡
観音寺城:織田信長の上洛戦により落城 佐々木源氏の末裔六角義賢・義治の居城 観音寺城
【城名】 観音寺城 【観音寺城の説明】 観音寺城は現在の滋賀県近江八幡市にあった典型的な山城であった。近江守護の佐々木氏の居城で、佐々木氏はのちに六角氏と呼ばれるようになった。 築城時期は不明とされているが、戦国時代時の当主「六角義賢(ろっ... -
お城・城跡
小谷城跡(長浜市):浅井長政とお市の方の城 秀吉に切断された北近江の山城
小谷城とは 小谷城は、北近江を三代にわたって支配した浅井氏の居城である。琵琶湖の北東、小谷山(標高約495メートル)の尾根に曲輪を連ねた大規模な山城で、戦国期屈指の堅城として知られた。 天正元年(1573)、織田信長に攻められて落城。城主・浅井長... -
お城・城跡
一乗谷朝倉氏遺跡(一乗谷城):朝倉義景の城下町と復原町並 信長に焼かれた「北の京」
一乗谷城とは 一乗谷城は、越前を約百年にわたって支配した朝倉氏の本拠である。福井市街から足羽川をさかのぼった一乗谷という細長い谷に、城主の館、家臣の屋敷、寺院、町屋がぎっしりと並び、背後の一乗城山(標高約473メートル)には詰城の山城が構え... -
お城・城跡
今治城:日本三大水城の一つで藤堂高虎が築いた名城 今治城
【城名】 今治城 【城の説明】 今治城は現在の愛媛県今治市にあった海城で関ヶ原の戦いの後に入封した「藤堂高虎」によって本格的な近世城郭へと改修した城である。日本三大水城の一つに数えられている。城の普請奉行としては「槍の勘兵衛」として著名な「... -
お城・城跡
備中高松城:羽柴秀吉による大規模な水攻め 清水宗治の居城 備中高松城
【城名】 備中高松城 【城の説明】 備中高松城は「羽柴秀吉」から水攻めの攻撃を受けたことで有名な城である。世に言う「高松城水攻め」である。高松城は現在の岡山県岡山市北区にあった城で、当時は城の周りが泥や沼などの湿地帯で難攻不落と言われた城で... -
お城・城跡
躑躅ヶ崎館:甲斐の守護武田信虎・信玄の躑躅ヶ崎館(武田神社)
【城名】 躑躅ヶ崎館(武田神社) 【城の説明】 躑躅ヶ崎館(武田神社)は甲斐の国守護の武田氏の館である。現在の山梨県甲府市古府中にあった中世型造りの館であり、武田氏の領国経営の中心地であった。元々は甲府盆地石和にあった館を「武田信昌」の時代... -
お城・城跡
月山富田城:尼子経久から晴久まで続いた山陰の勇尼子氏 月山富田城
【城名】 月山富田城 【城の説明】 月山富田城は山陰地方を中心に勢力を誇った尼子氏の居城である。現在の島根県安来市広瀬町富田に所在した城で月山山頂付近に本丸があった。戦国時代の尼子氏は「尼子経久」の時代にその基盤を固め、嫡孫「尼子晴久」の代... -
お城・城跡
鳥取城:戦国時代には山名豊国が羽柴秀吉の籠城攻めにて落城 鳥取城
【城名】 鳥取城 【城の説明】 鳥取城は現在の鳥取県鳥取市にあった山城跡である。天正8年(1580年)織田家中国地方司令官の「羽柴秀吉」からの攻撃を受けて4ヶ月間の籠城の末落城した城としても有名である。元々は山陰地方を中心に大勢力をはっていた山名... -
お城・城跡
平戸城:山鹿素行の助言を得て築城 松浦水軍松浦鎮信の海城 平戸城
【城名】 平戸城 【平戸城の説明】 平戸城は現在の長崎県平戸市にあった城である。この地方で松浦水軍として名高い松浦氏によって江戸時代に築かれ、海に面した水軍向きの城であったという。天正14年(1586年)豊臣秀吉の九州征伐(島津征伐)に従軍し、壱... -
お城・城跡
名古屋城:豊臣秀頼への抑えとして天下普請により築城 御三家徳川義直の名古屋城
【城名】 名古屋城 【城の説明】 名古屋城は元々尾張にまで勢力を張っていた今川氏の支城でありそれを織田信長の父「信秀」が攻め落として支配した。この時は「那古野城」と書いて「なごやじょう」と呼ばれていた。その後、信秀は那古野城を嫡男「信長」に... -
お城・城跡
吉野ヶ里遺跡:弥生時代最大の集落 日本100名城88番に選定された佐賀県吉野ケ里遺跡
【城名】 吉野ヶ里遺跡 【城の説明 吉野ヶ里遺跡は現在の佐賀県神埼郡吉野ヶ里町にあった弥生時代の集落である。弥生時代にも各地で戦が起こり、吉野ヶ里でも外敵に備えて柵や堀を設けたと考えられている。集落の拡張は徐々に進められて、弥生時代後期には... -
お城・城跡
今帰仁城:尚氏により滅ぼされた北山王 世界文化遺産今帰仁城跡(なきじんぐすく)
【城名】 今帰仁城(なきじんぐすく) 【城の説明】 今帰仁城(なきじんぐすく)は沖縄県の今帰仁村にあった城跡である。首里城を本拠とした琉球王国が成立する前に北山の王「北山王」が治めていた城とされている。地理的には沖縄本島の北部にあり標高100m... -
お城・城跡
大分府内城:関ヶ原の戦い後に竹中半兵衛の従弟「竹中重利」が入封した大分府内城
【城名】 大分府内城 【城の説明】 大分府内城は現在の大分県大分市にあった城である。すぐ近くには豊後国守護職の大友氏館なども存在した。戦国時代には島津氏が九州全土の制覇を目指して侵略してくるにあたり、時の当主大友宗麟は「大友館」を捨て、臼杵... -
お城・城跡
飫肥城:島津義久・義弘と伊東義祐・祐兵が激戦を繰り広げた日向の国 飫肥城
【城名】 飫肥城 【城の説明】 飫肥城は現在の宮崎県日向市にあった城である。戦国時代には島津氏と伊東氏との間で激しい攻防戦があった。城は本丸を中心に「中の丸」「松尾の丸」などからなり、多くの空掘りがあった。一時期は島津氏が支配する城となった...
