東海– category –
-
東海
沓掛城:今川義元の大軍がこの城から出撃し桶狭間の戦いで敗戦 沓掛城
城名 沓掛城 沓掛城の説明 沓掛城は愛知県豊明市沓掛町にあった平城である。 築城時期は諸説あるが応永年間とされるのが有力であり、築城者は「近藤宗光」「藤原義行」の名が挙げられている。 室町時代に入ると、近藤氏が沓掛城主として統治していたことは... -
東海
興国寺城跡(沼津市):北条早雲が旗揚げした城 大空堀と天守台、天野康景の最期
興国寺城とは 静岡県沼津市根古屋にある興国寺城は、愛鷹山から浮島沼へ向かって張り出した尾根を利用して築かれた平山城である。愛鷹山の裾を通る根方道と、浮島沼を縦断して海岸へ至る江道・竹田道が交わる交通の要所にあり、戦国時代から江戸時代初期に... -
東海
岩倉城:尾張上四郡を支配し信長の攻撃により敗れた織田信賢の居城 岩倉城
【城名】 岩倉城 【岩倉城の説明】 岩倉城は現在の愛知県岩倉市下本町にあった平城である。 文明11年(1479年)頃、織田敏広(または織田信安)によって築城されたと伝わる。 岩倉織田氏は尾張上四郡を支配し、尾張下四郡を治める清洲城の本家と共に尾張守... -
東海
丸根砦:桶狭間の戦いの前哨戦で今川方の松平元康により攻撃され落城した丸根砦
城名 丸根砦 丸根砦の説明 丸根砦は、名古屋市緑区にあった砦で織田信長によって築かれた。 永禄3年(1560年)の「桶狭間の戦い」では前哨戦が行われ今川義元の先方「松平元康(徳川家康)」の攻撃により陥落した。 永禄2年(1559年)に「織田信長」が今川... -
東海
刈谷城:家康の生母於大の方の実家で水野信元・忠重・勝成の居城 刈谷城
【城名】 刈谷城 【刈谷城の説明】 刈谷城は現在の愛知県刈谷市にあった平城である。 築城時期は、天文2年(1533年)水野忠政により築城された。「徳川家康」の生母於大は刈谷城から岡崎城の「松平広忠」に嫁いでいる。 しかし、忠政の嫡男である信元(於... -
東海
安祥城:松平清康(家康の祖父)が岡崎城へ本拠を移すまで居城としていた安祥城
【城名】 安祥城 【安祥城の説明】 安祥城は愛知県安城市安城町にあった平山城である。 永享12年(1440年)、三河国碧海郡周辺を支配していた「和田親平」が築城したと伝わり当初は居館ほどのものであった。 その後、文明3年(1471年)三河国岩津城の「松... -
東海
犬山城:三度落ちた国宝天守と、日本で唯一「個人が持っていた城」だった理由
この記事のポイント国宝五城の一つで、木曽川の断崖に建つ現存天守です。戦国期に三度落城しています。守りが固い城が、三度とも短期で落ちました。江戸期の城主・成瀬家は「付家老」という、大名とも家臣ともつかない立場でした。成瀬家が大名と認められ... -
東海
苗木城跡(中津川市):天守は二つの巨岩にまたがっていた。岩に開いた柱穴が残る城
岐阜県中津川市に苗木城跡(なえぎじょうあと)がある。国指定史跡、続日本100名城142番。 この城には、日本の城の常識から外れた特徴がある。 天守が、巨大な岩の上にまたがって建っていた。 天守台に組まれた木の骨組み。巨岩の形に合わせて柱が立ってい... -
東海
明智城:斎藤義龍の攻撃により落城した明智光秀の故郷 明智城
【城名】 明智城 【明智城の説明】 明智城は岐阜県可児市瀬田長山にあった典型的な山城である。 康永元年(1342年)、美濃源氏の流れをくむ「土岐頼兼」がこの地に城を築き、明智と名乗ったとされている。 その後代々明智氏による統治がおこなわれてきたが... -
東海
長浜城(伊豆):豊臣秀吉の北条征伐では戦わずして落城した北条水軍の居城 長浜城
【城名】 長浜城(伊豆) 【長浜城(伊豆)の説明】 長浜城は静岡県沼津市内浦重須の絶壁の上にあった水軍城である。 築城時期は不明だが、室町時代から北条氏に仕えていた大川氏が居城としていた。 武田勝頼が沼津城(三枚橋城)を築いたため、それに対抗... -
東海
沼津城(三枚橋城):武田勝頼が築いた戦国の城と水野家五万石が重なる本丸跡
沼津城(三枚橋城)とは 静岡県沼津市大手町の中央公園一帯は、二つの城の本丸跡である。ひとつは天正七年(1579)に武田勝頼が築いた三枚橋城、もうひとつは安永六年(1777)に水野忠友が築いた沼津城で、時代を隔てた二つの城が同じ土地に重なっている。... -
東海
江尻城:長篠の戦いで山県昌景戦死のあと穴山信君が治めた江尻城
【城名】 江尻城 【江尻城の説明】 江尻城は静岡県静岡市清水区江尻町にあった平城である。 三河国の徳川氏への備えとして、永禄13年(1570年)甲斐の武田氏により築城された。 巴川の水が引き入れられた水堀があり、その規模は大きなものだったようである... -
東海
下田城:豊臣秀吉の北条攻めで清水康英が一ヶ月の籠城の末に開城した下田城
【城名】 下田城 【下田城の説明】 下田城は静岡県下田市にあった平山城である。 下田港の入口に位置し岬全体が城としての機能を果たしていた。 築城時期は不明だが戦国時代には「北条氏康」の家臣「朝比奈孫太郎」が城主として任命されていた。豊臣秀吉が... -
東海
高天神城:徳川家康と武田勝頼による激しい攻防戦が繰り広げられた高天神城
【城名】 高天神城 【高天神城の説明】 高天神城は静岡県掛川市上土方・下土方にあった平山城である。 永禄12年(1569年)、武田信玄は三河の徳川家康と同盟して駿河侵攻を開始し、家康が遠江を制圧し駿河を信玄が制圧。これにより今川氏真は掛川城へ逃れ... -
東海
横須賀城:徳川家康が高天神城攻略のため大須賀康高に築かせた横須賀城
【城名】 横須賀城 【横須賀城の説明】 横須賀城は静岡県掛川市西大渕(横須賀城跡公園)にあった平城である。 徳川家康が武田勝頼の「高天神城」に圧力を与えるために「大須賀康高」に築城を命じた。 高天神城が落城し廃城となっても横須賀城は大須賀氏が... -
東海
吉田城(豊橋城):家康の重臣酒井忠次が武田氏から守り続けた東三河拠点の吉田城
【城名】 吉田城 【吉田城の説明】 吉田城(豊橋城)は愛知県豊橋市今橋町にあった城である。 明治維新後は吉田から豊橋と地名の変更があったため、豊橋城とも呼ばれている。 永正2年(1505年)、一色城主「牧野古白」が今川氏親の命により築城したとされ... -
東海
飛騨松倉城:飛騨一国を統一した姉小路頼綱の居城 松倉城
【城名】 飛騨松倉城 【飛騨松倉城の説明】 松倉城は岐阜県高山市にあった戦国時代の山城である。 天正7年(1579年)、飛騨守護の「姉小路頼綱」が築城し本城を「桜洞城」から松倉城へ移した。 織田信長が横死したあと、天下を掌握しつつあった「豊臣秀吉... -
東海
桜洞城:三木自綱が松倉城を築城するまで飛騨国の中心で三木氏の本城だった桜洞城
【城名】 桜洞城(さくらぼらじょう) 【桜洞城の説明】 桜洞城は岐阜県下呂市にあった山城である。 一般的には戦国大名で飛騨国守護の「三木直頼」が築城したとされているが詳細は不明である。 天正7年(1579年)に飛騨国を統一した「三木自綱」が松倉城... -
東海
飛騨高山城:三木自綱が統一した飛騨国を金森長近が制圧し築城した高山城
【城名】 飛騨高山城 【飛騨高山城の説明】 高山城は岐阜県高山市にあった平山城である。 築城時期は室町時代に飛騨守護「京極氏」の被官「多賀出雲守徳言」が「天神山城」を築城したのが始まりとされている。 戦国時代に入ると「三木自綱」が高山へと進出... -
東海
田中城:徳川家康が関東へ移封後は駿府城主中村一忠の管轄となった 田中城
【城名】 田中城 【田中城の説明】 田中城は静岡県藤枝市西益津にあった平城である。 築城時期は天文6年(1537年)、今川氏により築かれた。永禄13年(1570年)武田勝頼が駿河国へ侵攻し田中城は開城した。以降、三河・遠江の徳川家への備えの城として重要...
