九州・沖縄– category –
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佐伯城:関ヶ原の戦いの功により佐伯2万石を賜った毛利高政の居城 佐伯城
【城名】 佐伯城 【佐伯城の説明】 佐伯城は大分県佐伯市にあった山城です。 佐伯の地はもともとこの地の土豪である佐伯氏が「栂牟礼城」を築いて大友氏の家臣となっていました。 しかし、大永7年(1527年)「大友義鑑」は謀反の企てありとして「臼杵長景... -
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立花城(立花山城):大友宗麟の重臣立花道雪の婿養子で名将の誉れ高い宗茂の立花城
【城名】 立花城(立花山城) 【立花城(立花山城)の説明】 立花城は福岡県新宮町・久山町にまたがる立花山山頂にあった山城である。元徳2年(1330年)、豊後守護の「大友貞宗」次男「大友貞載」がこの地に築城し立花姓を名乗ったのが始まりとされている... -
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宝満城:島津軍の侵攻に父高橋紹運の岩屋城と共に次男高橋統増が籠城した宝満城
【城名】 宝満城 【宝満城の説明】 宝満城は福岡県太宰府市大字北谷の宝満山山頂に築かれた山城である。天文年間に大友家の重臣「高橋鑑種」によって築城されたとされている。 鑑種は「大友宗麟」が大友家当主の時に離反し毛利家へと寝返った。毛利家は九... -
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岩屋城:名将高橋紹運が島津忠長の大軍を一手に迎えて玉砕・落城した岩屋城
【城名】 岩屋城 【岩屋城の説明】 岩屋城は福岡県太宰府市浦城にあった山城である。築城時期は天文年間とされ、大友氏の武将「高橋鑑種」が築城したと伝えられており「立花山城」と共に大友家の筑前支配の重要な拠点であった。 大友氏21代当主「大友宗麟... -
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赤尾木城(種子島城):種子島氏が代々治めた鉄砲伝来の地 赤尾木城
【城名】 赤尾木城(種子島城) 【赤尾木城(種子島城)の説明】 鎌倉時代初期、平清盛の孫「平行盛」の遺児が「北条時政」の養子となり「北条時信」と名乗り種子島に入ったのが種子島氏の始まりとされている。赤尾木城の築城時期は不明だが、6代当主「時... -
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肝付城(高山城):大隅国で威を誇った肝付兼続だが島津家の攻撃により落城した肝付城
【城名】 肝付城(高山城) 【肝付城(高山城)の説明】 肝付城は本来は高山城と呼ばれる鹿児島県肝属郡肝付町新富本城にあった山城である。平安時代末期に平兼貞の子「兼俊」がこの地に城を築いたのが始まりと言われており、この時から肝付氏を名乗る。 ... -
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都之城:島津家重臣伊集院忠棟の居城 庄内の乱で主家に反旗を翻した都之城
【城名】 都之城 【都之城の説明】 都之城は宮崎県都城市都島町にあった城で都城とも記載されます。島津氏の一族である北郷氏(都城島津氏)二代目当主「北郷義久」が築城し以降北郷氏の本城となりました。 戦国時代後期に入ると豊臣秀吉に接近していた島... -
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綾城跡(綾町):伊東四十八城のひとつと、台地の先に建つ木造の城楼
綾城(あやじょう)は、日向の山あいにあった山城です。足利尊氏の家臣・細川義門が築いたと伝えられ、戦国期には綾氏が拠り、のちに伊東氏の支配下に入りました。天正五年(一五七七)、島津氏の攻勢で伊東氏が日向を追われると、綾城もその運命をともに... -
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柳川城:大友家の重臣立花道雪の婿養子立花宗茂が治めた柳川城
【城名】 柳川城 【柳川城の説明】 柳川城は福岡県柳川市にあった平城である。戦国時代初期に蒲池治久が蒲池城の支城として柳川城を築いたがのちに本城を柳川城に移している。 戦国時代中期、蒲池鎮漣が城主の時には龍造寺隆信や鍋島直茂が柳川城を攻めた... -
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久留米城:毛利秀包・田中忠政が改易となり有馬豊氏が21万石にて入封した久留米城
【城名】 久留米城 【久留米城の説明】 久留米城は福岡県久留米市篠山町にあった平丘城である。 戦国時代前期には篠原城という砦ほどの城があり、筑前・筑後の大友宗麟と肥前の竜造寺隆信が互いに争っていた。やがて豊臣秀吉の九州平定が行われるとこの地... -
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日向高岡城跡(天ヶ城):あの天守は後世の建物 ― 島津が国境に置いた城と、麓の町
日向高岡城(ひゅうがたかおかじょう)は、島津氏が日向と薩摩の境目を固めるために築いた城です。天ヶ城とも呼ばれ、大淀川を見おろす台地の先端にありました。関ヶ原の戦いのあと、国境の警備を強めるために築かれたと伝わります。今は天ヶ城公園として... -
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琉球のグスク:今帰仁城・座喜味城・勝連城・中城城 ― 本土より百年早く積まれた曲線の石垣とアーチ門
沖縄には「城」と書いてグスクと読む石積みの遺構が、大小あわせて三百か所ほど残っています。今帰仁(なきじん)、座喜味(ざきみ)、勝連(かつれん)、中城(なかぐすく)。いずれも本土でいう戦国時代よりさらに前、室町のはじめごろにはもう高い石垣... -
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宇土城跡(宇土市):小西行長が築いた城と、熊本城の宇土櫓をめぐる説
宇土城(うとじょう)は、小西行長が築いた肥後南部の城です。中世からあった宇土古城の東の丘に、三重の天守を持つ近世の城として建てられました。関ヶ原の戦いで行長が敗れると、加藤清正がこの城を攻め落とし、肥後一国の大名になります。清正は宇土城... -
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平戸城:松浦鎮信が自ら焼いた城と、九十年後に山鹿素行の縄張で建て直された海の城
平戸城は、松浦(まつら)氏が平戸瀬戸を見下ろす岬に築いた城です。ただしこの城には、ほかにあまり例のない空白があります。最初に築かれた城は完成を目前にして、藩主自身の手で焼き払われてしまった。理由は徳川家への疑いを避けるためだったと伝えら... -
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吉野ヶ里遺跡:弥生人がV字の壕で囲んだ四十ヘクタールと、天守も石垣もない遺跡が日本100名城に選ばれた理由
吉野ヶ里遺跡は、佐賀平野の北のへりに残る弥生時代の集落跡です。天守もなければ石垣もありませんが、日本100名城の八十八番に選ばれています。理由ははっきりしていて、ここが人の攻撃に備えて土地をまるごと囲いこんだ、日本でもっとも早い時期の痕跡だ... -
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今帰仁城跡(なきじんぐすく):百曲がりと呼ばれる石垣と、尚巴志に滅ぼされた北山王の城
今帰仁城(なきじんぐすく)は、沖縄本島北部の本部半島にある大きなグスクです。琉球王国が生まれる前、島が三つに割れていた時代に北部を治めた北山王の居城で、外周はおよそ一・五キロ、標高百メートルほどの丘をまるごと石垣で囲いこんでいます。目を... -
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大分府内城:海際に築かれた白雉城と、竹中半兵衛の従弟・竹中重利が整えた縄張
大分府内城は、大分川の河口に面した海際に築かれた城です。かつては三方を海と堀に囲まれ、白い櫓が水の上に浮かんで見えたことから白雉城(はくちじょう)とも呼ばれました。ここはもともと大友宗麟が本拠を置き、南蛮貿易で栄えた府内の町。大友氏が去... -
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飫肥城跡:伊東氏と島津氏が八十年奪い合った城と、秀吉のもとで取り戻した伊東祐兵
飫肥城は、宮崎県日南市にある城です。この城がほかと違うのは、伊東氏と島津氏が八十年とも百年ともいわれる長さでこの一か所を奪い合い続けたこと。日本の城で、これほど長く同じ場所が争われた例はほとんどありません。しかも一度は伊東氏が日向を追わ... -
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福岡城跡:天守はあったのかなかったのか、黒田長政が名島から移した五十二万石の城
福岡城には天守台があります。五層の天守が乗るだけの大きさがあり、石垣も立派に築かれています。ところが天守が建っていたのかどうか、いまも決着がついていません。幕府をはばかって最初から建てなかったという説が長く語られてきましたが、別の大名の... -
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中津城:黒田官兵衛が築き細川忠興が仕上げた城と、本丸北面に残る石垣の継ぎ目
【城名】 中津城 【城の説明】 中津城は豊前国中津にあった城です。黒田官兵衛孝高(黒田如水)が築城を開始し、細川忠興が完成させました。この城は中津川河口の地に築城された梯郭式の平城であり、堀には海水が引き込まれているため、水城とも言われ「今...
