佐貫城:阿部氏八代が居城した上総の要衝 佐貫城

佐貫城跡の案内板(本丸・二の丸などの縄張り図)

【城名】
佐貫城

【佐貫城の説明】
佐貫城は千葉県富津市佐貫にあった平山城で、別名「亀城」とも呼ばれた。室町時代にさかのぼり、文安・応永年間に武田氏が築いたとも伝えられ、以後は里見・武田・朝倉・加藤・大河内など諸氏の城主が入れ替わる上総の要衝であった。

佐貫城跡(亀城)の入口(千葉県富津市佐貫)

江戸時代には佐貫藩の藩庁が置かれ、天正年間に内藤家長・政長、元和年間に松平忠重、寛永年間に松平勝隆・重治らが城主を務めた。元禄年間には柳沢保明の所領となって一時廃城となるが、宝永7年(1710年)、阿部正鎮が三河苅屋城から一万六千石で移り、以後は阿部氏八代の居城として明治維新に至った。

佐貫城跡の案内板(本丸・二の丸などの縄張り図)

明治4年(1871年)に廃城となり建物は失われたが、現在も本丸・二の丸・三の丸などの曲輪跡や堀・土塁が残り、往時の姿をしのぶことができる。

目次

佐貫城・場所・アクセス

〒293-0058 千葉県富津市佐貫

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佐貫城地図

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