武田勝頼– tag –
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東海
長久保城跡(長泉町):今川・武田・北条が向き合った境目の城と、同盟が生まれる前
長久保城(ながくぼじょう)は、駿河と相模の境に近い長泉町にあった平山城です。今川・武田・北条の三者が向き合う位置にあり、その境目が動くたびに主が替わりました。天文年間には北条方がこの城に籠もり、今川・武田の軍と対峙しています。武田氏の滅... -
東海
二俣城:武田勝頼と家康譜代家臣の中根正照が激しく争った二俣城
【城名】 二俣城 【二俣城の説明】 二俣城は現在の静岡県浜松市天竜区二俣町二俣にあった山城である。 この城は二俣川と天竜川に挟まれた天嶮の城で武田信玄と徳川家康で激しく争った城として知られてる。 戦国時代に今川義元が駿河・遠江・三河にまで勢力... -
日本100名城
長篠城跡(新城市):五百の兵が一万五千を支えた断崖の城と、鳥居強右衛門の旗指物
愛知県新城市の長篠城跡は、豊川と宇連川が合流する断崖の上にあります。わずか五百ほどの守兵が武田勝頼の一万五千を相手に持ちこたえ、その包囲を解こうと織田・徳川の連合軍が駆けつけたことで、設楽原の決戦につながりました。城そのものは小さく、天... -
関東・甲信
膳城:上杉謙信・北条氏政・武田勝頼の争いの場となった膳氏の居城 膳城
【城名】 膳城 【膳城の説明】 膳城は群馬県前橋市粕川町膳にあった丘城の城である。 三善康信の子孫という善氏により築城され、その時期は不明だが長享元年(1487年)には既に存在していた。 文明12年(1480年)、佐野昌綱の攻撃を受けて一度は落城するも... -
関東・甲信
岩殿山城:織田・徳川連合軍の武田勝頼攻めに際し主君を裏切った小山田信茂の居城 岩殿山城
【城名】 岩殿山城 【岩殿山城の説明】 岩殿山城は山梨県大月市にあった岩殿山に建てられた山城である。 甲斐都留郡の国人衆小山田氏の本拠地とされ戦国時代屈指の堅城としても知られていた。 武田信玄が甲斐の守護大名になるとこれに従い、各地の戦で戦功... -
関東・甲信
蒲原城:武田勝頼らの攻撃により北条綱重・長順兄弟が討死し落城した蒲原城
【城名】 蒲原城 【蒲原城の説明】 蒲原城は静岡県庵原郡蒲原町蒲原にあった海岸に面した平山城である。 築城時期は不明だが、鎌倉時代に「入江清定」の三男「清実」が蒲原荘に居住し蒲原氏を名乗ったと伝わる。 以降戦国時代になるまで蒲原氏の居城として... -
関東・甲信
新府城跡(韮崎市):武田勝頼が八か月で築き、三か月で焼いた城と、本丸の十四将
山梨県韮崎市に新府城跡(しんぷじょうあと)がある。国指定史跡、続日本100名城127番。 この城には、日本の城のなかでも珍しい経歴がある。 完成から三か月で、城主が自分で火を放って捨てた。 「史跡 新府城跡」の石柱。ここから本丸へ石段が続く 武田勝... -
東海
高天神城:徳川家康と武田勝頼による激しい攻防戦が繰り広げられた高天神城
【城名】 高天神城 【高天神城の説明】 高天神城は静岡県掛川市上土方・下土方にあった平山城である。 永禄12年(1569年)、武田信玄は三河の徳川家康と同盟して駿河侵攻を開始し、家康が遠江を制圧し駿河を信玄が制圧。これにより今川氏真は掛川城へ逃れ... -
東海
吉田城(豊橋城):石垣に残る大名家の刻紋と、池田輝政が残した未完の城
【城名】 吉田城 【吉田城の説明】 吉田城(豊橋城)は愛知県豊橋市今橋町にあった城です。 明治維新後は吉田から豊橋と地名の変更があったため、豊橋城とも呼ばれています。 永正2年(1505年)、一色城主「牧野古白」が今川氏親の命により築城したとされ... -
関東・甲信
木曽福島城:織田家の甲州征伐では武田勝頼を裏切り先導 最後は房総網戸城へ移封となり廃城となった木曽福島城
【城名】 木曽福島城 【木曽福島城の説明】 木曽福島城は長野県木曽郡木曽町にあった山城である。 戦国時代中期に「木曾義康」により築城され嫡子である「木曽義昌」の代まで利用された。 平時は麓の「上の段城」を館とし、戦時は山城の木曽福島城を詰めの... -
関東・甲信
上原城:諏訪頼重ら名族諏訪氏が代々居城とした上原城
【城名】 上原城 【城の説明】 上原城は、信濃国諏訪郡(現:長野県茅野市ちの上原)にあった諏訪氏の山城である。(長野県指定史跡)諏訪氏は上原城の近くに支城として桑原城も築いていた。 また、諏訪氏は代々諏訪神社上社大祝(おおほうり)を司った家...
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