城– tag –
-
関東・甲信
滝山城:北条氏の関東支配の拠点 北条氏照の居城 滝山城
【城名】 滝山城 【滝山城の説明】 滝山城は、現在の東京都八王子市丹木町にあった中世城郭跡である。永正18年(1521年)山内上杉氏の重臣で、武蔵国の守護代大石定重が築城し、高月城から移ったと言われている。 天文15年(1546年)北条氏康が河越の夜戦... -
日本100名城
八王子城跡:関東では珍しい石垣の山城と、御主殿から出たベネチアのガラス
【城名】 八王子城 【城の説明】 八王子城は、武蔵国(東京都八王子市元八王子町)にあった城です。北条氏の本城である小田原城の支城であり、関東の西に位置する軍事上の拠点でした。八王子城は標高445mの深沢山(現在の城山)に築城されており、典型的な... -
近畿
勝竜寺城:山城国長岡にある細川藤孝の居城 勝竜寺城
【城名】 勝竜寺城 【城の説明】 勝竜寺城は、現在の京都府長岡京市勝竜寺にあった城である。南北朝時代から江戸時代初期に存在していた城で、城名は付近の勝竜寺に由来する。勝竜寺城は京都盆地の西南部、西国街道と久我畷が交差する交通上の要衝で、京都... -
日本100名城
伊賀上野城:豊臣家の抑えとして配された藤堂高虎により築城された伊賀上野城
【城名】 伊賀上野城 【城の説明】 伊賀上野城は、三重県伊賀市上野丸之内にあった平山城です。西の丸の丘陵には伊賀国守護の仁木氏の館(伊賀の守護所)がありました。上野盆地のほぼ中央にある上野台地の北部にある標高184メートルほどの丘に建てられた... -
日本100名城
岩村城跡(恵那市):日本一標高の高い山城と、女城主・森蘭丸・佐藤一斎の八百年
岐阜県恵那市に岩村城跡がある。日本100名城38番、そして日本三大山城のひとつ。 本丸の標高は約717メートル。全国の城のなかで、いちばん高いところにある城である。 ただ、この城が語るべきものは高さだけではない。八百年の歴史、女城主、そして幕末最... -
関東・甲信
結城城:結城氏朝が足利幕府軍相手に一年間の籠城戦(結城合戦) 結城城
【城名】 結城城 【城の説明】 結城城は城の名前の通り、結城氏が代々おさめていた居城。永享12年に「永享の乱」で敗死した鎌倉公方足利持氏の遺児が、結城氏に庇護をもとめてきたのに対し、結城氏朝・持朝親子は公方の遺児を庇護する決断を下す。 この為... -
関東・甲信
大多喜城:徳川四天王の一人本多忠勝の居城 大多喜城
【城名】 大多喜城 【大多喜城の説明】 大多喜城は大永元年(1521年)に真里谷信清が「小田喜城」という名で築いたのがはじまりとされる。その後、真里谷朝信が受け継ぎ、天文13年(1544年)に、里見氏によって真里谷氏は城を奪われてしまう。 以後里見家... -
日本100名城
小田原城:九キロの総構で町ごと囲んだ北条五代の城と、天守が語る江戸の小田原
小田原城は北条氏五代の本拠として関東に君臨し、上杉謙信も武田信玄も落とせなかった城です。町ごと囲む総構の長さはおよそ九キロにおよび、戦国の城としては国内最大級でした。いま天守が建つ本丸は、その総構のごく一部にすぎません。江戸時代には大久... -
近畿
長浜城:羽柴秀吉が信長より初めて城主に任命された浅井家旧領 長浜城
【城名】 長浜城 【長浜城の説明】 長浜城は滋賀県長浜市公園町にあった城で羽柴秀吉(豊臣秀吉)が築いた城である。天正元年(1573年)に羽柴秀吉が「浅井長政」攻めの功により「織田信長」から浅井氏の旧領を拝領した。 その際に今浜と呼ばれていたこの... -
日本100名城
甲府城:武田信玄・勝頼滅亡後新たに築城された関東の要地 甲府城
【城名】 甲府城 【城の説明】 甲府城は山梨県甲府市にあった城です。現在の甲府市中心街の一条小山に築城された平山城で、別名「舞鶴城」と呼称され山梨県の史跡に指定されています。甲斐の国では戦国期から甲府が政治的中心地となり躑躅ヶ崎館(武田氏居... -
九州・沖縄
岡城:瀧廉太郎「荒城の月」で有名な九州の天空の城 岡城
【城名】 岡城 【城の説明】 岡城は豊後国直入郡竹田(大分県竹田市大字竹田)にあった山城である。別名「豊後竹田城(ぶんごたけたじょう)」とも呼ばれる。岡城の築かれた天神山は標高が325メートルあり、典型的な山城である。 この城は、元々あった「木... -
国宝天守
姫路城:白壁が美しい白鷺城 ユネスコ世界遺産 現存天守国宝 姫路城
【城名】 姫路城 【城の説明】 姫路城は元々は播磨国御着城主小寺家の家老黒田氏の居城であった。黒田氏はこの地で着々と実力をつけていき、天下の中央で織田家の力が強大となりいよいよ中国地方の毛利攻めをする際、主君「小寺政職」に織田家に付くよう進... -
中国
松江城:祈祷札の再発見で国宝になった千鳥城と、堀尾吉晴が下りた宍道湖のほとり
松江城は宍道湖のほとりに建つ現存天守で、黒い下見板に覆われた重厚な姿から千鳥城とも呼ばれます。堀尾吉晴が月山富田城の山を下りて築いた城で、以後、京極氏、松平氏と受け継がれました。長く重要文化財だった天守が国宝に指定されたのは近年のことで... -
四国
浦戸城跡:長宗我部の天守があった城と、一領具足が渡すまいとした最後の場所
特集 ─ もうひとつの兄弟大河NHK『長宗我部兄弟!』をもっと知る元親と親泰の外交、伊予の金子元宅との約束、天正の陣、ゆかりの城まで ▶ この記事のポイント浦戸城は、長宗我部元親が晩年に本拠を移した城です。天守がありました。山城の岡豊にはなかった... -
関東・甲信
上原城:諏訪頼重ら名族諏訪氏が代々居城とした上原城
【城名】 上原城 【城の説明】 上原城は、信濃国諏訪郡(現:長野県茅野市ちの上原)にあった諏訪氏の山城である。(長野県指定史跡)諏訪氏は上原城の近くに支城として桑原城も築いていた。 また、諏訪氏は代々諏訪神社上社大祝(おおほうり)を司った家... -
北海道・東北
久保田城跡(千秋公園):天守も石垣も持たなかった二十万石の城と、常陸から移された佐竹氏
秋田市の中心にある千秋公園は、佐竹氏が十二代にわたって居城とした久保田城の跡です。二十万石の大名の城でありながら天守がなく、石垣もほとんど積まれていません。土塁と堀だけで築かれたこの城は、常陸から遠く移されてきた名門が、新しい土地でどう... -
日本100名城
上田城はなぜ落ちなかったのか:真田昌幸が二度、徳川の大軍を退けた尼ヶ淵の崖と城下町の縄張
上田城は、徳川の軍勢を二度にわたって退けた城です。一度目は天正十三年、真田昌幸が二千ほどの兵で七千の徳川勢を相手にし、二度目は慶長五年、関ヶ原へ向かう徳川秀忠の大軍を城の前で足止めしました。よく語られるのは昌幸の知略ですが、それだけでは... -
日本100名城
上田城の縄張と惣構え:百間堀と付け替えられた矢出沢川、城下町ごと囲いこんだ真田昌幸の設計
上田城の強さは、城そのものより縄張にありました。真田昌幸がこの城で守ろうとしたのは本丸ではなく、城下町を含めた一帯ぜんぶです。南は千曲川が削った段丘の崖、北と西は百間堀と呼ばれた大きな水濠、その外側には川を付け替えてつくった外堀。町も家... -
関東・甲信
古河城:古河公方足利義氏の居城 古河城と本丸跡
【城の説明】 享徳4年(1455年)、第5代鎌倉公方「足利成氏」が鎌倉から古河に本拠を移し、初代古河公方となりました。その後も足利政氏・高基・晴氏・義氏へと約130年もの間、古河公方足利家は続いていく。その古河公方が代々拠点としてきた城が「古河城... -
東海
荒子城跡(名古屋市中川区):前田利家が生まれた小さな平城と、兄に代わって城主になった理由
荒子城(あらこじょう)は、前田利家が生まれ育った城です。尾張の西のはずれ、庄内川と新川にはさまれた低い土地にあり、柵と濠をめぐらせただけの小さな平城でした。利家は本来この城を継ぐ立場にありませんでしたが、織田信長の命によって兄に代わり城...
