お城・城跡– category –
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お城・城跡
天童城跡(舞鶴山):最上義光に落とされた天童氏の山城と将棋駒を生んだ吉田大八
天童城(天童古城・舞鶴山城)とは 山形県天童市の舞鶴山に築かれた天童城は、中世の典型的な山城で、「天童古城」「舞鶴山城」とも呼ばれる。足利一門・奥州斯波兼頼の孫とされる天童頼直が開いた城で、以後およそ二百九年、天童氏十代がここを本拠として... -
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新庄城跡(最上公園):戸沢氏十一代の居城と、少年の記憶から描かれた城の絵図
新庄城(沼田城)とは 新庄城は、寛永二年(1625)に新庄藩初代藩主戸沢政盛が築いた城である。別名を沼田城という。最上郡一円と村山郡の一部、六万石(のちに六万八千二百石)を領した新庄藩の藩庁だった。 戸沢氏は元和八年(1622)から明治初年まで、... -
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鶴ヶ岡城跡(鶴岡公園):庄内藩酒井家十四万石の居城と藩校致道館
鶴ヶ岡城とは 山形県鶴岡市馬場町にある鶴ヶ岡城(つるがおかじょう)は、庄内平野の中央に築かれた平城で、江戸時代を通じて庄内藩酒井家十四万石の居城となった城である。高くそびえる天守はもたず、本丸・二の丸・三の丸を幾重もの水堀で囲み、御殿と隅... -
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龍岡城五稜郭:日本に二つしかない星形城郭 松平乗謨が幕末信州に築いた洋式の城
【城名】 龍岡城(龍岡城五稜郭) 【龍岡城の説明】 龍岡城(たつおかじょう)は、長野県佐久市田口にある幕末に築かれた星形(稜堡式)の城で、「龍岡城五稜郭(ごりょうかく)」の名で知られています。北海道の函館五稜郭と並び、日本に二つしかない西洋... -
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二条城:徳川家康が築き大政奉還の舞台となった世界遺産の名城
二条城とは 京都市の中心部にある二条城は、徳川家康が京都における拠点として築いた城で、江戸幕府の始まりと終わりを見届けた歴史の舞台である。国宝の二の丸御殿をはじめ、豪壮な櫓や石垣、名庭が今も良好に残り、「古都京都の文化財」の一つとして世界... -
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三春城(舞鶴城):田村三代と伊達政宗の正室・愛姫を生んだ田村氏の居城
三春城(舞鶴城)とは 福島県田村郡三春町にある三春城は、町の中心部の大志多山に築かれた山城で、「舞鶴城(まいづるじょう)」とも呼ばれた。中世から近世にかけて、この一帯を治めた戦国大名・田村氏の居城として知られる。田村氏の姫・愛姫が独眼竜・... -
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二本松城(霞ヶ城):粟ノ巣の変と畠山氏の滅亡、千人溜から出陣した二本松少年隊
二本松城(霞ヶ城)とは 二本松城は、福島県二本松市の白旗が峰に築かれた城である。霞ヶ城の別名で知られ、山麓の居館と山上の詰城からなる。日本100名城第11番、国指定史跡。 戦国期は畠山氏(二本松氏)の居城で、伊達政宗との抗争の末に落城した。江戸... -
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本佐倉城:下総守護千葉氏九代が居城した戦国の土の城 本佐倉城
【城名】 本佐倉城 【本佐倉城の説明】 本佐倉城は千葉県印旛郡酒々井町から佐倉市にかけて所在した戦国時代の城で、下総守護・千葉氏が文明年間(1469〜1486年)に築き、天正18年(1590年)に滅亡するまでの約100年間、当主9代が居城した。 当時、水上交... -
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中沢城:千葉氏配下の三谷氏が築いた下総の平山城 中沢城
【城名】 中沢城 【中沢城の説明】 中沢城は千葉県富里市中沢にあった平山城で、通称「城山(じょうやま)」と呼ばれる。室町時代後半、千葉氏の勢力下の一城として築かれたと考えられ、城主は千葉氏を始祖とする三谷氏が有力とされる。富里市指定文化財(... -
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勝山城(安房):里見水軍の海城から酒井氏勝山藩へ 勝山城
【城名】 勝山城(安房勝山城) 【勝山城の説明】 勝山城は千葉県安房郡鋸南町にあった海城で、勝山地区南方の八幡山に築かれた。源頼朝が石橋山の戦いに敗れて当地へ逃れてきた際、いち早く従った地頭・安西氏が出城として築いた砦に始まると伝わる。 戦... -
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佐貫城:阿部氏八代が居城した上総の要衝 佐貫城
【城名】 佐貫城 【佐貫城の説明】 佐貫城は千葉県富津市佐貫にあった平山城で、別名「亀城」とも呼ばれた。室町時代にさかのぼり、文安・応永年間に武田氏が築いたとも伝えられ、以後は里見・武田・朝倉・加藤・大河内など諸氏の城主が入れ替わる上総の要... -
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羽生城:上杉謙信の関東攻略の最前線となった広田・木戸氏の平城 羽生城
【城名】 羽生城 【羽生城の説明】 羽生城は埼玉県羽生市にあった平城で、天文年間の中頃(1540年代)に古河公方・足利晴氏の配下であった「広田直繁」・「木戸忠朝」兄弟によって築かれたと伝わる。 三方を沼地に囲まれた天然の要害であり、上杉謙信の関... -
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要害山城:武田信虎・信玄時代の躑躅ヶ崎館の詰城だった要害山城
【城名】 要害山城 【要害山城の説明】 要害山城は、山梨県甲府市上積翠寺町にあった山城で「躑躅ヶ崎館(武田氏館跡)」の詰城として築かれた城である。今川氏の武将「福島正成」が甲斐へ侵攻した際に、信虎は正室の大井夫人を「要害山城」へ避難させ福島... -
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勝山城(越前):柴田勝家の一族柴田勝安が築城した越前勝山城(模擬天守)
【城名】 勝山城(越前) 【勝山城の説明】 越前勝山城は現在の福井県勝山市にあった平城である。 柴田勝家が主君「織田信長」より越前国を拝領すると勝家は一族の「柴田勝安」に勝山城の築城を命じた。 勝家が滅び「豊臣秀吉」が天下を握ると、次々と城主... -
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西条陣屋(西条藩):一柳氏が3代で改易され紀州藩の支藩として松平氏が治めた西条陣屋
【城名】 西条陣屋(西条藩) 【西条陣屋(西条藩)の説明】 西条陣屋は、愛媛県西条市明屋敷にあった西条藩の藩庁である。寛永13年(1636年)、伊勢国神戸藩5万石から1万8千石の加増をうけ6万8千石で「一柳直盛」が立藩した。 しかし直盛は神戸から西条へ... -
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大聖寺城:関ヶ原の戦いでは山口宗永が前田利長に攻められて籠城・自刃した大聖寺城
【城名】 大聖寺城 【大聖寺城の説明】 大聖寺城は石川県加賀市にあった平山城である。 築城時期は鎌倉時代で狩野氏によって築かれたとされている。 戦国時代に入ると越前国の「朝倉宗滴」が加賀に侵攻し、大聖寺城は一日にして陥落した。永禄10年(1567年... -
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霧山城(多気城):北畠具教が大河内城へ拠点を移すまで北畠氏の本城だった霧山城
【城名】 霧山城(多気城) 【霧山城(多気城)の説明】 霧山城(多気城)は現在の三重県津市美杉町上多気にあったの山城である。 伊勢国司の北畠氏の本拠地で1kmほど南東には多気御所(館)があり、平時は御所に住み有事には霧山城に拠っていたと考えられ... -
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上田城:真田昌幸が築城し徳川軍を散々苦しめた上田城
【城名】 上田城 【上田城の説明】 上田城は長野県上田市二の丸にあった梯郭式平城である。 築城時期は天正11年(1583年)、信濃国小県の真田本城主の「真田昌幸」が天正11年~天正18年にかけて築城したと伝わる。 上田城が一躍有名になったのが、天正13年... -
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波切城(波切砦):九鬼嘉隆が田城城の支城とした波切城
【城名】 波切城(波切砦) 【波切城(波切砦)の説明】 波切城は三重県志摩市大王町波切にあった城である。 正確には砦と称した方が正しいかもしれない規模であった。 南北朝時代、この地の土豪川面氏により海岸段丘を天然の要害とし築城された。貞治年間... -
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田丸城:北畠具教・具房親子の居城で織田信長の攻撃で降伏・開城した田丸城
【城名】 田丸城 【田丸城の説明】 田丸城は現在の三重県度会郡玉城町田丸にあった平山城である。築城時期は南北朝時代で南朝方の「北畠親房・北畠顕信」により築かれたと伝わる。 康永元年(1342年)、足利尊氏の攻撃により落城する。その後、室町時代に... -
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赤木城:北山一揆鎮圧のため藤堂高虎が築城した天空の城 赤木城
【城名】 赤木城 【赤木城の説明】 赤木城は三重県熊野市紀和町赤木にあった平山城である。 築城時期は天正17年(1589年)年頃で、築城の名手「藤堂高虎」によって縄張りされた。 豊臣秀吉はこの地方で勃発した「北山一揆」を鎮めるために藤堂高虎と羽田長...
