井伊谷城:井伊直政が元服するまで女城主井伊直虎が治めた井伊谷城【お城特集 日本の歴史】

井伊谷城/アクセス・場所・地図 井伊直政が元服するまで女城主井伊直虎が治めた井伊谷城【お城特集 日本の歴史】

【城名】
井伊谷城

【井伊谷城の説明】
井伊谷城は静岡県浜松市北区引佐町にあった山城で井伊家発祥の地である。
正確な築城時期は不明だが、遠江国司「藤原共資」の子「藤原共保」が館程度のものを築いたのが始まりと言われている。

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その後、井伊谷の地名から「井伊氏」と名乗った。延元元年(1337年)、井伊家当主「井伊道政」は館を城の規模に整備し、南北朝時代に入ると南朝方に味方し北朝方の「高師泰」や「仁木義長」らに攻められて城は落城した。

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その後も井伊氏の不幸は続き、永禄三年(1560年)桶狭間の戦いでは今川義元に従っていた当主「井伊直盛」が戦死し、その後養嗣子となった「直親」は今川氏真の家臣「小野道好」の讒言により殺害されてしまった。

まだ幼かった直親の長子「直政」は井伊家当主にはならず、直盛の娘が「直虎」と名乗り女城主となった。しかし、井伊谷城は今川家に乗っ取られており、直虎は浜松城の徳川家康を頼り井伊谷城の奪還を目論む。

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一時は井伊谷城の奪還に成功するが今度は武田信玄の攻撃を受けて再び城を追われる。元亀4年(1573年)、信玄は遠江・三河へと侵攻し京都を目指すがその途中病に倒れ、死去する。

信玄の死に伴い直虎は改めて井伊谷城を奪還し、その後、直政の成長とともに井伊家の当主の座を譲ったのである。直政は徳川家康に見出され、数々の戦功を立て、ついには「徳川四天王」の一人にまで数えられるようになる。

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井伊谷城は徳川家康の関東移封の際に廃城になったようであり、現在の城跡は「井伊谷城跡城山公園」として整備され、本丸跡や土塁などが残っている。






【井伊谷城・所在地・アクセス】
〒431-2212 静岡県浜松市北区引佐町井伊谷306(井伊谷城跡城山公園)

【井伊谷城マップ】



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