新城藩/菅沼家7千石:菅沼定長 大坂定番や海軍奉行を歴任した幕末の新城藩主 菅沼定長【幕末維新写真館】

新城藩/場所・アクセス・地図 菅沼家7千石:菅沼定長 大坂定番や海軍奉行を歴任した幕末の新城藩主 菅沼定長【幕末維新写真館】
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【藩名】
新城藩

【説明】
菅沼の初代領主「菅沼定実」の時代に、川舟の中継地点として栄える基盤が整えられた。第11代当主「菅沼定長」は幕末期において、大番頭、大坂城在番、海軍奉行並などを歴任し、慶応3年(1867年)には幕府の命でフランスへ留学するが「明治維新」のため帰国した。

定長は明治2年(1869年)、「版籍奉還」にて新城藩知事となり明治4年(1871年)の「廃藩置県」では三河県、伊那県、額田県を経て愛知県に編入された。

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