葛野藩/松平家4万石:松平頼方 頼方(徳川吉宗)が紀州本家の跡を継いだため廃藩 【幕末維新写真館】

葛野藩/場所・アクセス・地図 松平家4万石:松平頼方 頼方(徳川吉宗)が紀州本家の跡を継いだため廃藩 【幕末維新写真館】

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【藩名】
葛野藩

【説明】宇
元禄10年(1697年)3月、紀州藩2代藩主「徳川光貞」の四男「松平頼方(後の8代将軍徳川吉宗)」は5代将軍「徳川綱吉」に江戸城内にて御目見し、綱吉から越前国丹生郡3万石を与えられ大名に取り立てられ諸侯に列した。そして葛野藩を立藩する。

その後、紀州本家の当主が次々と死去し、頼方が紀州家の家督を継ぐこととなった。これにより葛野藩は廃藩となり、所領は幕府領(天領)となった。その後、頼方が吉宗と名前を改め将軍になると葛野藩領は鯖江藩の一部となった。

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